ヒロイン、取られました。
楓 しずく
前編
「・・・あっ」
ある日ドアを開けると、彼女が浮気していた――。
◆◆◆
雨の中、男はひとりずぶ濡れになりながら歩いていた。
裕は、同じ高校だった彼女と数年間付き合っていた。
だが、裕が彼女の住むマンションに行くと、そこには知らない男と彼女がベッドで寝ていたのだ。
そう・・・裕は、彼女に裏切られてしまったのだ――。
(なんだろう・・・不思議と怒りや悲しい気持ちが湧かない)
普段から冷静沈着な裕だが、なぜか好きだった彼女に裏切られても気持ちが落ち着いていた。
そんな裕は、自分の住むマンションまで帰って来た。
(とりあえず、早くシャワーを浴びよう。後、何か温かいものでも食べて今日は早く寝るか・・・)
しかし、ポケットから家の鍵を取り出そうとするが、鍵はどこにも無かった。
「しまった。鍵もどうやら何処かに落としたらしい」
スマホを取り出すも、既に充電切れで連絡を取ることも出来なかった。
「はぁ・・・今日は、ツイてないな」
全身びしょ濡れになった身体でドアの前へと寄りかかる。誰もいない廊下でただひとり、髪から滴を落としながら腰を下ろした。
手が氷のように冷たくなっている。寒さに身体を震わせていると、誰かの足音が聞こえた。
「えっ、裕くん?」
ふと、誰かが裕の名前を呼んだ。声の方へ視線を向けると、そこには幼馴染の柚葉が立っていた。
裕の小学校からの幼馴染で、同じ大学にも通っている。
胡桃色の長髪をポニーテールに束ねており、白い肌でスタイルの良い明るくて感じの良い女性だ。
「あぁ、柚葉か。どうしたんだ?」
「あ、うん。実家から野菜を沢山もらったからおすそ分けに来たんだけど・・・何で外に居るの?」
「家の鍵を何処かに落としてな。それに、スマホの充電も切れててこのザマだ」
全身びしょ濡れで震えている裕の姿を見て、柚葉はすぐに裕の元へと駆け寄った。
「どうしたのよ、びしょ濡れじゃない! こんなんで外に居たら、風邪引いちゃうよ!?」
そう言いながら、柚葉はバッグからハンカチを取り出して裕の顔を拭いた。
「あぁ、さすがにマズイよな。それに、なんだか頭もさっきから重くてな・・・」
「もう! それ、完全に風邪引きかけてるじゃん!! とりあえず、私の家に来なよ? 私、車で来てるからさ」
「そうか・・・悪いな」
そう言って柚葉は裕の手を引っ張りながら車に乗せると、自宅のマンションに向かった。
◆◆◆
裕は、柚葉の住むマンションでシャワーを浴びていた。柚葉の計らいで、服を洗濯してもらっているのだ。
シャワーで身体を温めたところで、裕は柚葉の用意してくれた上下のスウェットに着替える。
リビングに向かうと、柚葉はエプロン姿で何やら料理を作っていた。
「あっ、裕くんちゃんと温もった? 今、野菜のスープ作ってるから」
「何から何まで悪いな」
「ふふふ、困った時はお互い様だよ! あ、私のスマホの充電器ベッドにあるからそれで充電しなよ。機種同じだよね?」
「あぁ、問題ない。ありがとう柚葉」
そう言って裕は、スマホを充電した。
そんな裕を、チラっと柚葉は振り返って見た。
小学校からの幼馴染の二人だが、こうして一人暮らしの部屋に招いたのは今日が初めてだったのだ――。
私は、裕くんのことがずっと好きだった。
幼馴染の小学校の時からずっと、裕くんだけを見ていた。でも、高校になっても裕くんに気持ちを伝えれなかった。
裕くんは、女子達からモテる。
でも、今まで何十人からも告白されても断り続けていた。
だから、もしかして裕くんも私のことを思ってくれてるんじゃないか。私からの言葉を待っててくれてるんじゃないかと思ってた。
でも、ある日
とてもショックだった。
でも、同時にずっと気持ちを伝えれなかった自分に後悔していた。
裕くんと彼女は、美男美女のカップルとして、周りから羨むような日々を送っていた。
私は、そんな二人から逃げるように目を背けてきた。もちろん、私は今も誰とも付き合ったことがない。
今でも、私の気持ちはずっと裕くんにしか向いていないからだ・・・・・・。
「なぁ、柚葉」
「えっ!?」
ハッと我に返ると、柚葉の背後に裕が立っていた。
「鍵のことでマンションの大家さんに電話したんだが、どうやら明日まで用事で帰れそうにないらしい」
「そ、そうなの?」
「あぁ。しかし、困ったな・・・今夜はどっかのホテルにでも泊まるか」
「じゃあ、家に泊まっていきなよ!」
「・・・え?」
柚葉は思わず顔が赤くなった。
「あっ、でもダメだよね! 裕くんには大事な彼女がいるのに。なんか、ごめんね! 今のは忘れて」
「いや、別にいい。それにもう、彼女とは関係ないから」
「・・・えっ?」
二人は、隣同士で晩御飯を食べていた。
「お、美味いなこのスープ」
「ほんと?」
