第3話 千寿



 18歳になった。はずだ。

どれだけの時間が経ったかすらよくわからない。

小さな小舟を奪った。

エマの亡骸を乗せて海へ流した。

君が見たがっていた青い花をたくさん積んだ。

綺麗なところで暮らしているだろう、そう思った。

こんな世界だけど、君を乗せて運ぶ風が涼しかったから。

自らの命を絶った俺はきっと地獄行きだったんだろう。この世界は地獄だ。


「だからきっと天国もあるよ。」


どうか君だけは、幸せになってくれ。


 俺はこれから君の眼に、綺麗なものを見せようと決めた。そして自由に生きよう。

踏みつけにされることのない生き方を。



 エマへの別れを終えた俺は、旅の路銀を用意する為に酒場へ向かった。

泥酔した冒険者から財布をスり、周囲に耳を傾けると街をあげて大きな温泉を作っていたユノの街でついにその完成を祝した宴があると聞こえてきた。

 小さな花火が上がるとの噂でそれが本当なら、あの日見たがっていた花火を見られるかもしれないと思い訪れたこの街。温泉街ユノ。

 話の通り盛大な宴により賑わう街中はオレンジ色に輝いて、滲む目にはポカポカと浮かぶ小さな太陽みたいに見えた。


 露店が並ぶ中、肉を焼いただけのステーキというこのドデカ焼き肉を買った。腹一杯に押し込む。

 楽しむのも結構だが俺にはもう一つ目的があった。

みんなを殺した奴のことだ。


「勇者は先に殺すに限る」


この言葉が11年間耳にこびり付いて離れない。

恐らく勇者とまだ明かされていないアルベルトが神託により選ばれたことを誰よりも早く気付き殺しにきた反勇者人物、もしくは組織。

 そして神託とほぼ同じ速さでそれを知り行動に移せるとなればまず疑うべきはーーー


ーーー教会。


まずは情報を集める為、俺は教会へ向かった。

神官に上層部の情報を尋ねると、目的はなんだと聞かれたので優しく脅すと、丁寧に答えてくれた。

流石神父だ、慈悲がある。


まずはトップ、つまり聖法国であるこの国の王様。

興味もなかったし、田舎で生きてきた俺にとって初めて知る王の名。


 ルキウス・ホルンクラウス皇王。

まずコイツだろう。聖職者の中でより繋がりが深いとされ、「神の声を聞く者(Johannes)」と呼ばれている。

 そのルキウスが勇者神託を、神の声を聞くことができる残りの人間、「十二信徒(horoscopes)」と呼ばれる12人の神官へと伝える。

 他へは順を追って伝えられるそうだが、怪しいのはこの辺か。

どうやったら近付けるかという問いには、

「首都クラウスにある中央教会本部の最深部へ行くしかない。」

「例外として民に伝えるべく降りた神託を民衆へと届ける皇王謁見の催事くらいか。」

と言っていた。

 よし、中央に行くか。


 温泉に浸かって宴で一晩過ごしたら、中央へ向かおう。そう決めた頃には既に夜になっていた。

宴の中心部に行き、肉を挟んだパンを買って空を眺める。あの日と同じジュースを持って。


何やらお立ち台に乗って血気盛んに盛り立てる男が雄叫びを上げた。

ヒューと音が鳴って、空に火花が弾ける。

あっという間にたくさんの大きな花が咲いて、心が溢れ出しそうになった。

「会いたいなあ、みんな。見せたかったよ。」

と言葉を溢す。


 突如、感じる殺気。

フードを深く被った人影を花火の後ろ、領主邸宅の窓際に見つける。

まあどうでもいいか。と思った。

領主がどうなろうが知ったことではない。

すぐに見えなくなったフードの中が一瞬、覗き見えてしまった。


「...エマ??」


 既に俺は走り出していた。

人の波を稲妻のようにすり抜けていく。

違う。エマは死んだ。俺がこの手で送った。

人違いとわかっていても俺の脚は邸宅へと忍び入りフードの女の目の前に立っていた。


「気づかれたか。」

女はそう言うと、首元へダガーナイフを滑り込ませる。

だが明確な殺意を持った攻撃も虚しく、背からぬるりと抜かれた刀に受け止められた。


「業切安綱影打ニ本」

鍔がなく、細く曲りのない大脇差。

ニ対で一と呼ばれる刀。

800年前にヤスツナという人物が打った名工。

街で話題になった、豪商が手に入れた刀だったがこれを盗み出した。

人を切らず罪を切る、業を断ち切る。

という願いが込められているらしいが。


「鈍だったら折ってたろうな。」

