一寸先の聖女

珠邑ミト

一寸先の聖女



 そう、第一印象は、「ああ、なんてキレイな子なんだ」だったんですよ。


 プラチナブロンドの巻き毛に、同じ色の睫毛まつげが、まるで、けぶるように、バサバサとしていて、エメラルド色の瞳に、影をさしていたんです。まっ白な肌は、皮をむいたばかりのライチのように、ぷりぷりと瑞々みずみずしかった。哀愁ただよう風情ふぜい、とでも、いうのでしょうか? ああいうの。わたしは学がないので、よくは、わからないんですけどもね。


 そう、彼女はね、異世界から召喚された、聖女様だったんです。


 くりかえしますが、わたしは学がありません。掃除しか能のない、しがない下男なのです。なので、彼女が召喚された時にも、まるで存在しないもののように、儀式の間のすみっこで、ほそく小さくなりながら、床に染みついた果汁のこぼれ落ちたのを、キレイにしていたんですね。


 彼女は、泣いていました。

 きっと、なんの心づもりもなく、急にこの世界に呼び出されてしまったのでしょう。

 わたし、すっかりかわいそうになってしまいましてね。

 だって、かわいそうじゃないですか。

 

 いきなり日常から切り離されて、見も知らぬ場所に連れてこられて、そうして、えらい人たちのいうことを聞かされたり、好きになれるかもわからない王子様(わたしの国の王子様は、まるでガマガエルに似ていて、その上、めかけもたくさんかこっているのです)の、第十三番目の妃かなんかに、されるかも知れないのですから。


 だからね。

 助けてあげたんです。

 ほら、わたし掃除夫だから。

 部屋の出入りは、どこの部屋でも、自由にできるんですよ。


 彼女がつかまっている部屋にひっそり忍び込むと、寝台の上でぷりぷりりと、やっぱりライチのように震えていました。かわいそうに。だから、わたし、「だいじょうぶ、たすけてあげるからね」と、おおきく口をあけて、ぱくんと、お腹のなかにかくしたんです。そして、にょろり、にょろりと、ね。

 部屋から、ぶじに、脱出しました。


 巣穴にもどったら、お腹から出してあげますからね。

 ああ、それまでに、溶けてしまわないと良いなぁ。

 ほら、わたし学がないもので、どれくらいの時間なら、彼女のライチみたいな肌が溶けずにすむものだか、ちょっとわからなくて、ええ。


 これからは、いっとう大事にしてあげますからね。

 しあわせな暮らしを、ふたりで、はじめましょう。

 ふふふふふ。 



                        (了)

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一寸先の聖女 珠邑ミト @mitotamamura

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