第2話 原動力


 ....俺は目を覚ました。

気を失っていたらしい。

さっきよりも周りが見える。

何があったんだっけ。

そうだ、


 視線を上にやるとベルとアルベルトは死んでいた。

エマは呼吸があるがまだ意識を取り戻さない。

レイブンはもうここにいなかった。


 整理がつかない。

ベルにたくさん恩返しがしたかった。

勇者になったアルが街へ戻り冒険の話を聞いてみんなで笑いあいたかった。

レイブンにもっともっと色々教えて欲しかった。

エマ、君に好きだと伝えたかった。


 思い出や、ここにあるはずだった未来を何度も思い返して庭を掘った。

 ベルとアルの墓を作って、町医者のところへ向おう。

エマはまだ生きてる。

ああ、涙が止まらない。

家中の金を集めてエマを見てもらおう。

ベルの箪笥から15と書いた箱が見つかる。

そこには数枚の金貨があった。

どうしたんだこんな大金....でも今はなりふり構っていられない。ベルでもこうしたはずだ。


 嗚咽を繰り返しながらエマを背負って町医者の家へと向かった。

血まみれのエマを手当てしてもらう。

そしてこの金貨で大きな街へ向かうんだ。

治療の済んだエマを連れていこうとすると、医者は俺をどつき回し、金を全て奪った。


「てめえらみたいな貧乏人のガキが死のうが、この世はどうでもいいんだ。」

「診てやっただけでも感謝されていいところを治療までしてやったんだ、そんなことせんでも奪いとったって誰が裁く?」

「頭下げて、有り金置いてさっさと失せろ」


 俺は無一文になった。

エマは目を覚さない。

奪われない為には。踏みつけにされない為には。

暴力がいる。

規則で決めただけの人間がまた規則を作る。

ルールというのは暴力がなければ成立しないんだ。

ペナルティを課せる力がなければ、ルールに力なんてのはない

1人で全てをひっくり返せるなら。

国も場所も人も関係ない、俺がルールになれる。


 まずは暴力を手に入れる。

その為にはレイブンが言っていた魔法だ、と思った。

エダでは手に入る情報が少ない為、俺は大きな都へ行くことにした。


 それでも8歳程度の子1人では飯もなければ金もないく、護衛もいない。

何よりエマを守れない。

 月に一度、エダへくる商団へ目をつけ、頭目らしき人物に送り届けてくれないかと頼む。

 彼はケイオスと名乗った。

子供2人での旅は危険だ、乗っていきなさいと快諾してくれた。

貨車に乗り、俺は生まれて初めてこの街を出る。

初めて見る魔獣とそれを退ける護衛達。

魔法に、剣。人間が持つ力。

これが欲しい。


 この商団は現在海沿いの街から貿易で大きな発展を遂げたブルという街へ向かっているらしく、まだ距離がある為一度野営をすると説明された。

 驚くほど手慣れた様子で設営していく集団を惚けて見ていた。

 しばらくして、初めて見るものばかりだった俺は興奮と緊張でくたびれてしまったので荷を積んだ貨車の中でそのまま休むことにした。

 ケイオス達の会話が聞こえる。


「あのガキは逃がしてないよな。」

「ええ、きっちりと売り払う段取りは済ませています」

「身元の保証がないガキは足がつかない。後になって問題にならない分安心して商売ができる。」

「女の方は高く売れそうですね。植物みてえに動きもしねえ、口も効かねえ」

「ああ、いいように使えそうだ。」


 ケイオスは奴隷売買を行っていた。

今更期待なんてしない。今流れる涙は決して、久しぶりに触れた優しさが嘘だったからではない。

違うはずだ。俺は大丈夫だ。


 護衛達は知っているのだろうか。

彼らは外注の傭兵達だ。

事情を知らされていないかもしれない。

彼らの元で街へ向かえば危険は大きいが戦闘を間近で見ることができる上、街へ着いてからの逃走する成功率が上がる...はずだ。

 リーダーらしき人物に頼み込みテントに入れてもらった。


 ようやく眠りにつくことが出来た俺は夢を見ていた。

ベルがクッキーを焼く匂いでみんなが目を覚ます。

夜中に厨房に集まって...


