第4話 体感温度
その時、お喋りをしているおばちゃん二人組が通りかかった。そのうちの一人が人形に気が付いて足を止めた。
「あら、このお人形さん、可愛いのに」
おばちゃんは黒髪のお下げの人形を拾い上げると、まるで孫を見るように言った。「まぁ、あんた、捨てられたん?」
声を出せない人形相手に話していたおばちゃん達は、可哀想にねぇと言い合っていた。そして。人形に先に気が付いて抱き上げたおばちゃんが言った。
「綺麗に拭いてあげたら、べっぴんさんになるわよ。市民センターの老人会の憩いの部屋に飾ったらいいわね。私、そこのボランティアしてんのよ」
「あら、良かったわね。木目込み人形ってお年寄りの間では人気あるものね」
そんな会話をしながら二人は人形と共に、私達の前を通り過ぎて行く。
私と北嶋先生とは、目を見合わせた。というか、思わず目配せをしていた。先生の眼が笑っているのを初めて見た。
これで恐怖体験のかたはついた。科学的根拠に基づいて。
そして木箱の中にあるものは怖いものだけじゃない事を知った。これが先生の言っていた、思い込みや先入観を捨てるって事なのかな。
そう言えば、さっきまで家の中でも寒かったのに、今は外を歩いていて寒さをちっとも感じない。
一緒にいると、家の気温がいっぺんに下がる気のした北嶋柊先生と横に並んで歩いているはずなのに、心の中がぽかぽか温かくなってきた。藍色の空には、さっきまで気付かなかった、たくさんの星が散りばめられている。
「そう言えば今日、先生が来た時に持って来てた包み、あれ、何ですか?」
「あれは、おじさんへのウチからのお歳暮です」
「おじさんってパパの事? ウチって先生の家族って事?」
「はい。僕の父がおじさんの大学での後輩だったから、コロナ禍で仕事を休職していた父を心配してくれていたんです。それで僕にも家庭教師のバイトの話を持ちかけてくれたんです。大学をやめないといけないかもしれないと怖くなっていた時でした。だから感謝の印です」
初めて知った。そっか。先生を怖がらせるものってそれなんだ。だから先生はあまり笑わなかったのかな。それとも真面目なのは生まれつき?
科学的検証で謎は解けたけど、私はやっぱり神秘体験の泉に、書き込みたい。
――私は某市に住む高校三年生です。これは私が今日、実際に経験した不思議な出来事です。
今までこういう話って、ほとんどが作り事だって決めつけていました。まさか自分がこんな体験をするなんて。今日初めて笑顔を見た人がいるんです。そしてそれを見た時、確実に周りの温度が五度位、上がったんです――
〈Fin〉
木箱の中にあるものは恐怖だけじゃない 秋色 @autumn-hue
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