第3話 人魚に夢見た友人は、今

それから何年か経ったある日。

真梨奈はまた美咲の様子が変わった気がした。

目をキラキラ輝かせていて、よっぽど良い事があったのだろう。


「真梨奈、聞いて!最近こんな事があったって話なんだけど」

「どうしたの?美咲」


ここから、美咲の長い話になる。


「散歩してたら、帽子が風で飛んでっちゃって…帽子を追いかけていったら、すごく綺麗な顔と髪をした男の人に会ったの。その人が私の帽子を拾ってたんだ」

「ふ~ん」

「その人の名前はアイトラーさんって言って、気さくで優しそうな人だったから、つい話し込んじゃったの。そうしてるうちに、この人とは初めて会った気がしないな…と感じるようになって…思い切って

『前に、会った事ありませんか?』

って聞いてみちゃった」

「普通初対面の人にそんな事聞けないよ…美咲、意外と大胆だね」


真梨奈は「美咲って結構変わった所あるんだなぁ」と思いながら話を聞いていた。


「そしたら、アイトラーさんは『やっぱり、君はあの時の…』って心当たりがある反応をしたんだ」

「まさかの図星!?」

「しかも直後に、アイトラーさんの姿が人間から人魚に変わったの!人間の姿は魔法で変身してたもので、本当の姿は人魚だったんだって!」

「え、いや…ちょっと待って…」


話に一気に現実味がなくなり、真梨奈は困惑する。


「昔、私が海で溺れそうになったのを人魚に助けられたって話をしたよね。アイトラーさんが、その人魚だったんだよ!」

「あ…あの話と繋がってたの??」

「アイトラーさんに出会うまでは、あの出来事は真梨奈の言う通り夢だったのかな…って諦めかけてたけど、本当だったってわかって…すごく嬉しかった!」

「…そっか、良かったね」


楽しそうに話をする美咲だが、やはり真梨奈はどこか信じ切れなかった。

無意識に呆れが顔に出てしまったのか、美咲は我に返ったように言う。


「あっ…ごめん!つい夢中で話し込んじゃって…」

「い、いいの。不思議な話だったから、びっくりしたのかも…」


穏便なやり取りをする二人だが、心の距離は離れ始めていたのかもしれない…。

美咲は人魚の話をやめて、お互い無難な話題を持ち込むが、あまり弾まなかった。

予定を合わせようと思えば合わせれる日があっても、一緒に出掛ける回数も以前より減っていった。


実は、美咲は真梨奈に内緒でアイトラーに会いに行くようになっていて、更に彼の家族や仲間達とも知り合っていたのだ。

人魚の世界に歩み寄るようになった美咲と、真梨奈の距離が次第に開いていくのも無理はない。


そんな中、ある悲劇が美咲を襲った。

結婚記念日で旅行に行っていた美咲の両親が、帰宅予定だった日に交通事故に遭って亡くなったのだ。

この時点で耐えがたい悲しみだろうに、悲劇はこれだけに留まらなかった。

親戚の家に引き取られた美咲だが、そこでの彼女の扱いはひどいものだった。

家事を押し付けられ、門限を決められ、必要最低限の外出しか許されなかった。

事あるごとに辛辣な言葉もぶつけられて、美咲は以前のような笑顔を失ってしまった。


「美咲、大丈夫…?じゃ、ないよね…」


おそるおそる声をかける真梨奈だが、美咲の反応は怖いくらいに淡々としていた。

それだけ心が消耗しているのだろう。


「…いいの。真梨奈は何も気にしなくて大丈夫。ごめん、そろそろ帰らなきゃ」


学校が終わる時間になると、美咲は早足で去ってしまう。

それを見送る真梨奈は、後悔の気持ちを抱いていた。


(私…美咲の話をもっとちゃんと聞いてあげれば、信じてあげれば良かったのかな…)


そうすれば自分も、あんな家庭環境になってしまった美咲の心の拠り所になれたかもしれないのに。真梨奈はそう思った。


(でも今更、何が出来るんだろ…ごめんね、美咲…)


そうしてるうちにますます、美咲と真梨奈は疎遠になっていった。




ある夜の事だった。今夜は満月がとても綺麗だ。

真梨奈は自宅の窓からそれを眺めていた。

満月の神秘的な輝きを見つめていると、なぜか切ない気持ちになる。

その時、


(………?)


頭の中から、何かが抜け落ちたような違和感を抱いた。

でもそれは一瞬で、真梨奈はすぐに気を取り直す。


(そろそろ寝よっか)


月を見るために開けていたカーテンを閉め直すと、真梨奈はベッドに潜り込んだ。




それから、良くも悪くも語る事のない日常を過ごす真梨奈。

ある程度印象に残ってるとすれば、ニュースで見たこんな事故だ。

自分の住所からそう遠くない地域で『家に雷が落ち、その家の住人が全員死亡した』事だった。

不思議な事にその雷で起きた火事はその家だけを燃やし尽くし、周囲には一切広がらず巻き添えをくらった人や建物はなかったという。

そして亡くなった人達は近所からの評判も良くなかったとの事で、天罰かもしれないと噂する声もあった。

しかし数日経てばまるっきり違うニュースに置き換わり、真梨奈もすぐに忘れた。


ある年の夏、海水浴に遊びに来ていた真梨奈。

お気に入りの水着を着て、サラサラとした砂浜を踏みしめ、澄んだ青い海で水遊び。


(不思議…こうしてると、私と一緒に遊ぶ誰かの姿がぼんやりと浮かび上がるような…)


暑いからかな、と少し日陰で休もうと思った時だった。



『♪~~~♪~~♪~~♪~~~♪~』



まったく聞き慣れない言語だが、とても綺麗な歌声が遠くから聞こえてくる。


(何…この歌…)


風や波の音、自分の他に来ている海水浴客の話し声等もあって周囲は決して静かではないのに、その歌声はやけに鮮明に聞こえるのだ。

引き寄せられるように、真梨奈は歌声のする方へ向かう。


そこは人気(ひとけ)の少ない海岸で、岩が多く足場がやや悪い。

足を滑らせないように慎重に歩いていると、少し遠くの沖にある岩の上に誰かが座っていた。


(あれって…!?)


薄緑色の長い髪に似合う百合の花飾り、透き通るような白い肌、日光がキラキラと反射するエメラルドグリーンの鱗をした魚の尾びれ…あれはまさに


(…人魚?)


仮装などではないのも一目でわかった。

ずっと空想にしかいない生き物だと思っていたのに…。


(すごい…本当にいたんだ)


しばらく人魚の後ろ姿と歌声に見とれていると、真梨奈に気づいたらしく歌うのをやめて、こちらを振り向いた。真梨奈は反射的にドキッとする。

あの歌声にしてこの顔、と言える美しい顔。


(ん……?)


しかしよく見ると、なんだか見覚えのある顔のような気がしてきた。

初めて遭遇した人魚なのに、どうして…?


『…ニコッ』


人魚は真梨奈に微笑みながら手を振ると、綺麗に弧を描くような動きで海に飛び込んでいってしまった。

呆然と立ち尽くしていた真梨奈だったが、気が付くと涙を溢れさせていた。


「………元気そうで良かった、ミサキ…」


なぜあの人魚の名前がミサキだと思ったのか。

初対面のはずなのに、なぜ久しぶりに会ったかのような事を呟いたのか。

今こうして流している涙の理由は何なのか。

真梨奈は自分でもわからなかったが、長い間胸の中につかえていたものがスッ…と消えた気持ちだった。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神秘の人魚族・番外編 泡沫シレナ @colorfulfancy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