 全身に悪寒が走り目が覚めた。

「交代してくださいよ、頭」

「わかってる、待ってろ...」

声が聞こえ目が見え始めたときには、俺達は全裸の傭兵達に囲まれていた。

俺とエマも服を剥かれている。

声を上げようとすると首を絞められた。

「こんな男所帯じゃ溜まるもんも溜まるんでな。静かにしれてば守ってやるよ。」

そこから先はよく覚えていない。

人間への絶望をはっきりと心に刻んだことだけを覚えている。


 気づけば朝になっていた。俺はエマを背負って貨車に戻ってきていた。

周りはまだ目を覚ましていない。

今、逃げよう。

 見張りをすり抜けて馬の背にエマを乗せて縄を外す。急いで俺も飛び乗った。

昔から運動が苦手だった。ここでもそれは遺憾無く発揮され馬の前足に片腕を折られる。

折れた腕で馬にしがみつき、力いっぱいにエマを抱える。力が入らなくなってきた。ブチブチという音が全身から聞こえる。

行き先も、隆起する地面も関係なくひた走る馬にしがみつき、手は切れ、肉が浮き、血まみれになっていた。

でもこれしかない。

やるしかないんだ。


 どれくらい時間が経っただろう。

馬も疲れ果て走ることを辞めた頃、恐らくあの商団が目的にしていたブルの街が遠くに見える。

ようやくついた。馬を降りエマを背負って歩く。

近づいて尚、ただただ遠く感じる道を歩く。


 街へ着き、検問に差し掛かるがエダから向かう最中に魔獣に襲われ親は死に金はないと説明する。

俺たちの身なりを見てすかさず、憲兵に蹴り飛ばされる。


「勝手にのたれ死んでもらって結構。金を払って通るんだ、それができないのなら帰れ。」


 今更絶望もしない。子供2人なら浜を歩いて街へ入ろう。そうすれば見つからない。

そうして街へ入ると、活気に溢れた景色が少し心を満たしてくれた。

だが俺は知っている。ここで休めばどうなるか。

エマは攫われ、犯され、売られてしまう。

俺だってどうなるかはわからない。

守ってもらえるわけもないんだ。

まずは誰かが守りたいものに紛れること、そして気づかれないこと。そうするしかない。


 俺は街について手始めに港を目指した。

漁獲した魚の倉庫だ。

忍び込んでも上手くバレなければそこは最高の安置になる。

 そして街へ侵入した場所から比較的近く、俺の体力も限界を迎えていたので倉庫に決めた。


 倉庫を見つけ、端に投げ捨てられた木箱の中にエマを隠す。

鮮魚は調理ができないから街へ出て水や食い物を盗む。

 すり潰したリンゴなどを水に解いてを少しずつエマの口へ流し込み、余ったものを俺が食う。

「....お願いだ、死なないでエマ....」

そうして少し腹が膨れると、泥のように眠ってしまった。


 少しして目を覚ました俺は、本来の目的へ向かう。

傭兵ギルド、冒険者ギルド、街の憲兵訓練所に魔道具専門店。

もはや得意になってきた忍び込みを活用して戦闘や魔法に関わる知識を身につけ、1人で訓練をする。

 エマを死なせないこと。それを第一に、浮いた時間で知識を得る。行動する。そして気づく。


 「魔法が厄介すぎる」


 この世界では、魔法は地面や壁に魔法陣を焼き付けて使用される。

又は空気中に型をイメージして魔力を流し魔力の摩擦で火花を発生させ、魔法陣を再現する。

出来上がった魔法陣に更に魔力を出力する。

繊細な強弱などの調整は可能だが個人の技術に依存するそうだ。


 そして魔力量により火力や質量などに変化が生じ、個人によって魔力の質と発生する魔法の相性があり、自身と相性のいい魔法を使うと威力が増幅する。これを適正と呼ぶ。


「雷の適正か...」

魔力の知覚は辛うじて出来た為、試験紙による自分の適性を確かめることはできた。

訓練すれば感覚である以上研ぎ澄ませるが、薄らと感じる程度では長い道のりになりそうだ。


 問題はそれだけではない。

 魔法陣によって使える魔法が違う為ジンプルな暗記だが、覚えていられるほど単純なものではなく複雑すぎる上に、そもそも魔力の知覚が大前提であり、地面や壁に魔法陣を生成できる人間はごく少数の限られた人間しかいないらしい。

