第3話

矯正所ゲダンケンエクスぺリメンを襲撃して、「パパ」とやらを救い出そうというイザベルの計画に乗ったのは、レンシャリアのためだ。レンシャリアが社会にとって不必要なんて誰が決めた。私が必要なんだから必要に決まってる。


 こうして、イザベルと共に隠遁しながら襲撃準備する生活が始まった。会社に居場所が露呈するおそれがあるというので私の部屋からはすぐに離れ、矯正所ゲダンケンエクスぺリメンに収容された人の空き部屋を転々としている。アヴァさんが「掃除対象部屋リスト」を横流ししてくれているおかげだ。



 襲撃に使用する武器の準備として、イザベルがコンビニの3Dプリンタで銃の部品をプリントアウトして組み立てている。


 政府から使用記録を辿って居場所を特定されるのではと危ぶんだが、「日常品に偽装してるから大丈夫」らしい。イザベルはヤスリをかけて変形させ少しずつ組み立てている。私よりもずっと若いのに、賢くて頼りになる娘だ。本当に私の遺伝子が半分入っているのだろうか。よっぽど掛けあわせの妙が良かったのかもしれない。


 同時に矯正所ゲダンケンエクスぺリメンの場所の特定作業も進めているが、特殊部隊を相手に素人が尾行するのはまず無理というものだろう。非常に難航している。



 今日の隠れ家は居住棟の高層階だ。高ランクの住人の空き部屋だ。清掃が入る前の部屋は明らかに高級品に囲まれていたが、同時に生活感にもあふれていた。寝具からまだ本人の残り香がするのには閉口したが、私達が侵入する前からエアコンがつけっぱなしなのは好都合だった。


 イザベルはいくつかのギアをダイニングテーブルに並べ、LEDランタンの光を頼りに削っている。私は削ったばかりの一つを持ち上げて眺めてみる。


「手出さないで、不器用なんだから」


 数日前に私が手伝った結果、部品の一つを再起不能なほどに変形させてしまったことを、イザベルは根に持っている。じろりと睨んで牽制された。


「ただ眺めてるだけです~」


 私の返事に、ふん、とため息をついてイザベルは研磨作業を続ける。


「パパはもう連れて行かれたの?」


「少し前にね」


「収用の異論申し立て、やってみた?」


「HPのやつ?あれ、意味ないよ。どこの奴がどんな意見だけ送ってきたかチェックしてるだけ。異論申し立てが通ったことなんて一度もない。送るだけ情報を政府に与えるから。無駄の極致」


 台本通りに喋るようによどみなくイザベルは言う。諦めすら感じられないその醒めきった口調は、私よりも大人びていた。


「……やっぱりそうなんだ」


 自分にできることはこれしかないと思って何度も申し立てを送信した過去の自分を省みる。もっと早くイザベルと出会えていれば。そうすればレンシャリアが連れて行かれることも防げたかもしれない。


 少し遠くでぼばばばばと羽の音がする。レンシャリアは隙のない身のこなしでランタンを消した。驚いた私は一瞬だけびくついた後、動きを止める。小さい金属音が聞こえた。


 窓の外を覗う。小さな宝石箱のような夜景に虫みたいなドローンが浮いている。こんな高層階まで来るのは珍しい。私達を探しに来たのならどうしよう。


「明かりが見えたのかな」


 ドローンの羽音がぞわぞわとした恐怖を掻き立てる。思わず呟いた私の足をイザベルが音もたてず踏みつける。


 痛い。


 うめき声が出そうになって思わず口を抑える。声も出せないままに涙目で訴えると、しょうがねえな、という顔でイザベルは足をどけてくれた。痛みのおかげか少し恐怖が紛れる。


