ミラーズパズル

平葉与雨

発明家・ミラー

 どことは言わないが、『悪魔の発明家』という店が最近オープンした。

 その名が刻まれた看板は、赤・黒・白・紫の四色のみで彩られており、奇妙だがどことなくポップな印象を受ける。

 そこの店主はミラーという名前で、どうやら発明家らしい。


「ここか……」


 オカルト雑誌の記者である俺の勘が、この店は何かあると言っている。

 俺は業務用冷蔵庫のような銀色のドアを開け、店の中へと入った。


「これはすごい……」


 内装はどこにでもある雑貨屋という雰囲気だったが、陳列棚には見たこともない商品が沢山置かれており、どれも興味をそそられる。

 ここにある全ての商品名の頭には『ミラーズ』と付いているが、自分の発明だということを主張したいのだろうか。


「ほう、取材かね?」


 数ある商品に目を奪われていた時、店主のミラーさんが声を掛けてきた。


「……どうして私が記者だと?」

「それだよ」


 ミラーさんが指を差したのはドアの上方で、そこには電車内にある電光掲示板によく似たものがあった。


『この人は記者……この人は記者』


 どうやら入店した人の職業が点滅しながら表示されるらしい。


「何でこんなことが可能なのですか?」

「それはワシの発明だからだよ」


 それは答えになっていないだろ。

 そう思った俺の心を読んだのか、ミラーさんは一番人気の商品、もとい発明品を俺に紹介してきた。


「これはミラーズパズルと言って、全ピースが鏡のジグソーパズルだ」

「それはまた奇妙なものを作りましたね」

「ワシ作であり、鏡である」

「……ただのダジャレじゃないですか!」

「そう思うならやってみるか? オススメはしないがな」


 何で一番人気なのにオススメしないんだ?

 再び見透かしたようにミラーさんが答えた。


「このパズルはな、完成させた人を引き込む力があるんだ」

「引き込む? 魅了されるってことですか?」

「いや、そうじゃない。物理的に引き込むんだよ」

「……はい?」


 眉間に皺を寄せる俺に対し、ミラーさんはニヤリとしながら続けた。


「鏡の世界に引き込むって言えば分かるだろ?」

「……いやいやいや、冗談でしょ!? そんなことあるわけ……」

「それが出来るから発明家なんだ」

「そんな名言みたいなこと言われても……そうだ、証拠はあるんですか?」

「見たいかね?」

「そりゃもちろん!」

「では口外しないと約束出来るか?」

「……しましょう」

「よし。奥にあるからちょっと待っててくれ」


 ミラーさんは証拠となる物を取りに行った。


 口約束は守られないというのがこの世界の常識だが、ミラーさんは気にしないのか?

 待っている間、俺の記者魂はメラメラと燃えていた。



 ——数分後。


「待たせたな」

「いえ」


 戻ってきたミラーさんの手には、黒い縁のあるタブレットサイズの鏡があった。


「これを見れば信じるだろう」


 ミラーさんはそう言って、俺に怪しげな鏡を見せた。


「……これは?!」

「今までミラーズパズルを完成させた者たちだよ」

「そんな馬鹿な……」


 鏡の中に、人がいる。

 これは映像なんかじゃない。

 俺の顔の横に人が……確かに人がいる。


「だから言ったろ? 鏡に引き込まれるって」

「ははっ、正直自分の目を疑いましたよ。でもこれは確かに本物だ! 今まで色々なオカルト関連の物を見てきましたけど、こんな物は初めて見ましたよ」

「ワシ、天才だから」


 ミラーさんはケラケラと笑っているが、俺には一つだけ疑問があった。


「あの、質問いいですか?」

「何だね?」

「一番人気ってことは、もう何人も購入している人がいるってことですよね?」

「ああ」

「その度に商品の説明はされてますか?」

「もちろんだ」

「では、その人たちは自分の意志で鏡の世界に入った、ということですか?」


 ミラーさんはこの質問を聞いた途端、キョトンとした顔になった。

 俺、変なこと言ったかな?


