中編



 ――翌日。


 裕は、柚葉の車で自宅のマンションまで送ってもらっていた。


「柚葉、いろいろ世話になったな。ありがとう」


「だからいいって! これからも、困った時はお互い様だからね?」


「今度、何かお礼をさせてくれ。この借りは必ず返すから」


「まったく、裕くんはほんと真面目なんだから」


「・・・」


「・・・」


 お互いに、見つめ合いながら口を閉じる。

 すると柚葉はそっと、裕に向かって手を伸ばした。


「じゃあね、裕くん。また、いつでも頼ってね?」


「あぁ。そうさせてもらうよ」


 そう言って二人は手を握り合う。

 柚葉は、離したくない気持ちを抑えながらも、そっと手を離した。


「じゃあ柚葉。気をつけてな」


「うん・・・ありがとう」


 手を振りながら車で去っていく柚葉の姿を、裕は見えなくなるまで見届けた――。



 一階の大家さんから合鍵を受け取った裕は、エレベーターで自分の部屋へと向かう。


(とりあえず、まずは鍵を作り直さないとだよな・・・・・・ん?)


 足を止めた先には、玄関のドアの前でひとりの女性が立っていた。



「・・・ユー君」


「・・・桃花」



 薄ピンク色の光沢のあるストレートヘアーに、透き通るような白い肌の顔の整った女性は、裕の彼女だ。



「ユー君、私――」



 裕は、そのまま桃花の隣を無言で通り過ぎると、玄関のドアを開けた。


「桃花、少し中で話をするか?」


「・・・・・・うん」


 部屋の中に入った桃花は、椅子の上にひとり座っていた。


「桃花は、紅茶でよかったよな? コーヒーは苦手だろ」


「う、うん。ありがとう・・・」


 桃花の前に紅茶を置いた裕は、向かいの席へと座る。二人の間には、少し気まずい空気が流れた。


「ユー君、あのね・・・」


「別にいい」


「えっ?」


 裕は一口、コーヒーに口をつけた後で一息つく。


「俺は今更、桃花のことを攻めるつもりはない。だから、俺に謝る必要はない」


「で、でも・・・私、ユー君のこと裏切ったんだよ!?」


「だからと言って、桃花を攻めて何になる。それとも、桃花は俺から怒鳴られたいのか?」


「そ、それは・・・・・・」


「それに、こうなったのは俺にも何かしらの原因があったからだろ。だから、俺のことはもう気にするな」


 裕の言葉に桃花は膝の上でギュッと拳を握り締めた。何も言えないし、何も言われない。そんな状況に胸が痛くなった――。



 ♪♪♪


 すると、裕のスマホに着信音が鳴った。


「悪い、少し待っててくれ」


「う、うん。私は大丈夫だから」


 そう言って裕は、少し離れた場所へと移動する。桃花は、目の前に置かれた紅茶にそっと口をつけた。



「柚葉か?」



 その一言に、桃花の手が止まった。


「あぁ、合鍵は無事に受け取ったよ。うん。まぁ、また新しく鍵は作らないといけないけどな・・・」


 桃花は耳を疑った。


 柚葉――同じ高校の同級生であり、裕の幼馴染でもある落野柚葉のことだ。


 幼馴染の裕と柚葉が連絡を取り合うことは、何ら不思議ではないが、桃花は何か嫌な予感がしていた。


 少し経つと、通話を終えた裕が戻って来た。


「ねぇ、ユー君。今の電話って・・・」


「ん? あぁ、柚葉だけど」


「もしかして、何かあったの?」


「いや、別に大したことじゃない。昨日、この部屋の鍵を落としてな。それで、柚葉の家に泊めさせてもらったんだが――」


「・・・・・・え?」


 ガシャンと、紅茶のカップの倒れる音と共に、気づけば桃花は裕に抱きついていた。


「ユー君・・・私を抱いて!」


「おい桃花、何言ってんだ?」


「ごめんなさい。ほんと何言ってるんだって感じだよね! でも・・・お願い」


「・・・・・・」


 裕は、そっと桃花の肩に手を置く。


 しかし、裕はそのまま自分の身体から桃花をゆっくりと引き離した。


「悪い桃花・・・俺はもう、桃花をそういう目では見れない」


 裕の言葉に桃花は目を見開いた。

 心の奥底にまで、裕のその言葉が深く突き刺さる。


「・・・そうだよね。ユー君を裏切ったこんな最低な女なんか、もう嫌に決まってるよね」


 そう言って桃花はバッグを手に持つと、部屋から飛び出そうとした。


「待て、桃花」


 桃花の手を掴んだ裕は、手の中に鍵を渡した。


「これは俺にはもう必要ないから、返すよ」


 渡されたのは、桃花が裕に渡していた自分のマンションの鍵だった。


「うぅ・・・」


 桃花の目からは、大粒の涙が溢れ出していた。はじめて桃花の涙を見た裕は、思わずその表情を変える。


「ごめんなさい・・・私、もう帰るから!」


 桃花はそう言い残すと、その場から逃げるように部屋から出て行った。


 残された裕は、テーブルの上で零れる紅茶をひとり眺めていた――。



 まるで魂が抜けてしまったように、桃花は帰り道を歩いていた。スマホの通知音が鳴ると、送信相手は昨日の男からだった。


「・・・気持ち悪い」


 一言そう言って、桃花は相手のアカウントをブロックした。


 たった一夜の誤ちだった。桃花の中で、後悔という波が押し寄せてくる。


 別に、裕のことが嫌いだった訳では無い。不満があった訳でも無い。でも、裏切ってしまった。


「私・・・私が悪いんだ・・・・・・」


 しかし、桃花にある恐怖が襲ってくる。

 裕を永遠に失ってしまうという、恐怖心が。


「嫌。そんなの嫌。ユー君を失うなんて、絶対に嫌っ!!」


 桃花は既に、自分でも訳が分からない程おかしくなっていた。


 もはや、裕のことしか考えられない。裕を裏切った最低の自分だと分かっていても、裕に対する思いを抑えきれなかった。


 だが、そんな桃花の脳裏に浮かび上がったのは、落野柚葉の顔だ。


「落野柚葉。ずっと陰から私と裕くんを見ていた可哀想な子」


 ひとりの女として見れば、柚葉が裕に好意を抱いていることは一目瞭然だった。


 そんな柚葉が、今更裕の前にのこのこと現れたことが、吐き気がするほど憎たらしかった。


「この物語は私とユー君の二人だけのものなの。負けヒロインのあなたに、私のユー君もヒロインの座も絶対に渡さない」


 桃花は、裕から返された鍵とは別の鍵をバッグから取り出した。


「ユー君、私の家に鍵を落としていたことに全然気づいていなかったね・・・」


 そう言って、桃花の口角が不気味な表情と共につり上がった。


「待っててねユー君。ユー君は絶対誰にも渡さないから」




 ――――――――――――――――――――

【あとがき】


 最後までご高覧頂きまして、ありがとうございます!


 少しでも、続きが気になった方は【フォロー】と【★レビュー】していただけると、今後の励みになります!


 ※多数のご指摘を頂き、一部内容とタグ等を修正させて頂きました。

 またコメント欄の方は、他の方々が不快にならない為に全て削除させて頂きましので、ご了承ください。

 次回で完結しますが、最後までご愛読頂けますと幸いです。

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