第11話

「無理してないか?」

「え?」


「子供のこと」

「あ、ああ、無理は・・・してる」


「え?」

「やだ、そんなに反応しないでよ」


「だって、おまえ」

「はらはらしないの。無理はしてるわよ。無理しないともうできないってわかったんだから。でも、追い詰められてない。ダメってわかったら引き返す覚悟も準備もある。記念受験っていうのも、なんかね、わりと的を得たたとえなんだな、我ながら」


「そう、か」

「うん。わりとずっと冷静なの。あれかな、こういっちゃなんだけど、切望してないのかな」


「切望?」

「うん、ほしくて、ほしくて、誰かの子供を奪っちゃうみたいな、そんな切迫感とはほど遠い」


 そんな小説や映画がけっこうあったなと頭をよぎる。


「もちろん子供はほしいけど、でも、だめならそれはそれで・・・」


 春子が言葉を探して、見つけて、つづけた。


「私たち、ずっと二人でも十分楽しいしね」

「だよな」


「うん」


 春子がにやりと笑う。共犯のように春子の笑顔をなぞり、同じような笑顔を浮かべてやる。

 こんなやりとりが楽しくて仕方ない。


 それだけで十分だ。

 子供ができたらさらに儲けもの。でも、欲張らなくてもいい。


 記念受験か。

 春子の例えはなるほど的確なのかもしれないと思うと、急に眠気を感じた。


 並んで座っている春子の膝に頭を傾ける。


「やだ、ちゃんとベッドで眠ってよ」


 春子が立ち上がる。

 僕は、うん、わかったと言いながら、そのままソファに横になる。


 抗えない眠気に身を任せ、春子が台所でおさんどんする音を聞きながら、意識を失っていく。


 春のようなぬくもりを全身に感じながら。

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春の日 梅春 @yokogaki

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