第5話 藍色


帰り道でのこと。


「なあ」

「今更だけどさ、聞いてもいいか」

「何故あの邸宅から金を盗んだんだ?」

 俺も生きていく為なら抵抗はない。

が、この子はそこまでの人間に見えないのだ。

 ましてや小悪党の盗賊団ではなく、組織に属して反旗を翻すようにも思えない。


「メンツね。」

「組織というのはメンツが大切。」


 どうやらテルンによると千寿はシノギのひとつに色々な店や商会のケツモチをしているらしい。

 そういった縄張り内にあの領主は自身の私兵団を使い、裏社会のみの組織ではなく領主として表の顔を持つ自身がバックに付こうという動きをしていた。

 ミカジメ料も後ろめたい金にはならない。健全に経営したいだろう。などと言い寄っており、事実そういった流れが目立つようになってきたそうだ。


「今回のことは警告なの。」

とテルンは冷たい目で言った。

「あなたもこれ以上私に踏み込まないで。」

「あなたには無事に、そして確かに生きていって欲しいから。」


 この子は優しい子だ。

辛い過去を越えて、それでも強く生きる為この世界に身を置きながら、こんな俺を心配している。


「心配されるほど弱くはないよ」

と軽く笑ってあしらった。

「...また飲まないか?」

 君とまた会いたい。とは言い辛くぎこちない誘い方になってしまったかもしれない。

 引かれてはないだろうか。


「...私はもう街を出る。」

と呆れたように笑うテルン。


 山を越えて少し行った先の街。

武器産業で栄えた鉄床の街アーツ。

「ハーディーログという酒場で会いましょう」

と言い残し去っていくテルンの後ろ姿を俺はずっと見ていた。


 明日が楽しみだったのはいつ以来だろう。

今までは毎日眠れず意識が落ちると夢を見ていた。

起きていても見ないふりをしても、目を瞑っても見えた家族の死。殺した男の腕。

必ず鮮明に見る夢。

ただ今日だけは。

彼女と出会った今日だけは、はじめてゆっくりと眠りにつくことができた。

 その日見た夢にはクッキーを取り合うエマとアルベルト。頭を抱えて呆れるレイブンに2人を止めるベル。俺はそれを見ていた。

最後は皆が笑っていた。

幸せな夢。





鉄床の街アーツ。千寿本部内。


 組織を粘着に調べ上げ、本部へと数十の私兵を引き連れて乗り込む大柄な1人の男がいた。

「貴様らの仕業だと調べはついている!」

「コソ泥風情が。私兵や国の騎士団憲兵隊を引き入れ潰すこともできるんだぞ!!」

今にも頭の血管がはち切れそうな表情だ。

「金を返せ!!」

と男は続ける。


「あんさん俺たちのこと舐めてんのか?」

細身の長身でぬるりと足を組み、深く椅子に腰掛け、そう吐き捨てたこの男はサリバンという。

 癖のない真っ直ぐな深い藍色の髪を胸まで垂らし、額に横一本の深い傷跡。

切れ長な左目とは反対に右目は潰れ真っ黒な穴になっている。

 小指と薬指がなく、残った指で煙草を吸っていた。


「可愛い子犬ちゃんがちっこい群れで勇んでくるもんだからよ」

「珍しいどころか愛くるしい客人だと思って会ってやったんだが...勘違いはよくない。」

「たしかにウチは国家指定犯罪組織だ。」

「...だったらなんで今もなお潰されてないんだ?」

「国家の敵。とはいえそう簡単に事構えられるもんじゃないんだよ。」

「それに憲兵隊がこれだけ本拠地を捜索して『今だに見つかりませんでした』??」

「そうなんだよ。」

「あいつらはうっかり屋だからな、『偶然』、見つけられないんだよ。」


「腐っておる...」

とその大柄な男は言う。


「お互い様だな、マルコ・フランツ。」

とサリバンは言う。


「私とは違う貴様らのようなゴミクズにも知られてしまう己の名声が恨めしいわ。」

とマルコは譲らぬ態度を見せる。


ヘラヘラと戯け笑いサリバンはこう続けた。

「ただまあ、わかったか?」

「こっちもアンタらがいきなり態度つけてきちゃうもんだから間違って殺しちゃうとこだったよ。ワンちゃん。」とサリバン