 また空中に魔法陣の型を形成できるほどのイメージやコントロールなど果たして出来る人間がいるのか、と憲兵訓練所の魔法指導員が行っていた。


 更に魔法陣は規則性など解明されていない上に法則が存在しない為、魔法陣の研究は基本的に知識神ミルの残した神代の言葉や古代語、などをパズルのように組み合わせたりそれっぽいなで適当に書いたりして偶然の発見を狙う。

 これが魔術研究者。

魔法陣を見つけたものは王国軍や教会、ギルドなどに一生使いきれないほどの大金が貰える。

効果は発動するまでわからない、運みたいなものらしい。

盗み出した魔術書と呼ばれるものの一部にこういった記載が目立つ。


 そして俺は魔道具屋にも忍び込み続けて知恵を貪る。

 主に魔術の増幅などに使用する杖に始まり生活家具など、魔道具という魔法陣を焼き付けた武器や道具があり、これも魔力の知覚ができないものが使うと魔力を出力することすらできないので発動しない。

才能ゲーすぎる、魔法。


 魔法陣を覚えられない、描けない人間が使うのが魔道具でありこちらが魔術師の大多数。

出力できるだけでも天才だということはよくわかったが、それならあの歳で魔力の摩擦で小さな火花が起こせていたレイブンは天才なんだろう。会いたい。


 魔道具においてベターなものはやはり杖だそう。

杖などは純度の高く耐久性があり、魔力の伝達率がいい鉱石やモンスターの素材が使われ、杖という形を取ることが魔法にとって最適な効果を発揮する。らしい。

 しかし杖は描ける魔法陣のスペースに限りがあり、使える魔法は限定的になるが出力する魔力の生成を助け、使用者の資質によっては強力な一撃にもなりうる。


 そしてもう一つは盾である。

 魔術師の弱点である隙をカバーする盾は防御もでき、魔法陣を描けるスペースが大きい為

数種類の小さい魔法陣をセットしたり、大きい魔法陣も描けるので幅広く魔法を行使できる。


 とは言え、いくら強力な魔法を保有魔力が足りなければ発動しない。

あと少し足りない程度であれば、発動までは至らなくても魔法の系統くらいはわかるアクションが起こるといった具合。

 こういった魔道具を用いて冒険者や傭兵、王国騎士団としても夢ではない。

アルやエマは冒険者を目指すと言っていた。会いたい。


 最大に問題は俺には残りカスと言うに相応しい、微塵ほどの魔力しかなかったことだ。

どんな魔道具を盗み出して使用しても少し反応する程度で発動しないものザラである。

こればかりは道が見えない...どうしたものか。


 そして他の手段としては、傭兵ギルドで学んだ近接戦。

近接戦では闘術と呼ばれる魔力とはまた違った才能が必要な闘気を使うんだそうだ。

 闘気にも知覚という工程が存在し、出力する作業が必要だが体外へ出力するといった工程がなく体内で完結する為魔法よりは比較的扱いが簡単だがより多くの闘気を持つものは限られる為、こちらも才能が必要なんだとか。


 「俺はエマを守る」


知識を得る。行動に移す。訓練をする。改良をする。身体を動かす。盗む。エマを守る。知識を得る。行動に移す。訓練をする。改良をする。身体を動かす。盗む。研究をする。体を改造る。魔法とは。守るとは。エマ。エマを守る。

そうして冒険者ギルドに盗人の捕獲という依頼が張り出されたが塩漬けになったり、そんな盗人のことなど忘れられてきた頃。


 俺は15歳を迎えた。

この頃には盗みが必要無くなった。

手に入れた暴力でエマを守ることができるようになった。

金を奪う。飯を奪う。家を奪う。

誰にも何も言わせない。

悪童、悪党などと呼ばれるようになり、街に一部では噂に上がるようになったきた。そんな時だ。


エマが息を引き取った。


 思考が止まる。生きてきた理由が止まる。

この15年が猛烈に脳裏に流れる。

信じられない。生きるために枯らした涙は流れない。

君を守るために殺した心は戻らない。

ああ、エマ。

俺は君を守るためだけに生きてきた。

機械のように。大人達がしたように、奪った。

力で奪い、力で守ったんだ。

エマ。エマ?

ああ、エマ。

君に褒めてほしかった。

頑張ったんだ、今日まで。

ベルみたいに守れるように。

アルみたいに立ち向かえるように。

レイブンのように頭を使って。

みんなの分まで君を守ろうとしたんだ。

ああ、ああ...




....母を、家族を愛していた。

ベル、アルベルト、レイブン。

心から信じていた。君たちが大好きだった。

俺はエマが、好きだった。

思い出した。家族を何度も思い出した。

空っぽになった俺を埋める、家族を思い出した。

全ての不条理を受けたみんなの分も、必ず自由に生きる。縛られない世界を見せる。

どんな力も、理不尽も捻じ伏せて。

何もできなかった、成し得なかった分まで。

俺が理不尽で不条理で最低で正義で世界で規則で自由になるために。

それが俺の復讐だ。


「俺は君の分まで世界を見るよ。」

そしてジンはエマの眼を移植した。


 しかしエマには時の眼と呼ばれる先天的身体魔法機能があった。いわゆるギフテットというもの。

これは魔力の有無に関わらず自立して機能する。

時の眼は、圧倒的な動体視力に加えて数秒先の未来が見える。

だがその眼は植物状態の中、8年間もの間、みんなの死を繰り返し見せていた。

強いショックの所為で時を繰り返してしまっていたのだ。


 8年ぶりに脳裏に流れ込むあの日の光景。

俺が見ていたかったことも。繰り返し。何度も。

何度も何度も母が殺され、アルベルトが死に、レイブンが襲われ、最後にエマが。

この子達だけは、と言うベル。

逃げろエマ、と言い震える足で立つアルベルト。

凍りついたようにギシギシと、恐怖で停止してしまったように動かない手でエマを守ろうとするレイブン。

ぐしゃぐしゃになるベル、アルベルト。

吹き飛ばされるレイブン。

何度も何度もそんな光景を。

見ている景色とは別窓のように流れ込んでくる。

エマの憎悪と呪いのように。

この眼を体が拒絶している。

脳が引き裂けるような頭痛が止まらない。

これは選ばれた人間へのギフトであって自分では相応しくないのだろう。

相応しくなければ適合できないのだろう。


常に頭から離れない光景に始めのひと月は嘔吐が止まらなかった。

ふた月が経って徐々に減っていく髪の毛がついに抜けきった。

三月が経って嘔吐が治ってきた。

半年が経って髪が少し生えてきた。

1年が経って割れるような頭痛に慣れてきた。体が動かせる。

見聞きしていたような眼の力は発揮できない。

よく凝らして見ても1秒ほど先の未来がやっとだ。

動体視力もエマほどのものはない。

借り物の力には制約があるのだろうか。

足りない力は足りない脳みそをブン回せ。

へし折れそうな心を繋げ。

俺は生きろ。復讐は呪いだ。

俺は俺として生きる。今すぐに殺しに行きたい。

ダメだ。神も悪魔も許さない。

許せ。罪を憎め。本質は??

俺は俺だ。生きろ。憎むな。

ただ生きるだけで素晴らしい。殺せ。

 

何年経ったかもうわからない。

何日が過ぎたかとうに知らない。


それでも、世界を見よう。

美しい景色や、人の営みを。

愛する人達の分まで世界を見よう。

母のように人を慈しみ、

アルのように勇敢で、

エマのように美しく、

レイブンのように聡明に。

そして旅立ったジンの体には夥しいほどの魔法陣と焼け爛れた跡、鋼鉄のような肉体。その背には2対の刀があった。

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