「これは購入者が使う物ではないぞ?」

「えっ、じゃあ誰が使うんです?」

「この世から消したいと思った人に使わせる物だ」


 ミラーズパズルを完成させた者は鏡の世界に引き込まれる。

 なるほど、そういうことか……。

『見てはいけない物を見てしまった』とは、まさにこんな時に使うのだろう。


「ははっ、そりゃ一番人気になりますね」

「まぁ自分の手を汚さなくて済むからな。ちなみに、人を引き込んだミラーズパズルはただの鏡になる」

「後で誰かが見ても気付かないってことですね」

「ああそうだ。あとは購入者特典ってのもあるぞ」

「特典? それはどういった?」

「購入者はミラーズパズルが完成したと同時に、ミラーズパズルに関する記憶が消えるんだ。だから罪悪感も無いし、あったとしても完成すれば無かったことになる」

「……口封じにもなるってことですか。まさかここまでとは……鳥肌が立ちっぱなしですよ」

「はっはっは」


 ミラーさんはとてつもなく口が軽いのか、記者である俺にペラペラと驚愕の真実を語ってくれた。

 早く記事にしようと思った俺は、何か適当な物を買って帰ることにした。


「今日はありがとうございました。ここに来れたのも何かの縁ですし、ミラーさんのオススメを買って帰ることにします」

「そうかそうか。ならちょっと待っててくれ。奥から取ってくるから」

「分かりました」


 ああ、早く帰って記事にしたい!

 俺はウズウズして仕方なかった。


「あー、そうだ!」


 ビックリしたぁ。

 何かを思い出したかのように、ミラーさんがすぐに戻ってきた。


「すまんがこの欠片をそこのボードに嵌めておいてくれんか?」

「これですか?」

「ああ。前にも直したんだが、どうやら何かの拍子に外れてしまったようでな」

「お安いご用です」


 ミラーさんが再び店の奥へ入った時、俺は受け取ったコルク色の欠片を指定されたボードに嵌め込んだ。


 とその瞬間。


「うわっ!!」


 俺は強烈な光に包まれて何かに吸い込まれるような感覚に襲われた。



 ・・・



 ——気付いた時には遅かった。


 俺は今、鏡の中にいる。

 お察しの通り、ミラーさんが持っていた鏡の中だ。

 あのボードは見た目は違えど、ミラーズパズルだったのだ。


「ハメられた……」


 ミラーさんは俺が記者だと分かった時点でこうすると決めていたらしい。

 先客がそう教えてくれた。

 あの怪しげな電光掲示板が二度点滅したのは、絶対に帰してはいけないという警告だったのか……。


 落ち込んでいても仕方がない。

 とりあえずこの世界について分かったことを整理しよう。


 まず、スマホは圏外だ。まぁ天才だから当然か。

 次に、こちらからは外が見えて音も聞こえるが、こちらの声は届かない。まぁこれも普通か……いやいや、普通なわけがない。頭がおかしくなってきた。

 そして極め付けは、腹も減らなければ歳も取らないということ。これはミラーさんの小言で判明したらしいが、要は不老不死状態だ。この状況でそんな能力が付与されても、全くもって嬉しくない。むしろここは地獄だ。


 正直どうでもいいが、暇だから分かっていないことも整理しておこう。


 まずは広さだ。行こうと思えばどこまでも行けるらしい。無限地獄ということか。

 次に、ここからの脱出方法。口が軽いミラーさんでもそこはまだ漏らしていないとのこと。そもそもそんな方法があるかも疑問だが。

 そして最後は、鏡が割れてしまったらどうなるのか。まぁどうでもいいか。どうせ割れないし。だってミラーさん、天才だし。



 はぁ……俺はさっきから何で付けなんだ。

 あれは単なる発明家じゃない。悪魔だ……。

 うわっ、そういうこと!? 看板で出してるから自業自得ってこと?

 ふざけるな!!


 俺はイラつき過ぎてどうにかなりそうだったため、考えるのをやめて大の字で寝転んだ。

 その時。


「さて、次はどんな発明をしようかな。ヒッヒッヒ……」


 悪魔の囁きと共に、人間とは思えない笑い声が聞こえてきた。


 *


 ここまでは俺の実体験だが、信じてくれる人はいないだろう。

 ただ、いつかここから出られた時のために、このボイスメモはスマホの中に残しておく。

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ミラーズパズル 平葉与雨 @hiraba_you

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