第3話 別人?

 古文の授業中。

 三津山は背筋をピンと伸ばし、伊勢物語の音読をしていた。


 軽やかで、それでいて深みを感じさせる声に、みんながうっとりと耳を傾けていた。

 男子はもちろん、女子までもが聞き惚れている。


 まるでここが平安時代なのではないかと思ってしまうほど、三津山の朗読は優美で趣きがあった。

 古文なんてまるで興味ない俺でも引き込まれてしまう。


 ポンコツな三津山は俺の妄想だったのではないか?

 そんな気持ちにまでさせられた。



 授業後、クラスメイトが三津山の周りに集まっていた。


「三津山さんの朗読って、本当に上手だよね」

「もしかして貴族の末裔?」

「美鞠ってほんと、大和撫子って感じだよねー!」


 みんなに囃し立てられ、三津山は居心地が悪そうに微笑んでいた。

 恐らくこうやって祀り上げられるのが苦手なんだろう。

 嫌ならそれとなく席を立ってトイレにでも行くふりをすればいいのに。


「なに、蒼斗も三津山が気になんの?」


 神足かみたり駿しゅんが笑いながら絡んでくる。

 こいつは小学校の頃からの親友だ。

 名は体を現すといった感じで、とにかく足が速い。

 その俊足を買われ、小学生の頃からサッカーをしている。

 中学時代は俺と一緒にサッカー部に所属していた。


「んなわけねーだろ」


 動揺を隠しながら駿の肩を軽く叩く。


「だよなー。駿はもっと澪奈れいなみたいなエロい女が好きだもんな」


「は? もっと興味ないんだが」


 澪奈とは、うちのクラスの派手めのギャルだ。

 短いスカート、長い爪、錆色の髪、長いつけまつげと、ギャルの要素をトッピングしまくった女子である。


「澪奈の方は蒼斗に興味津々みたいだぞ」


「駿の勝手な思い込みだろ」


 俺は恋愛なんかにかまけている暇はない。

 チラっと澪奈の方を見ると、向こうもこちらを見ていたようで目が合う。


 澪奈はニコッと笑い小さく手を振ってくる。

 俺は気付かなかったフリをして席を立ち、トイレへと向かった。

 澪奈がいいとか悪いとかいう問題ではない。

 これまでもクソ親のせいで毎日忙しかったが、今や住む家すら失った身だ。

 恋愛なんて俺には高級品すぎる。



 昼休み。

 俺はいつものように駿と二人で弁当を食べていた。


「あ、美鞠。今日はお弁当なんだ? 珍しい」


「う、うん。まあ……」


「うわっ、すご!? めちゃくちゃ上手じゃん!」


 美鞠の親友の野乃花が驚きの声をあげる。


「美人で頭が良くて料理まで上手いの!? もうチートじゃん!」


「あ、いや、これは……」


 もちろん俺が作ったものである。

 三津山は焦りながらチラチラとこちらを見てきた。


 バカ、こっち見んな!

 適当にごまかせ!


 視線で必死にそう訴えると、伝わったらしく三津山はコクっと小さく頷いた。


「きょ、今日はたまたま早起きしまして……自分で作ってみました」


 古文ではあんなにスラスラと読めるのに、辿々しい口調で嘘をついていた。


 っていうかどうせならお母さんに作ってもらったとか嘘をつけばいいのに…


「へー。すごいなぁー。ひと口ちょうだい」


「は、はい。どうぞ」


「うわ、うまっ! なにこれー!」


 野乃花の声が大きすぎて、周囲の視線が更に集まる。


「ですよね! とても美味しいんです!」


三津山は目をキラキラさせて興奮する。


「なに、美鞠、自画自賛? 珍しいね」


「あ、いや……自慢とかでは……」


墓穴を掘りかけ、三津山は顔を赤くして俯く。

ポンコツの地金が見え隠れして、思わずヒヤヒヤしてしまう。


「へー、三津山って料理もうまいんだ」


 駿が興味なさそうに振り返って三津山たちを見る。


「そ、そうみたいだな」


「でもまあ、絶対蒼斗の方が上手だよな」


「どうかな……同じくらいなんじゃない?」


 作ってる人が同じなんだから。


「んなわけあるか。蒼斗の料理はプロ並みだから」


「褒め過ぎだって」


「美鞠の料理、プロ並みだねー!」


「そ、そうですか? ありがとうございます」


 三津山は引き攣った顔で微笑んでいた。


 体育の授業前、更衣室で体操服に着替えていると男子たちの色めき立つ声が聞こえてきた。


「やっぱ三津山って可愛いよな」

「料理まで上手いとか、マジ完璧だな」

「あんな完璧な美少女と結婚する奴がこの世の中にはいるんだもんな。羨ましすぎる」


 またかよ……

 こいつらも好きだな、ほんと。


 昨日までなら気にもしない雑談だが、流石に今日は意識してしまう。


「俺、コクってみるかな」

「やめとけって。何人の男がコクってフラレたと思ってんだよ」


 彼らが言うように、三津山は様々な男の告白を断ってきたらしい。

 三年のイケメン先輩や、バスケ部のエース、他校の読者モデルの男までフラレたと聞く。

 しかもその場で、即答で断るそうだ。


「だよなー……やっぱ彼氏とかいるのかな」

「さあ。でもいるとしたら彼氏というよりは許嫁じゃね?」

「あー、それはあり得るな。かなりのお嬢様なんだろ」


 許嫁か。

 確かに彼氏はいなくても、そういう存在はいるのかもしれない。

 なにせあんな高級マンションで一人暮らししてるほどだ。


 まあ俺には関係ないことだけど。

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