 ドローンは窓の外をしばらく漂った後、移動していった。私はふう、とため息をついて床に膝をつく。いつの間にか呼吸も止めていたようで、呼吸が荒くなる。 


「また戻ってくるかもしれないから、今日は作業はやめよう」


「場所を変えた方がいいかな?」


「移動中に見つかる可能性を考えると、一長一短だね。とにかく計画自体を早めた方が良さそう」


 冷静に頷きながら言ったイザベルは、組立前の部品を数えながらしまっていく。と、動きを止めた。


「一つ足りない」


 イザベルの言葉に、一気に血の気が引いた。ドローンが来る直前まで私が持っていた気がする。


「私……落としたかも」


「はぁ?」


「ドローンに驚いて……持ってたやつ、落とした」


「ヤバ、明日清掃部が来てギア発見されたらさすがに居場所バレるじゃん!ちょっと、ほら、探すよ!」


「ごめん……」


 ランタンは使えず、頼りない月明りの中、私とイザベルは四つ這いになって床を手探りしながらギアを探した。


「不器用だし、怖がりだし、部品無くすし、ほんと頼りないママだなあ」


「ごめんね……」


 何を言われても反省するしかない立場なので、私は首をすくませる。激昂するかと思ったイザベルは、なぜか面白がっていた。


「さすがにこんなに何もできない人、笑うしかないでしょ」


「ごめん……」


「こんなにさわりまくって、明日清掃部ツールクツェッツ入って指紋認証されたら一発でバレるね」


清掃部ツールクツェッツは指紋認証なんて金のかかる道具は持たせてもらえないから大丈夫」


「……そっか。N5ランクは生きてるの、しんどい?」


 イザベルが小さな吐息と共に放った質問が私の耳に入った瞬間、手に硬いものが触れた。


「……見つけた!」 


 月光に照らされて光るギアをイザベルに見せながら、私は迷いなく言う。


「レンシャリアが傍にいるのなら、しんどい人生にも意味があるって思ってる」


 イザベルは私の目をじっと見たあと、床にごろりと寝そべった。


「あ~、なんか、……気が抜けたわ」


 私もイザベルの隣に横になった。


「ギア、見つかったしね」


「……そうだね」


 私は天井を見ながら、以前もこんなことがあったなと思い返している。


 そうだ、アヴァさんと仕事をしていた時だ。そのあと―。 

「イザベル、私の背中からシート剥がしてっ」


 突然叫んだ私に、イザベルは怪訝な顔をした。


情報磁気ゲタクヒスシート!たぶん、矯正所ゲダンケンエクスぺリメンの場所が特定できる!」


 それ以上何も聞かずに勢いよく私の背中をめくってシールを剥がそうとするイザベルに、私は「痛いってば!」と盛大に文句を言ったのだった。








 

 そこから先は想定通りだ。イザベルがシートを基に特定した矯正所ゲダンケンエクスぺリメンの場所に、すべての火器を持ち込んで襲撃を図り、そして失敗した。国家機密の矯正所ゲダンケンエクスぺリメンに素人二人が乗り込んで、人を奪還するなど成功するはずがなかったのだ。


 散々に殴られたあと、手足を縛られて椅子に拘束された私の目の前には情報部トラッチェン将校ズッドリがいる。カールした口髭が憎たらしい。


「何度も異議申し立てを送ってくるしつこさからしてどれだけ国威転覆意欲が強いのかと思ったが、ただの鼠だな」


「国なんかどうでもいい。レンシャリアを返して」


「頭も悪い」


 この将校ズッドリは私が何を言っても会話にならない。


 扉がノックされる。将校ズッドリが合図すると、女性が入ってきた。


 栗色の髪の彼女は伏せた目を合わせない。


「イザベル……」


「それ偽名」

 と、言いながらイザベルは泣き笑いのような表情で顔を上げた。


「その名前しか知らないし」


 私が少し笑ってみせると、彼女は唇を歪めた。


 将校ズッドリはこの世の全てを見下すような冷酷な声で言った。


「この訓練生の仕事は、国威転覆の可能性がある国衆モイッチェンを罠をかけて矯正所ゲダンケンエクスぺリメン送りにすることだ。しかし、この訓練生の成績は不良ですぐに嘘が露呈してしまう。この仕事がうまく行かなければ訓練生失格として矯正所ゲダンケンエクスぺリメン行きになるところだった。この馬鹿な鼠が引っかかってくれたせいで、命拾いしたな。おい、女、こいつはお前の娘ではない」


