第54話 手がかり
「あー! もう! やってらんない!」
ハールア王国の首都マニルの場末にあるとある大衆酒場に、女の声が響き渡る。
「どいつもこいつも使えないわ! 本当に本当にムカつく!」
女──リンドベル伯爵家の家政婦長セシルは忌々しげに言って、樽ジョッキを一気に呷(あお)った。
年相応に皺の刻まれた喉仏がゴキュゴキュと音を立てる。
「おいおい、その辺にしておけよ。美人が台無しだぜ?」
対面に座る、セシルの数少ない友人の男──ダインが引き攣った笑みを浮かべて言う。
「はんっ、思ってもないこと言ってんじゃないわよ」
「20年前は思ってたかもな」
「なんか言ったかい?」
「いんや、何も」
ダインはおどけたように肩を竦めた。
「つーかお前、そんな酒好きじゃなかったろ。なんだって急に……」
「酒でも飲まないとやってらんないのよ! 上司からも部下からも板挟みで、息が詰まる毎日だわ!」
「何があったんだよ、本当に」
男の言葉に、セシルはぴたりと動きを止める。
それからジョッキを持つ手に力が入り、プルプルと震え始めた。
──セシルが呑んだくれている理由は単純明快、リリアの失踪についてだ。
リリアがいなくなって一週間。
失踪後、リリアの母ナタリーがすぐさまリリアの捜索命令を出し、使用人総出で探しているものの、いまだに足取りさえ掴めていない。
雇い主であるマリンには「まだ見つからないの!?」と罵倒される。
リリアの捜索という面倒な他業務を押し付けられ、部下の使用人たちからも不満に晒される。
そんな日々を送るセシルは、もはや飲まないとやってられない精神状態になっていた。
呑んだくれるセシルに、ダインは困ったように言う。
「少しでも話してくれりゃ、俺も励ましようがあるんだが……」
ダインの言葉に、セシルは口を噤んだ。
リリアの失踪のことは口外厳禁。
実の娘が失踪、それも平民の血が入った不貞の子となると外聞が非常に悪いという理由だった。
そのため、セシルは旧友のダインにもこのこと話していなかった。
しかしアルコールの酔いと、憔悴しきったセシルの心が弱音という形でリリアの口を開く。
「……人を、探しているのよ」
ぽつりと、セシルは漏らした。
「私の勤める、リンドベル伯爵家の長女リリアが、一週間前に失踪したの。絶対に見つけなくちゃならないのに、どこを探しても見つからないのよ」
「へえ、一週間前……」
ピクリと、ダインが眉を動かして言う。
「そのお嬢ちゃん、どんな奴なんだ?」
「……小柄で、やせ細ってて、赤い髪をしているわ……確か失踪した日は、ボロい服を着ていた」
「小柄……赤い髪……」
ダインの表情に、「もしや」と言った感情が浮かぶ。
「なあセシル。お前、ロトゥ100の当選者が出たって話、知ってるか?」
「100億の? あれ当たるもんなの?」
「ああ、当たったさ。目の前でな」
「そういえばアンタ、宝くじの店員やってるって言ってたわね。あー、やだやだ! こんな時に他人の幸せの話なんてしないでおくれよ。気分悪くなる」
「まあそう言うなって。本題はここからだ」
どこか興奮した様子で、ダインはセシルに顔を近づけて尋ねる。
「ロトゥ100を当てた超幸運者は、どんな奴だったと思う?」
「そんなの知るかいね」
「ボロボロの身なりに赤い髪をした、痩せ細った女だった」
「なんだって!?」
バン!!
机を叩き、セシルは立ち上がって叫んだ。
「なんでそれを早く言わなかったんだい!」
「お前が話してくれなかったからだろうがよ!! それに……!!」
周りを見回した後、男はセシルに耳打ちする。
「ロトゥ100の顧客情報は口外厳守だ。長年の付き合いのお前だから話したが、漏らしたってバレたら俺が職を失う羽目になるんだぞ」
男の言葉に、セシルは苛立ちの矛先を失ってしまう。
ぐぬぬと眉を顰めていたが、大きく深呼吸して落ち着かせる。
「……感謝するよ、ダイン」
探して、探して、ようやく辿り着いた手がかりの光。
ニヤリと口を歪ませてから、セシルはダインに言った。
「それで、詳しく話してくれる?」
---あとがき---
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
リリアの物語はまだ続きますが、この先のプロットが固まりきっておらず、またいくつか別作品の締め切りに対応しなければならないため、一旦ここで区切らせて頂きたく思います。
続きはそう遠くないうちに更新再開いたしますので、ブックマークはそのままでお待ちくださいませ。
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