第6話 再会
テルンと解散して宿で一晩過ごした俺は、はやる気を抑えきれずアーツへ向かうことにした。
「路銀が足んねえ...」
先日からの宿代に飲み代、今日この街を発ち明日の夜再会できるであろうテルンに旅の疲れを癒すとびきりの酒をご馳走したい。
「ま、適当に冒険者あたりからスるか。」
思い立ったが吉日。
俺は本来の整備された道ではなく、大きく迂回して魔獣の棲家となっているバルト大森林を通っていくことにした。
浮き足立ち、スキップし、意気揚々と魔獣と死闘を繰り広げる冒険者達のポーターから電光石火で金をスる。
次から次へと、死闘を無視して金をスる。
かれこれそうして足が棒になる頃、本来の正規ルートへ戻った。
通りがかる御者を探してしばらく歩くと、後ろから馬車の通る音がする。
今回も丁寧にお願いという名の脅しによって、心よくアーツまでタダ乗りできることになった。
ありがとう、商人のおっさん。
あっという間に日が落ち、空が夜に覆われた頃、俺はアーツの街へ着いた。
外壁より高く上る煙と金床の音。
街に灯る幾つもの火の光。
荷物に身を隠し街へ入ると、熱いくらいの外気に身を包まれこの街のエネルギーを体いっぱいに感じた。
「こういうとこ、意外とレイブンが好きなんだよな」
もし一緒に来れていたら、あの大人びたレイブンが誰よりもはしゃぐ姿が想像できる。
そんなことを考えながら、街行く人へ道を聞き足早に約束の酒場へと向かった。
そこは陰鬱とした路地裏で、ランプに照らされた看板に『ハーディーログ』の文字が見える。
扉を開け、冷静なフリをしてカウンターに座り、横目で店中を見渡す。テルンはまだ来ていない。
俺はソーセージにスコッチをダブルで注文し、ゆっくりと飲みながらテルンを待つ。
店には数人しかおらず、会話も少ない。
静かな店の中へ街の中心部の喧騒が小さく聞こえる。
時計の針の音。グラスやビン、食器の音。
それらに耳を傾け、目を瞑ってどのくらい待っただろう。
気づけば朝日が上がり、店終いだと言われた。
今日は折り合いがつかなかったんだろうか。
また明日来てみよう。
そうしたら会えるかもしれない。
そう思い、俺は店を後にした。
それは店を出てすぐのことだった。
片足を落とされ血まみれの男が這いつくばって路地にいた。
無視をして横を通ろうとしたとき、見知った顔に気がついた。
テルンと共に邸宅に押し入った奴らの1人だ。
「おいどうした!」
「生きてんのか?!」
「よかった...会えた。」
「テルンさんが...アンタとの約束を嬉しそうに話してたから...」
男は言う。
「なんだよ、何があったんだよ!」
なんだ、これ。
気持ち悪い。
腹の奥底で食ったもんがグチャグチャになって渦巻いている。嫌だ。
やめてくれ。何が起きてる?
「テルンさんは...こんなこと望まない...けど」
血でぐしゃぐしゃの顔に涙が溢れる。
言葉が溢れる。
「...悔しい...ッ!」
「どうしても...悔しくて...やたらに強かったお前が頭に浮かんだ...。」
「戻ってくれ...!」
どういうことだ?やめてくれ。
何が起きてるんだ。頼む。頼む、頼む。
「テルンさんが...殺された...ッ!!」
「俺たちは...ただの駒だ!!!」
「クソ...使い捨ての駒だったんだ!!」
は?
何を言ってるんだ?
目の前の男が大袈裟みたいな血を吐いて絶命した。
うん、見たらわかる。
は?
テルンが殺された?
戻れ?あの領主の邸宅か?
なんで?
テルンが死んだってことか?
