平和な離島と漂着した舟
石田徹弥
平和な離島と漂着した舟
「おはようございます!」
太陽が昇る青空には、雲ひとつない。快晴だ。
乃亜はいつものように、畑仕事をする近所に住むおじいちゃん、おばあちゃんたちに手を振って挨拶する。乃亜の挨拶に、おじいちゃんおばあちゃんたちも笑顔で手を振り返した。
学校に着くと授業が始まった。島の子供は七人。下は六歳から、上は十五歳まで。乃亜は九歳の小学生に相当するが、授業は全員一緒に受けている。乃亜からすればその方が寂しくないし楽しい。
学校が終わると、クラスメイトの友人たちと島を散策しながら帰宅の途につく。
島は、乃亜の足でも歩いて二時間程度で一周するほど小さな島だった。住人は恐らく二百人程度。その殆どの住民と乃亜は会ったことがあるし、住民も乃亜のことを知っていた。
小高い丘の上には小さな神社があった。そこでいつも友達とかけっこしたりかくれんぼしたりして遊んでいた。今日はかくれんぼ。乃亜はいつも隠れる場所にそろそろ飽きてきたので、いつもとは違う場所を探していた。
伸びた草。乃亜の身長ほども高い。構わず突き進むと、急に草が茂った場所が無くなり、丸い広場が現れた。これでは身を隠すことが出来ない。乃亜は来た道を戻ろうとした。しかし何かを目の端に捕らえた。なんだろう。草が生えず、土だけの場所を睨むようにして見る。
土から何か白いものがちょこんと現れていた。
乃亜は恐る恐る近寄って、その白いものをよく見た。陽の光に照らされ、輝いているようにみえる。固そうだ。乃亜はゆっくりそれに触れ、持ち上げてみた。地中に埋まっていた部分が露出する。
骨だった。
だが乃亜はさして驚かない。野良犬か鹿か猪か。動物の骨はよく落ちている。なんだ、と乃亜はその骨を投げ捨てて元の場所へ戻っていった。
乃亜は家に帰るとまず手を洗い、お母さんのお手伝いをした。今日の晩御飯は餃子のようだ。お母さんと一緒に皮に餡を包んでいく。乃亜は少し不器用だから、乃亜が作った餃子は大きいか、もしくはとても小さい。それでもお母さんは乃亜を褒めてくれた。
お父さんが仕事から帰宅したので、三人で夕食を食べた。お父さんも乃亜の餃子を褒めてくれた。お父さんが一緒にお風呂に入ろうかと聞いてきたが、乃亜は断った。もう子供ではないのだ。
そのあと一緒にトランプをして、夜の十時が過ぎた頃に布団に入った。
騒ぎが起きたのはそれから三時間ほどしてだった。
外が騒がしい。鐘が鳴っている。
起き上がると、お父さんとお母さんはすでに起き上がって着替えていた。
「乃亜は寝てなさい」
お父さんが乃亜にそう言って、家を出て行った。乃亜は「どうしたの?」とお母さんに聞いたが、「子供は心配しなくていいからね」と言うだけだった。
乃亜はいてもたってもいられず家を飛び出した。後ろでお母さんが戻ってくるように叫んでいるのがわかるが気にしない。
港に人が集まっていた。電灯だけではなく、篝火のようなものを持つ者もいた。
乃亜は視線の先を目指し、人々をかき分けた。
灯りに照らされているのは、海にポツンと浮かんだ小さな舟だった。
その船には、見知らぬ男性と、乃亜くらいの年齢の女の子が乗っていた。
「私たちは感染してません! どうか、助けてください」
男性が叫んだ。目には溢れている。よく見ると、ガリガリに痩せていた。女の子もだ。
急に乃亜の肩に手が置かれ、びっくりして見上げるとお父さんがいた。
「お父さん。あの人たちは?」
お父さんは乃亜を見ず、真っすぐに舟を見つめていた。
「この島の人間じゃない。きっと流れてきたんだろう」
「どこから?」
「地獄からだ」
島の人の中から、男の人が三人ほど前に出た。手に持っていたのは、銃だった。
一人の男性が空に向けて銃を撃った。
船に乗った男性は女の子をかばうようにして身を屈めた。
それでも顔を向け、島に向かってまた叫んだ。
「本当です……感染してません……もう水も食べるものもなくて……せめて娘だけでも」
乃亜はお父さんの服を掴んだ。
「ねぇ、助けてあげようよ」
するとお父さんはしゃがんで乃亜と同じ目線になった。
お父さんは乃亜の肩を掴んで、乃亜を見つめた。
「乃亜は二人の命と、二百人の命、どちらが大事だと思う?」
お父さんの目は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
そんな目をしたお父さんを乃亜は初めて見た。
「……そんなのわからないよ。どっちも大事じゃないの」
乃亜の肩に置かれたお父さんの手に力が入った。
「どっちもは、ないんだ」
その時のお父さんの目が怖くて、乃亜は視線を外した。すると舟の女の子と目が合った。
その目からは、何も感じ取ることができなかった。乃亜が理解するには、女の子の目はあまりにも日常からかけ離れていたからだ。
乃亜は想像した。もし、あの子が島に上陸して、ご近所さんになって、クラスメイトになったとしたら。いつのまにあの子は島の人間になって、いつのまにか乃亜の親友になったかもしれない。そう乃亜は思った。
再び銃声が鳴った。今度は舟のヘリに弾丸が当たった。
それを合図に、男の人と女の子を乗せた舟はゆっくりと島から離れていった。
女の子はもう、背中を見せていた。
朝が来た。乃亜は父と母に見送られ、いつものように学校へ向かった。
畑仕事をする年寄りがいつものように手を振って乃亜に挨拶した。
乃亜は答えず、空を見上げた。
青空に、雲が増えていた。
平和な離島と漂着した舟 石田徹弥 @tetsuyaishida
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