「……だろうと思った」 


 平然と私が口の中で呟くと、イザベルは目を見張った。


「知ってたの?」


「どう考えても私の娘にしては頭良すぎでしょ。それと助けに行くパパの話、全然しないし。あと今考えれば、イザベルに会ってすぐ気を失って自宅に連れ込まれたのも、もしかしたら磁気シートを探すためかなって」


「あの磁気シートもあなたを罠に嵌めるために情報部トラッチェンが仕込んでおいたやつ……。まさか背中に貼ってるとは思わなかったけど……」


背中からシールを剥がしたときに私が痛がったこと、イザベルがそんな私を見て笑っていたことを思い返す。イザベルも少し頬が緩んでいた。


 いや、緩んだのは頬だけじゃない。彼女の瞳からは滝のように涙が流れ始めている。


「どうして私のことなんか信用しちゃったの。急に現れてママって呼んでくるなんて、怪しすぎるじゃん。今までの人と同じように信じなくてよかったのに」


「バカだからすぐ騙されちゃうんだよ、私。でも、今度からパパ役はもっとイザベルに似た人に代えた方がいいかも」


 私は肩をすくめた。


「バカだよ、本当に。偽物の娘に唆されて矯正所ゲダンケンエクスぺリメン襲撃しちゃってさ……。もう戻ってこれないんだよ」


「でもイザベルの矯正所ゲダンケンエクスぺリメン行きはなくなる、でしょ」


 才能あふれるイザベルが矯正所ゲダンケンエクスぺリメンに行くより、私が行く方がきっといい。クソみたいな現実だけど、この現実にいる間にイザベルが一度でも笑う回数が増えたらそれで良い。一方の私はこの現実に生きる意味を見失っている。私が唯一愛していたレンシャリアは既に矯正所ゲダンケンエクスぺリメンに収容されている。もう会えない。


「イザベルが来なければ、矯正所ゲダンケンエクスぺリメンを襲撃しようなんて思わなかった。レンシャリアのことを助けたかったけど実際に行動しようとする勇気もなかった。イザベルがいたから。一緒にやろうって言ってくれたから、私は立ち上がれた。人の目に見えないやる気を現実の力に変えていく。あなたには素晴らしい力があるよ」


 将校ズッドリはさも可笑しそうに笑った。


「そうだな。国威の転覆を考えもしない鼠に襲撃を企てさせる、誘導と教唆の能力がある。裏切りと欺瞞あふれる情報部トラッチェン上層部には必要なものだ」


 イザベルは血走った目で将校ズッドリを睨んだ。


「こんな仕事……」 


「さあ、鼠の始末も情報部トラッチェンの仕事だ」


「嘘っ!矯正所ゲダンケンエクスぺリメンに収容するだけじゃないの?」


 イザベルの目が動揺して大きく動いた。別に私に情けをかける必要などないのに。


「鼠も飼うなら餌代が必要になるからな。ほら、お前の準備した銃だ。襲撃のために準備した銃で自らが撃たれるなんて、ドラマチックすぎて鼠にはもったいないな」


 将校ズッドリは銃をイザベルに手渡した。イザベルは震えながら私の正面に立つ。


 可哀相に、あんなに泣きじゃくって。ちゃんと狙いを定めないと。外せばまた将校ズッドリに叱られるだろう。


 かわいいかわいい私の娘。すべてを諦めたこの世界であなたに会えて良かった。


 私は目を閉じて、銃声がするのを待った。

 


 

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誇らしい私の娘 あとこ @tenjikuatoko

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