第4話 子供



 千寿という組織。

国から指定を受ける巨大犯罪組織。

だがそれ以上語ることをテルンはしなかった。


 あなたは強い。頭目ほどではないけれどNo3くらいにならいい勝負をするでしょう。

それでもあなたみたいな暴力を過信した素人は関わるべきではない。

なおさらあなたのような人ならね。

とテルンは言った。


なんだそれ。

人の心配より自分の心配をしろ。

だいたい、この仕事で食っていけるか?

安定してるのか?

辛いことはないか?

怪我したりしないか?

人間関係は大丈夫か?

俺はエマを重ね、そんなことを口走る。


「気持ち悪いわね、なんなのよ。」

テルンはこちらをジッと見て警戒をしながら話す。

「まあなんにせよ、これ以上深入りしないことね」


 それよりも、と続ける。

「ここまであなたを観察していた」

「必要のない殺しはしない、のでしょうね。」

「でも路地の諍いをいちいち助けたりもしない。」


馬鹿だな、テルン。

この世界はもっと非情だ。

「スリ、詐欺、誘拐」


「え?」


「ここへ来るまでに見つけた悪意だ」


「そこまでわかっていてあなたは何故私に...」


 とそのとき、先ほど仕事を終えて外へ出た給仕の娘を見ていた男が3人外へ出ていく。

「ほらまた一つ。」

悪意には敏感なんだと付け足す。


少し考え、察した顔をしたテルン。

「...すけなきゃ」


...何か言ったようだが聞き取れなかった。

「ま、どこでだれが犯そうが犯されようが俺の知ったことじゃないけどな。」


 と俺が言うと酒が回ったのか、少し赤くなった顔のテルンは「助けなきゃ。」と言った。


「なんだ酔ってんのか?」


「ええ、酔ってるわよ」

「そうでなくとも無視はできない。」

「こういうのは嫌いなの、私は、必要悪でいい。」

といい席を立ち上がる。


 もし、万が一この顔で何か酷い目に遭わされるとしたら、見ていられるわけがない。

慌てて俺がやると説得し、席に座らせる。


 男共を片付けるのは簡単だった。

娘は目いっぱいの涙を浮かべ感謝しているが、適当に返事をして店に戻る。


...


 腹も膨れ、よく酔いも回った俺たちは解散することにした。

「近くまで送るよ。」

また少し悩み、わかったわ、と了承するテルン。


歩き始めて少しすると、

「私には母がいないけれど、父がいてね。」

父はあなたみたいな人とは正反対だった。

とテルンは語り始める。


 目に入る困った人を助けては損をして、「またやられちゃったよ」と笑う人だった

私が何をしても怒らなくて、君には理由があってやったんだろう。だとか、

「僕はテルンを信じてる。

君が正しいと思うことをするんだ。」

なんて言って優しすぎる人だったわ。


 私は父を軽蔑している反面、そんなところが誇らしくて大好きだった。

言葉にしなかったけどね。



...それはそうだろう。偽善者だな。

人助けで気持ちよくなってるオナニー野郎だ。

その自慰行為で得する人間がいるから美談になるだけだろ。目を覚ませ。

...と言えば嫌われてしまうので口を閉じる。


 テルンは続けた。

そんなある日、父が家の前で倒れている小さな子供を見つけたの。

その子供は親に捨てられたと言う。

物乞いをする、親も家もない。

そんな子供そこらじゅうにいるけれど...その子は、真っ黒な目をしていたのを覚えてる。

塗りつぶしたように陰影のない、深い、乾いた目。


父は家に住ませ、家事という仕事を与えて対価に飯を食わせた。


 子供は歳をとるにつれて要求をするようになった。

あれをくれ、これをくれ。

これをやってくれ、あれをやってくれ。

何度も何度も、絶え間なく。


 父は心身疲労していく様が見てわかった。

「それでもこの子が心を開いてくれた」と言って嬉しそうに面倒を見たわ。

 私はそんな父を見ていられなくなって、突き放してしまった。


 そんな時私は見た。

その子は夜中に家を抜けだして、誰かと会っていた。後になってそれがどんな人間かわかった。

 それは、その3日後。

父がいつもお祈りに出かける日、私の家は襲われた。

 家に押し入った強盗が金目の物や金銭を回収し、私を誘拐したの。奴隷商へ売るためにね。

手際といい、父のいない時間を狙い、家のことを把握し、準備が整えば結構する。

常習犯ね。


 ただ今回は違った。

教会へは大きな橋を渡っていくのだけど、そのとき橋は古くなった部分の修復で一時的に渡れなかったの。

要するに、父があまりにも早く帰宅してしまった。

 現場を目撃した父は私を取り返そうと、激しい揉み合いになってしまった。

その隙に私は走って走って、ただ走り続けて逃げた。


 さっきまで身を蠢いていた恐怖が薄らいだ頃、正気を取り戻した私は走って家に帰ったの。


 父は胸を刺されて死んでいた。

私は父に何も言っていないと気付いた。

ありがとうも。

冷たくしてごめんなさいも。

仲直りしましょうも...。

愛してるも...。

 ...あの塗りつぶしたような黒い目をした子供もそれから見ていない。

私の人生も、価値観も、全てを変えるには十分な日だった。


 ...まあ、何が言いたいかって

父のように正義が身を滅ぼすことだってある。

いつだって正しさが勝利をもたらすわけじゃないわ。悪が本物の悪である以上は。


 そんなとき、行く宛のない私をボスは拾ってくれた。兄や、親のように接してくれた。

そして、彼は道を示してくれた。


 まずは自分なりの正義を持つこと。

自分のしたことで、誰かが救われる。

誰も本当の絶望を知らなくていい。

たくさんの幸せを噛み締めて、絶望と呼べないような悲しみを人が絶望と呼べるように。


 今はそれが正しいと思ってる。

だから私は必要最低限の毒を持つの。

その毒で全ての毒...悪を制する。


 あなたは、そんな昔の私を見てるみたいで少し情が湧いたの。ただそれだけ。

勘違いをさせてしまっていたら謝ろうと思ったの。

余計な話までしてごめんなさい。


...


 ...正義か。そんなもん言葉だけの空っぽな概念だ。

テルンの父もそう。

欲をかいた人間が自滅しただけ。

それでも、エマみたいな顔で悲しい表情をしないでくれ。俺は見たくない。


「俺の家族に君が似ていて、重ねてしまっただけだ」

「そういった意図はないよ、安心してくれ。」


 テルンは自分の勘違いと、ジンの言葉に困惑する2つの表情が混ざり合い、なんとも言えない顔をしている。


俺たちは、この変な空気につい笑ってしまった。


...


「...今日はよく眠れそうだ。」

エマではない。わかっている。

中身も違えば声も違う。

久々に人に心を許したからか。

今日はよく眠れる気がした。

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