仄暗い藍色の目には底が見えず、一瞬怯えるマルコ。

しかしプライドと虚勢を張り立て

「やれるものか」

と突き返した。


ため息を吐き、

「いつも頭の足りんバカは早死にするなあ」

とサリバン。

武器を構える部下をまあまあと諌め、俺1人で十分だと言う。

「まあわかったよ、マルコちゃん。」

「今日はそれ持って大人しく帰んな。」

「アンタの娘さん、誕生日に欲しがってたろ。」

と指差す外には純白の天馬。

「嫁さんにも最近お気に入りの東國茶葉付けといたんだ、気効くだろ?」


蒼白した顔でたまらず、「わかった、すまなかった」

とマルコは謝罪して態度を改める。


「...これだけは頼む。」

「私からの依頼という形を取らせて欲しい」

とマルコはサリバンに腰低く話し始めた。

 私は金を貸し返せない者や、納税できない領民の名義を使って他の街に貸金庫をいくつか持っている為、数日以内に手配すれば表に出ない金で金貨500枚用意できる。

 その対価として

押し入りの発案者と実行者の首。

持ち出した財産、物的資産の返却。

これを要求する。

 長年かけて集めた魔道具や著名な美術作品があるのだ、とマルコは矢継ぎ早に話す。


狙い通りとばかりににやけた大きな口の端を歪め

「...可愛いワンちゃんに免じてやってやってもいい、が」

「俺もNo2だ。木端とはいえ末の弟妹を殺すにはリスクがある。詰むもの詰んでくれなできんのですわ。」

と言うと一瞬の静寂の後、

「ヘグラック。」とサリバンは付け加えた。


あの鉱山は不味い。

ただでさえ極希少なミスリルが深層で採掘できる為、領地を支える大きな財源になっているからだ。

「ふざけるな!」とマルコは声を荒げる。


「じゃあ依頼は不成立だ、俺はこの舐め腐った侵入者どもを処分する。」

と突き返され、肩を振るわせながらマルコは了承した。


 さらに追い討ちをかけるように、「それと金貨は500じゃなく1000だ。」とサリバン。


「そんな大金はない!600で手を打って欲しい!」

とマルコ。


「1000だ。」

食い気味に返すサリバン。


「...700だ、頼む。」

とか細い声で溢すマルコ。


「1000だ。」

煙草に火を着け、煙を吐きながらサリバンは言う。


「800...これ以上は本当に持っていないんだ...。」

唇を震わせマルコは懇願する。


「1000。」

出会ってからもずっと微笑していたサリバンから表情が消える。


 900と言いかけたが、マルコは無言で頷いた。

頷くしかなかった。


サリバンは

「これからも長い付き合いになりそうだな」

と満面の笑みで言う。


こうしてサリバンは

・領内にある『ヘグラック鉱山の所有権』

・現金にして『金貨1000枚』

(物価から逆算して日本円で1億円相当)

・これからの永続的かつ一方的な協力関係

を得た。


「兄貴、あそこまで追い詰めて大丈夫なんですか」

と部下が言う。


「...まあ、あいつの持ち金で集められる程度の傭兵じゃまずウチの頭1人で瞬殺だ。」

頭の出る幕もないかもな。と付け足す。

「そもそもだ、もしそんな動きを見せればウチの情報網に必ずかかる。そうなればお国の内通者にチンコロしちゃう訳よ」

「そうすりゃ次の日にはマルコ・フランツ、犯罪組織との癒着。」

「横領恐喝誘拐に殺人。」

「とでもまあ色んな速報が聞こえてくるだろうな」

とサリバンは言う。


最近目障りなジジイが足元でおだっちゃって警告したつもりがまんまと思惑通りだ。

数十人の末端足切りで大儲けってハナシよ。

と、サリバンは溢れる笑みが止まらない様子だった。


「クラム!」

とサリバンが呼びつけると

「なんでしょう」と言いながら首を下げ扉をくぐる大男が現れた。

「頭が拾ってきた女いただろ、実行役の。」

「あいつと押入り担当した部隊のツレども捕まえて首詰めとけ」


「わかりました。」

とクラムは冷淡な返事をした。

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