「うん。柚葉は昔から料理好きだったもんな」
美味しそうに自分の料理を食べる裕の顔を、柚葉は嬉しそうに眺める。
しかし、柚葉は先程の裕の言葉が気になっていた。まるで、彼女との関係が既に終わったかのような物言いだった。
「・・・ねぇ、裕くん。もしかして、彼女と何かあったの?」
「ん? あぁーまぁ、ちょっとな」
「もし、よかったら話してくれない? 私でよければ、何でも聞くよ?」
そう言って、柚葉がスープに口をつけた時に裕はゆっくりと口を開いた。
「彼女に浮気されたんだ」
「ブッーーーーー!!」
柚葉は盛大にスープを口から噴射した。
「おい、器官に何か詰まったのか?」
「ゲホッゲホッ・・・いや、え!? ちょっと待って。今、浮気って言った!?」
「あぁ。でも、よくあることだろ?」
「いやいやいや。よくはないから!!」
柚葉は思わず大きなため息を吐いた。
「でも、それって裏切られたってことでしょ? なんで、裕くんは怒ったり、悲しんだりしないの?」
「さぁ、なんでだろうな? でも所詮悩んだところでだろ? やられたもんは仕方ないさ」
「だけど・・・私なら、絶対耐えられないよ・・・・・・」
すると、裕は柚葉の肩にそっと手を置いた。
「ありがとう柚葉。でも別にいいんだ。それに、自分の好きだった人のことをあまり悪くは言いたくないんだ」
その言葉に、柚葉は胸を撃たれた。
あぁ──やっぱり私は、裕くんのこういうところが好きなんだ・・・・・・。
「ところで柚葉、ちょっと観たい動画があるんだが・・・いいか?」
「えっ? う、うん。全然いいけど――」
『俺達、ずっと一緒だからな』
『うん。私、世界一幸せだよ』
『愛してる』
『愛してるわ』
二人はそう言って、熱い口付けを交わした――。
「ねぇ、裕くん。これって・・・・・・」
「今流行りの、甘々ラブコメアニメだ」
裕は、真剣な眼差しで動画を観ながら答えた。
「いや、ちょっと待って。よく、こんなアニメ今観れるね?」
「ちょうどこの前の続きが気になっててな。しかし、糖分が多すぎるぞこれは。苦いコーヒーが欲しくなる」
(裕くんってほんと、大したメンタルだわ・・・・・・)
「あ、もうこんな時間か。よし、柚葉寝るぞ」
「へっ!?」
柚葉は思わず反射的に両手で胸を抑えた。
顔を真っ赤にしながら、全身から変な汗が出てきた。
(ど、どうしよう・・・今から下着変えた方がいいかな!?)
「じゃあ、俺はこのままソファーで寝るから毛布を貸してくれ」
「あっ・・・はい。そうだね――」
暗くなった部屋で、お互いにそれぞれソファーとベッドで横になる。柚葉はソファーで横になる裕の方へと視線を向けていた。
ずっと、思いを寄せていた相手が同じ空間で夜を過ごしている。こんなこと、永遠に叶わないと思っていた。
しかし、柚葉の心は複雑な気持ちでいっぱいだった。
裕は、既に彼女との関係は終わっている。しかし、今の裕の心に隙入るのはなんだか卑怯な気がしていたのだ。
ずっと気持ちを正面から伝えることが出来ずにいた自分が今更裕に伝えたところで、果たしてそれを裕が素直に受け入れるのかと。
(多分、裕くんは「それは違う」って言うよね・・・)
だとしても、このままただ何も無く夜を寝て過ごすのは、柚葉の中では我慢出来なかった。
「ねぇ・・・裕くん」
ソファーで寝ている裕の顔を見下ろしながら、そっと近づく。
「どうした柚葉。眠れないのか?」
「うん。だからね、その・・・一緒に寝てくれないかな?」
裕は、チラッとベッドに視線を向ける。
「シングルベッドだな」
「あ、うん。いや、ベッドの大きさとかじゃなくてさ!」
「でも、狭いだろ。二人で寝たら寝返りができないぞ?」
「別にいいの! だから・・・お願い」
頬を赤く染める柚葉を前に、裕はため息を吐いた。
「じゃあ、柚葉は奥の方な。俺は手前で柚葉に背中を向けて寝る」
「う、うん!」
二人は、同じベッドで背中合わせで横になった。
少し身体を動かせば、すぐにお互いに触れるほどの密着だ。
柚葉は、ゆっくりと隣を向いた。
すぐ目の前には、裕の背中がある。
「ねぇ、裕くん」
「・・・・・・」
裕からの返事はない。
そっと裕に身体を寄せると、裕はすっかりと眠ってしまっていた。
「裕くん・・・大好きだよ」
そう言って柚葉は、裕の背中に抱きついた。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
最後までご高覧頂きまして、ありがとうございます!
少しでも、続きが気になった方は【フォロー】と【★レビュー】していただけると、今後の励みになります!
※一部内容を修正させて頂きました
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