直ぐに後退る女に俺は焦ってしまい、

「待ってくれ、俺は敵じゃない。」

話しかけてしまった。


女は疑心という疑心に満ち溢れた目で俺を見る。

それもそうだ。背に剣を2本。

...脇腹にベルトで止めた短剣が左右2本ずつ。

同じくベルトで止めた短剣が腿に左右2本ずつ。

ヘルメットのような形の帽子から顎紐部分の布が長く垂れ、はみ出た癖毛の前髪で目が見え辛い。

全身黒の服で股下の緩いパンツ。黒いインナー。

首元まであるジャストサイズの厚いベスト。

怪しいよな...我ながら領主の私兵にしか見えん。


「...何者だ。」

と問われたが、どう答えればいいか。


「君の目的次第では手伝えるかもしれない。」

これしか言えないが、どう来る...?

しばらく悩んだ末、自身の渾身の攻撃を受け止めた事実は無視できないのだろう。話し始めた。

宴で手薄になった領主邸宅を襲撃し、金を奪うと言う。


「報酬は金貨3枚でいい。」

「対価にお前の敵は俺が全て片付ける。」


というと女はゆっくりと頷き、外にいる本隊に合図を送った。

「テルン」

「私の名前。」


テルンというのか。

なんというのか。本当によく似ている。

目は翡翠色をしているけど、やっぱりエマに似ている。

別人なんだけど、どうしても重ねてしまう。

今はこの衝動に身を任せていたい。


 作戦はシンプルなもの。テルンの戦闘力で宝物庫までの道を開き本体が随行すると言うもの。


「先ほど作戦開始の合図を送った。少し時間をおいて本体が侵入を開始する。」

急ぎ中へ進もう。と続ける。


 隠れ進むテルンを置き去りに最短最速で最下部へと向かう。

邸宅の警護衛兵に発見されると同時に空を切り裂くような雷の如く速さで走り、跳ぶ。

一方の刀で脚の腱を切り裂き、一方の刀の峰で喉を打つ。


 稲妻という比喩の完璧さ。その戦い。

これは魔力が乏しすぎてミジンコ並みの為、初級魔法1発すら打てないジンが生み出した生きる為の境地。

闘気の才も乏しく決死の努力の果てに少し頑丈になる程度の闘力を身につける。

時の眼と頑丈さ、魔法を使えないことから絞って決め打ちし鍛えた格闘術。

それだけでも強かった。

それでもジンは諦めていた魔法に活路を見出す。


 前世の記憶。肉体は電気信号で動く。

何度も自身の肉体を使い、人体実験を繰り返したどり着いた答え。

身体中に魔法陣の刺青。

魔法陣を研究して身体操作の電気信号を送る魔法を開発。

ミジンコ魔力だが雷魔法への適正で極々微弱な電気を何度も起こすことができる。

搾りカスのような魔力だからこそギリギリ肉体が耐えうる電気。そして可能になるジンだけの戦い方。


 自身の肉体や身体構造をベースに作られた魔法陣なので、他人が使用しても同じようには動かせない上に自身の火力で体が焼き切れる。

微弱な電気を全身に流すことによって電気信号による身体操作が可能になるという魔法なので、刺青の下の肌が身体操作による電気熱で呪いのように焼け爛れてしまった。

身の丈に及ばぬ力を求めた代償を伴う、ジンだけの戦い方。

だが敵は必ず殺すことができる。

このような制圧となっても散歩をするようなものだ。


もがき苦しみ声は出ず、動くことも出来ない衛兵を尻目にテルンは進む。

 あっという間に辿り着き、しばらくしたころ本隊が到着した。

その後も順調に作戦は進み、無事終えることができた。


 報酬の金貨3枚を渡し終えると、それじゃあまた縁があれば。と言うテルンに焦った俺は、

「腹、減ってない?」

と声をかける。


初めのときのようにしばらく悩むと、

「少しなら」

と答えた。


宴を避け、街の外れの酒場で飯を囲む。

少し打ち解けたテルンに聞く。


「いつもこう言うことをしているのか?」


深くため息をつき、テルンは饒舌に語り始める。

「私たちをその辺の輩と一緒にしないで。」

「私たちは国が指定した、3000人以上ほどで構成される巨大犯罪組織」


圧倒的な暴力と知能を兼ね備えたコーギを頭目に、頭目補佐として右席と左席の2人

6つの中隊を束ねる大看板が6人。

80人から成る中隊を束ねるのは36人の中隊長。


組織の名はーーー「千寿」

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