後編



 ――数日後。


 喪服姿の二人は、椅子に座っていた。


「裕くん・・・・・・」


 そう言って、柚葉は裕の手を握る。


「すまない柚葉。今回ばかりはさすがに・・・」


 酷く落ち込む裕の身体を、柚葉はそっと後ろから抱き締めた。


「いいんだよ裕くん。私が、ずっと側に居てあげるから・・・」


 二人の目の前のテーブルの上には、とある手紙が置かれていた。


 手紙の内容は『遺書』



 そして、その遺書を残したのは桃花だった。



 自宅マンションのベランダから飛び降りて、亡くなっているところを柚葉が見つけたのだ。


「すまない柚葉。全部俺のせいだ・・・」


「何言ってるの! 裕くんは何も悪くないよ? きっとそう思ってるよ」


 落野柚葉には、双子の妹がいた。



 本名、落野桃花おちの ももか



 二人は裕の幼馴染であり、正真正銘の姉妹だった。遺書の内容には、裕に対しての謝罪の言葉が書かれていた。


 手紙の筆跡も間違いなく桃花のものであり、警察は裕を裏切った罪悪感に耐え切れずに自殺したと判断した。


「柚葉、こんな時に言うべきではないと思うが・・・俺の側に居てくれないか?」


「裕くん・・・もちろんだよ」


 そう言って、二人は抱き締め合った――。



 あぁ・・・やっと、裕くんからがもらえた。



 抱き締められる柚葉の表情は、涙を流しながらも満面の笑みだった。




 ◆◆◆




 ――事件の夜。


 裕の家から帰宅した桃花は、すぐに姉の柚葉を呼び出していた。


「どういうつもりなのお姉ちゃん?」


 桃花は険しい表情をしながら柚葉を問い詰める。


「今更、私のユー君の前に現れて横取りするつもり?」


「ち、違う! それに、裕くんを裏切ったのは桃花の方でしょ!?」


「うるさい! お姉ちゃんには関係ない。今までずっとユー君を見てただけのくせに!」


 桃花の言葉に柚葉は何も言えなかった。自分とは正反対の妹の前では、柚葉は常に妹の影でしかなかったからだ。


「お姉ちゃん。もし、少しでも私とユー君のことを思ってくれるなら、今すぐ私達の前から消えてよ」


「き、消えるってそんな・・・」


「どっか遠くにでも引越してよ。そして、もう二度とユー君の前に姿を見せないで!」


「そ、そんなの・・・無理だよ」


「・・・そう。わかったわ」


 そう言って、桃花は柚葉の手を引っ張りながらベランダへと連れ出した。


「や、やめて! 何するのよ桃花!?」


「お姉ちゃんが悪いのよ。私のユー君を奪おうとするから!!」


 桃花は柚葉をベランダから突き落とそうと押してきた。完全におかしくなっている妹の前に、柚葉は必死に抵抗した。


「ねぇ、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんの遺書を書いたの」


「遺書!? ま、待ってよ! なんでそんなものを書くのよ!?」


「決まってるでしょ? お姉ちゃんがを被って自殺するのよ。本当は私に変装したお姉ちゃんが浮気をしてたってね!」


「・・・えっ!?」


 そう言う桃花の顔は、もはや柚葉の知る妹の顔では無かった。


「素敵なプランでしょ? 私達双子の姉妹だから出来ることなんだよ? これで、ユー君は私の元に戻って来てくれるわ!」


 柚葉の目からは涙が溢れ出した。


(なんで・・・なんで私ばっかりこんな目にあうの? なんで・・・なんで・・・・・・)


「ユー君はずっと私だけのものなの。負けヒロインのあんたなんかにユー君もヒロインの座も渡さないんだから!!」


 ベランダから突き落とされそうになる寸前、自分の名前を呼ぶ裕の姿が柚葉の頭の中を過ぎった。



 死にたくない。それに、裕くんは・・・



 柚葉は桃花の腕を掴むと、そのまま自分の方へと思いっきり引っぱった。



「・・・・・・え?」



 気づけば、ベランダの外へと投げ出されていたのは桃花の身体の方だった。


 ベランダから落ちていく自分を見つめる柚葉に向かって手を伸ばしながら、桃花は最期に口を開いた。



 あぁ・・・ヒロイン、取られちゃった。



 地面に叩きつけられる音と共に、桃花は命を落とした。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 柚葉はその場へと膝から崩れ落ちた。


「どうしよう・・・どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」


 恐怖・混乱・罪悪感と様々な感情が押し寄せてくる。胃酸が逆流してくる口を手で抑えながら、柚葉はハッと我に返る。


 急いで桃花の寝室へと向かうと、机の上には桃花が偽装した遺書の手紙が置いてあった。


「そうよ・・・悪いのは私じゃない。全部桃花が悪いんだ」


 柚葉は遺書に書かれた自分の名前を、急いで桃花の名前へと書き換えた。


 そして、警察に電話をすると、桃花が自らベランダから飛び降りて自殺したことにしたのだ。


「これでよかったんだよね? 裕くん――」



 そう言って警察が到着するまでの間、柚葉はまるで抜け殻のように、嬉しさと悲しみの涙を流した。



 ◆◆◆




 ――数年後。


 柚葉は裕と結婚した。

 とても、穏やかで幸せな日々を送っていた。


「じゃあ、行ってくるよ柚葉」


「うん。行ってらっしゃい」


 スーツを着た夫の裕を玄関で見送ると、柚葉はいつものように作業机へと向かう。

 柚葉は今、ある小説を執筆していたのだ。


 タイトルは『ヒロインを奪われた私』


 内容は、男主人公をめぐる二人のヒロインの物語。


 そして、最後に結ばれるのは正当なヒロインではなく、負けヒロインの方だ。


 柚葉は、キーボードを打ちながら最後のページの後書きにこう記した──。



 私は、彼女を最後のヒロインに選んだことを後悔していません。

 なぜなら、彼女こそ本物のヒロインだから。


 このヒロインはある人物をモデルにしました。


 その子はもうこの世に居ないけど、どうかこの物語の中ではずっと幸せなヒロインでありますように――。



「幸せになってね・・・桃花」



 ――――――――――――――――――――

【あとがき】


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ヒロイン、取られました。 楓 しずく @kaedeshizuku

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