神様のいない世界

@omorigohan

第1話 転生

 

 ホルンクラウス聖皇国、都市はクラウス。

そして、果ての町エダ。

俺はこの町に生まれた。

肉親はすでにおらず町の端に投げ捨てられていたらしい。

名前はジン。いわゆる転生者だ。

 前世は阿段 仁(あだん じん)という名前だったが転生してまで同じ名前とは...運命って凄いね。


 前世は何をやっても上手くいかず死にたくなる毎日の中で、気づいたころには首を吊っていた。絶望の毎日だった。

だけど今は幸せだ。

だれからも愛されない日々が、生きている方が苦しかった日々が遠い昔からのようで、そう感じさせてくれたのは他でもない。家族の存在だった。

血の繋がりはないが今の俺にとって、全てをくれた人たち。


 まずは母親と呼べる存在のベル。

ベルは小さな田舎町で俺も含めて4人しかいない孤児院をやっている。

今世ですら鈍臭く、何もできない俺に人の暖かさをくれた。

天然で抜けているのに、大切なものを決して落とさない。それに泣いてた俺にクッキーをくれた。

 孤児院の運営は国が支援しておらず、朝から晩まで出掛けて擦れた体で帰ってくる。

中身が大人だから俺はわかる。ベルは俺たちのためにきっと体を売っている。

それでもいっぱいに笑顔を浮かべて、

ボロボロの手で、眠い目を擦り、夜な夜な焼いてくれたクッキーをくれた。他にもたくさんのものをくれた。いつだって俺たちを見捨てられるのに。

いつ眠っているのかわからないほどに無茶をして、それでも毎日愛してると言ってくれた。


 そしてリーダー気質で好奇心旺盛なアルベルト。

皆からアルと呼ばれている。

孤児院で育てた野菜を売りに町へ行くのが俺たちの仕事なのだが

同年代の子どもたちに捨て子、穢れた子と石を投げられ金を奪われ、いじめられていたことを俺は言い出せなかった。ベルにこれ以上負担を掛けたくないからだ。

 そうして隠していた俺をアルはヒーローのように現れて助けてくれた。

体の大きな相手にも、金を奪っていく汚い大人にも決して恐れず。

負けると分かっていつも助けてくれた。

誰かもわからないほど晴れた顔に折れてしまった腕をぶら下げて、屈託のない笑顔で俺の方を見て言った。無事でよかったって。


 次に、肩までの黒い髪を揺らし、この歳でも美人とわかる宝石のような紫苑の目をしたエマ。

時の眼と呼ばれる凄い眼なんだとベルは言っていた。

その見た目やギフトの希少性からエマは町へ野菜を売りには出ない。

こんな小さな町へわざわざ人攫いになどくるやつはいないがここまで綺麗だと噂が広まり格好の的になる可能性があるからだ。

 そんなエマは、今でも首を吊った夢を見て震える俺の手を毎晩握ってくれた。毎晩涙で濡らし、掻き毟った首の血がついた枕を自分のよだれや鼻血だといって洗濯場でベルに叱られる彼女は部屋に戻るとまた俺の手を握ってくれた。


 そして最後に聡明で大人びたみんなの兄のような存在のレイブン。彼は小さな火花を魔法で起こせるらしい。凄い!

 レイブンはどうしたらお金が稼げるか、どうしたらベルや俺たちが少しでも楽ができるか。そんなことを四六時中考えて、魔法の勉強も欠かさず自分のことなんて後回しで東奔西走するような人だった。

 そんな彼が唯一、誰にも譲らなかった汚れた1冊本。紙は高級品で手に入らないために本は主に上流階級に流通している。

ベルがどれだけ切り詰めて手に入れたか。

それをレイブンはわかっているからこそ大切にしていた。

それにもかかわらず、この世界に来て新しい言語に戸惑い言葉も喋れず、読み書きもできなかった俺に、レイブンは少しずつゆっくりでいい。

人と違ってもいいんだよとその本をくれた。

たくさんの字に触れて、今こうして話せるのは彼のおかげだ。


 太陽のような暖かい母と夜空に浮かぶ星や月のように輝いて見えた仲間と暮らすこの平和な日常が、俺はたまらなく愛おしくなっていた。


 そして月日は流れ、俺は7歳になった。

生きていく上でそれなりに知識が身についてきた頃、俺たちは100年の周期で行われる国を挙げた大きな祭りがあるとのことで、浮かれていた。

 だがもちろん首都まで行ける金銭的余裕があるわけもなく、毛布をマントのように纏い、木の棒を剣や杖に見たてて庭で駆け回りお祭り気分を味わっていた。


 それも首都で行われるその祭りでは剣と魔法のファンタジーよろしくまさに異世界転生といった世界ならではの祭りで、100年に一度勇者というこれまたベタな存在が生まれるらしく、神の声だとか神託だとかいう胡散臭いものによってこの祭りの最中お偉い教会様に知らされるらしいからだ。

 そもそも勇者というのはなんなのかと尋ねるとそれは大層特別な存在で、神の眼を持ち、空を駆け、手には光の魔法と大地を切り裂く聖なる剣、弱きを助ける勇猛果敢な存在を「勇者」と呼ぶらしい。


 魔法かあ...やっぱり憧れるよなあ...

 俺にも魔法、使えるかなと言うとレイブンが見たこともないほど目を輝かせとてつもないスピードで語り始めた。

 気づけば夜になるほどに...


 このお祭りは夜になると花火が上がる。

 エダの町からは見えるはずもないが、きっと見えるさと以前から話していたので、例え見ることができなくても俺はみんなを喜ばせようとちょっとしたサプライズを考えていた。

 いつもみんなが露店で売っているブドウを絞ったあまい飲み物を見ていたのを俺は覚えていたのでコッソリと抜け出して買いに行くことにした。

 みんな喜ぶだろうなあ、今日のためにケチケチとお小遣いを貯めたんだ。口元が綻ぶ。


 小さくて不便な、何もできない自分の手。

この手いっぱいの4人分のジュースを見て、ベルやアル、エマにレイブンの笑顔が浮かび、なんだか今日だけはこの手が立派なものに見えた。

 浮いたような気分で早く帰りたかった俺はベルが通ってはいけないという暗い道を走って帰ることにした。


「やっぱり....は...に..る」

「ハハ...」


なんだかヒソヒソ話の怖い大人が多い。

前世でたくさん見てきた悪意まみれに大人たちそっくりで俺は早くみんなに会いたくなった。

早くみんなの喜ぶ顔が見たい。



 予定より早く帰ることができた俺は急いで院の扉を開けると、そこにはぐしゃぐしゃの肉塊になったアルベルトらしきものを抱いた、首から上のないベルが横たわっていた。

 嘘だ。はは、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。

そうだ、俺を驚かそうとしてるんだろ。

アル!!エマ!!レイブン!!ベル!!!!

...誰の声も聞こえない。

 血まみれになった床の先に頭からたくさんの血を流したエマ。大きな何かに押しつぶされたような足で倒れているレイブンがいた。

ああああ!!嘘だ!!レイブン!エマ!!!

 なんで...?なんでだ???何が起きた????

俺が何をしたんだよ。全部、全部全部。

.....っオエエッ...猛烈な吐き気と共によぎる言葉。


「やっぱり勇者は先に殺すに限る」


なんだ...?さっき誰かが言っていた...?

顔はよく見えなかった。人間か....?

目もあった。鼻もあった。口も。

よく思い出せない。狂気に満ちていた。

ホラー?人間?なんで?誰だ?

誰か来てくれ。


ボキッ。


心が折れる音がした。


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