頭の中がグルグルと黒や、緑や、赤、青、いろんな色がチカチカと回る。
訳もわからないまま、こんな足千切れてしまえと、とにかく俺はひたすらに走った。
こんなことを考え、明け方からひたすら全速力で走り続けた。
時間が経った記憶もない。気づいた頃にはとっくに夜でユノの街へ着いていた。
賑わう歓楽街や街の中心部の人混みを突き飛ばし、邸宅の衛兵を蹴散らし扉を開けようとしたその時。
数人の男を引き連れた、自身の2倍はあろうかという大男が現れた。
馬鹿みたいにデカい大鉈を背負って、毛皮のコートを羽織っている。
血の匂いがした。
「なんだ?テメエ。」
大男は言う。
知るか。
無視をして邸宅に押し入ろうとすると、その男は首を掴み止めようと腕を振りかざす。
残像に手を伸ばすほど素早く人の気配のする方へと走り、駆け抜け、扉を蹴り開けた。
「...テルン...?」
そこには卓上にテルンと数人の男達の生首が並べられ、満足そうにグラスを傾け酒を飲む男がいた。
俺は考えるよりも先に動いていた。
全身に雷を走らせる。瞬きの間に男の首を壁に叩きつけ、押さえ込み、逆手で脇腹のナイフを抜く。
4度男の頭にナイフを刺した。
1秒ほどの出来事だった。
現状に頭が追いつく。
顔の血が流されるほど、視界が透明に滲む。
全てが壊れる音がした。
なんで。
なんで。
なんでいつも。
この世界は俺から大事なものを奪うんだ。
なんでいつも。
この世界は俺を愛してくれないんだ。
憎い。
奪ってはいけないものを。
奪う奴らが憎い。
綺麗な世界を見る?
ふざけるな。
どこもかしこも汚ねえもんばっかだ。
くだらない。
その辺のゴミや塵と何が違う?
「お前、この女の恋人か何かか?」
と声が聞こえ振り向くと、手毬のようにテルンの首を放って遊ぶ先の大男がいた。
「コイツはウチの組織の末端でな。」
「諸事情ってやつでケジメを取らせて貰った。」
目の前のコイツは何を言ってるんだ?
「お前、誰の首放って遊んでんだよ。」
涙でぐしゃぐぢゃで顔も見えない。
それでもわかる。
コイツは殺さなきゃ駄目だ。
こんな物体が息をしていて良い訳がない。
重力よりも早く地面へ肉体を落とす。
皮膚が稲妻で赤く焼け、鼻先を床に掠めるほど低く、低く。
一瞬で姿を消したかと錯覚するほどに、ジンは加速した。
気付かぬ内に抜かれた二本の刀が男の胴体へと逆袈裟で入ると思われた瞬間。
空気とぶつかる音と共に大鉈がジンの頭上へ振りかざされた。
この目にこの攻撃は見えている。
大鉈が当たる寸前、体を捻り、二刀をぶつけ軌道を地面へと逸らす。
回転のまま二刀の刃は腸を狙い一直線で飛ぶ。
これを空いた右腕の袖鎧に防がれ体ごと壁に弾き飛ばされる。
「バケモン退治なんて聞いてねえぜサリバンさん」
ハハハと笑いながら、我ながらよく防いだもんだ大男は楽しそうに続けた。
「久々に死ぬ匂いがする、いいねえ!」
「千寿が大看板、大鉈のクラムだ!」
なんだ。急に昂りやがって。
気色悪い。名前だ?
聞いてねえし聞く価値もない。
喋る価値もない。
コイツらは動くゴミだ。
息の根を止める。
それだけだ。
左に弧を描き音速で人間が飛ぶ。
クラムが大鉈を振ってくる姿がこの目には映る。
ジンが飛びかかり、二刀が打ち合った瞬間、刀から手を離す。
右腕を打たれる前に脇腹のナイフを胸に突き刺した。
股下を潜り、もう2本のナイフを腰に刺す。
刺し口から噴き出る血を物ともせず、クラムは反転し雄叫びを上げながら大鉈を振りかざす。
それよりも先に両腿のナイフを両膝へ突き刺す。
降ってきた大鉈をかわし、蹴り上げ、クラムの頭上へと飛ぶ。
両腿の残った2本のナイフで顔を突き刺した。
宙に飛び、着地までの間、何度も。何度も。
顔から股下までの正中線を何度も突き刺した。
ジンが着地をする頃に、クラムは立ったまま動かなくなっていた。
...外にはコイツの部下がいたはずだ。
残りのゴミも全員殺す。本拠地を叩かなければコイツらは死滅しない。
ゴミ掃除の続きだ。
ゴミの巣を聞き出したら、部下共も殺そう。
そうしたらテルンとテルンの仲間達の首をどこか静かな場所で眠らせてから墓を建てるんだ。
それが終わったらゴミの巣を駆除に行こう。
悲しく重いジンの足取りは、この気持ちを他所に早く、早くに進んだ。
神様のいない世界 @omorigohan
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