12 逆転のV
そこから先は、なにがどうなったのかよく覚えていません。
私が現実逃避の末に見た、白昼夢だったのかもしれない……。
そうとしか、言いようがありませんでした。
家と工場の電話は鳴りっぱなしで、そのほとんどがキヨキナイフの発注でした。
ハジメ社長は玄関先で記者たちに囲まれており、戸惑った表情が茶の間のテレビにリアルタイムで映っています。
『い……いったい、なにがあったんですか?』
『またまた、ご存じのはずでしょう! 御社のナイフが特区専用の動画チャンネル、トックチューブで取り上げられたんですよ!』
『V様も、もちろんご存じですよね!? 先日の仮装パーティでハメを外しすぎた迷惑配信者を病院送りにして、一夜にして世界じゅうからフォロワーを集めた話題のトックチューバーですよ!』
『そのV様が配信のなかで御社のナイフを使って、空飛ぶドラゴンを一撃で仕留めたんです! 最強にして謎に包まれたV様が使ったナイフということで、世間の人たちはみんな欲しがってるんですよ!』
どうやら私と同じイニシャルの有名配信者がいて、その人物がキヨキナイフを使ってドラゴンを倒したようです。
配信は世界じゅうに行なわれていたようで、話題が話題を呼んで今回の大量発注とマスコミの取材に繋がったのでしょう。
事情を知ったハジメ社長は、また男泣きしていました。
『あ……ありがとうございますっ! キヨキナイフは日本だけでなく、世界じゅうから注文を頂いているところです! 現在、社をあげて増産体制を整えているところですので、今しばらくお待ちくださいっ!』
職人のドワさんとホビさんは倉庫からキヨキナイフの金型を引っ張りだしてきて、機械にセットしている真っ最中ですので、いちおうウソではありません。
私は茶の間にある電話の応対をしていて、マドカさんは工場の電話応対に追われています。
記者のひとりがキヨキナイフの実物を取り出すと、輝く刀身のロゴがブラウン管に大写しになりました。
『社長! 私たちも手を尽くして1本だけ手に入れたのですが、これは握りやすくて振りやすい! 最高のナイフですね!』
『こ……このナイフは、我が社の血と汗と涙の結晶です! 積み重ねてきた努力は、いつか報われると信じておりました! 神様は、やっぱり見ていてくださったのですね!』
『その神様というのは、やっぱり……!』
『は……はいっ! 実をいうとキヨキ工業は家族を人質に取られたも同然の、悪意にみちた買収を受けようとしていました! それを、間一髪で救ってくださった……! 私はV様という方は存じ上げないのですが、まさしく神様です! この場を借りてお礼を言わせてください! ありがとう、V様っ……!』
腰を九十度に折り、深々と頭を下げるハジメ社長。輝く頭頂部がブラウン管に大写しになっていました。
『……いつまでいやがんだよっ!』
工場のほうから怒鳴り声がします。
カメラが声の方角に一斉に向けられると、そこにはマドカさんに追い立てられるゼット社長と黒服たちの姿が。
マドカさんは鬼のような形相で、握りしめた塩を節分の豆のごとく投げつけていました。
『クソは外っ! さっさと出てけ! ちょっと金があるからって、なんでも思い通りになると思ったら大間違いだし! おめーらみてぇなクソ会社にはぜってー負けねぇし!』
『クソがっ! 俺様を敵に回したら、キンガ銀行からの融資がストップするぞ! それでもいいのかっ!?』
『金の話なら、他からもいっぱい電話がきてるよ! おめーらみてぇなクソ野郎とはゼッコーだし!』
悪ガキどうしのケンカみたいな罵り合いが展開されています。
記者たちは、生中継の最中だというのにヒソヒソ話をしていました。
『お、おい、見ろよ、アレ……!』
『あの声に、あの金の八重歯……ゼット社長じゃないか……!』
『仮装パーティでV様にやられた傷はカスリ傷で、もう治ったって記者発表してたのにズタボロじゃないか……!』
『もしかして、キヨキ工業に悪意にみちた買収を仕掛けてたのって、キンガ重工……!?』
『ああ、キンガグループならやりそうだな! キンガグループによって一家心中させられた下請けは星の数ほどあるっていうし!』
『キンガグループは黒い噂が絶えないんだよな! でも検挙しようとした警察や検察の上層部を丸ごと入れ替えるほどの力があるから、誰も手を出せなかった……!』
『もはや人間の力では罰するのは不可能だから、キンガグループは神々の御殿とも言われてるんだ……!』
『その、神々の一角が……! 唯我独尊を形にしたようなゼット社長が、あんな情けない姿を晒すなんて……!』
『ボコボコにされたうえに買収失敗なんて、完全敗北じゃないか……!』
『と……特ダネだっ! 特ダネだぁぁぁーーーーっ!』
『ゼット社長を撮れ! キンガグループが初めて敗れた瞬間を撮りまくるんだぁぁぁーーーーっ!!』
記者たちはゼット社長のまわりに殺到。
カメラのフラッシュが降り注ぎ、ゼット社長は朝日を浴びるドラキュラのように悶絶しています。
そしてそれは、本日ふたり目の男泣きが全国放映された瞬間でもありました。
きっと家電量販店のテレビコーナーは、すべての大画面にゼット社長の泣き顔が大写しになっていたに違いありません。
『やっ……やめろっ! 撮るなっ! 撮るなぁっ! 俺様は負けちゃいねぇ! く……クソがっ! まさかVの野郎が、特区だけじゃ飽き足らずにこんな所まで出しゃばってくるなんて……! こんな負け犬みてぇな姿がオヤジにバレたら、俺様はっ……! う……
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』
私は受話器を持ったまま、「すご……」と驚嘆の声漏らしていました。
警察署長やヤクザの組長ですらへーこらする、あのゼット社長を泣き叫ぶまで追いつめるなんて……。
V様っていうのは、どれだけすごい人なんでしょうか……。
配信をしているなら、パソコンやスマホでその姿が見られるはずなのですが、私はどちらにも疎いです。
でも特区にいるなら、いつかぐうぜん会えるかもしれないなと思いました。
出戻り勇者、かつて自分が救った異世界で配信する ~迷惑配信者を懲らしめたらバズりました~ 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます