第2話 朝の喧騒

 食後リビングに戻ると、散らかっていたものがひと箇所にまとめて雑に積み上げられていた。

 不安定で今にも崩れてきそうである。


 隣に立つ三津山は得意げな顔をして、褒められるのを待つ子どものように俺を見ていた。


「……えっ?」


 もしかしてこれで片付けたつもりなのだろうか……?


「どうですか? 私もやれば出来る女の子なんです」


「いや……これは片付けたとは言わないから」


「へ?」


「本は本棚、服は衣装ケースにしまうのが片付けだ。三津山がしたのはあちこちに散らかったものを一箇所にゴチャとまとめただけ」


 不安定に置かれた本を取り、近くにあった本棚に指す。


「あ、ちょっと、やめて下さい。ちゃんと規則性を持って並べてるんですから。勝手にいじられたらどこになにがあるか分からなくなるじゃないですか」


 三津山は片付けができない人セリフあるあるを口にする。

 家での三津山って本格的なポンコツなんだな……


「服もちゃんと畳んでだな」


「わっ!? それは本当にダメです! 下着とかもありますから」


 見ると確かにカラフルな下着もちらほら混ざっていた。

 気まずくて慌てて視線を逸らす。


「服は自分で片付けますんで……それより積田くんに使っていただくお部屋に案内します」


「お、おう……」


 空気を変えようと努力する三津山に乗っかる。 ここはファミリー層向けのマンションらしく、部屋数が多い。

 俺に用意してくれたのは、主寝室と思われる立派なベッドのある部屋だった。


「こんな広い部屋、悪いって」


「いえ、いいんです。逆に空いてる部屋はここだけですから」


「そうか? じゃあお言葉に甘えて」


「それではごゆっくり」


「あ、三津山。散らかってるものをどこかの部屋に押し込むのは片付けじゃないからな!」


 俺の声が聞こえなかった振りをして、三津山が部屋を出ていく。

 アレは絶対やるな……


「それにしても……」


 この部屋だけやけに片付いている。

 いや、片付いているというより、なにもない。

 家具もベッドだけでやけに殺風景である。


 三津山が言う通り、恐らくここは使ってない部屋なんだろう。


「あー……なんだか疲れた……」


 とりあえず部屋着に着替え、ベッドに寝転がる。

 これまで寝たこともないくらい柔らかなベッドだった。

 まるで天使の羽に包まれているような気分だ……


 なぜ三津山はこんな立派なマンションで一人暮らしをしているのか?

 そもそも親はどこにいるのか?

 家ではいつもあんなにポンコツなのか?


 様々な疑問が湧き上がってくるが、訊くのはやめておこう。


 恐らく色んな事情があるのだろう。

 人には誰にも話したくないこともある。


「そういえば三津山も俺に何にも聞いてこなかったな……」


 彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。

 三津山美鞠。

 結構いい奴なのかもしれない。


 ポンコツだけど。



 ──

 ────



「ヤバっ!」


 ガバっと起きるとカーテンの隙間から朝日が漏れ差していた。


 いろいろな疲れとフカフカのベッドが相まって、そのまま寝てしまっていたようだ。


「ん?」


 布団が掛けられ、部屋の電気が消えている。

 そして着ていたはずの制服が脱がされ、ハンガーに吊るされていた。

 当然俺はシャツとパンツの下着姿である。

 恐らく三津山がしてくれたのだろう。

 ありがたいけど、ちょっと恥ずかしい。


 時計を見ると朝の六時半だ。

 十時間も寝てしまっていたのか。

 普段なら午前零時すぎに寝ても、六時前には起きて洗濯や朝食を作っているのに。


 素早く着替えてリビングに行くが、まだ三津山の姿はなかった。

 ごちゃっと散らかっていたものは、半分くらいに減っている。


「まあまあ頑張ったんだな」


 掃除に悪戦苦闘する彼女が目に浮かび、なんだか笑ってしまった。



 朝ご飯を作っているとパジャマ姿の三津山がのそーっとやって来た。

 寝癖をつけて眠そうに目を擦っている。

 パジャマがはだけて肩が露出してしまってるのも、図鑑に載ってるくらいのポンコツぶりだ。


「おはよーございます……」


「まだパジャマなのかよ」


「朝は弱いんですよねー……」


「もうすぐ朝食が出来るから着替えて顔洗って来て」


「えっ!? 朝ご飯作ってくれたんですか!? やった! 着替えてきます!」 


 食卓に焼き鮭、玉子焼き、味噌汁を並べていると、三津山が制服のリボンを結びながら駆けてくる。


 ついさっきまでだらしない格好だったのに、寝癖まで直っていた。


「身支度整えるの早っ!」


「えへへ。私の特技なんです。いつもギリギリまで寝てるんで、早着替えが身に付きました」


 実に残念な理由で習得した技のようだ。


「わぁ、すごい! 朝からこんなに作ったんですか!? 午前三時にでも起きたんですか?」


「んなわけあるか。これくらいすぐ出来るから」


「美味しい! 神ですね、神!」


 相変わらずもりもり食べている。


「今日からは一緒に学校に行けますね! 一人で登校するのってあんまり好きじゃなかったので助かります」


「なに言ってんだよ。無理に決まってるだろ。人に見られたらどう思われるんだよ」


「別にいいじゃないですか?」


「よくない。ていうか俺が泊まったことも言うなよ」


「それくらい分かってます」


 本当に分かっているのか?

 なんか不服そうな顔が心配だ。  




 登校すると、先に家を出た三津山は既に教室に着いており、クラスメイトの女子と談笑をしていた。


「でさー、ヤバって思ってソッコーで逃げたんだよね!」


 三津山と仲の良いまき野乃花ののかが大きな声でそう言うと、三津山は口許を手で押さえながら上品に笑っていた。


 三津山らしい、いつもの光景だが、家でのダラけた姿を知ってしまった今、なんだか演技のように見えてしまう。


「おはよー」


 適当に挨拶しながら教室に入るが、女子たちはちらっと見ただけですぐ視線を逸らす。


 どうやら昨日のことはちゃんと秘密にしてくれているようだな。


 三津山はチラッとこちらを見て俺にしかわからない程度に微笑んで会釈をする。

 俺も彼女にしかわからない程度に小さく頷き返した。





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