第3話

 初恋の相手は母の弟、叔父だった。若いころの叔父はかっこよかった。スポーツで鍛えられた体は頼もしく、普段はきりっとした顔なのに、笑うとくしゃっとするところにやられた。


 叔父の優しさや大らかさは不変だったが、見た目は激変した。太り、禿げ、たれ目になったのだ。私の気持ちは叔父から自然と離れ、好むタイプも変わっていった。


 叔父に向かって「結婚して」と必死に何度も言ったことは、家族や親せきの間で笑い話になっていた。


 そんな大人になった私の前に彼は現れた。入学した大学で同じクラスになった彼を見て、叔父の若いころに似ていると思った。思ったけど、それだけだった。男の趣味がすっかり変わっていたので、惹かれることはなかった。そのころの私は小難しい繊細な男に惹かれる傾向があった。


 つかみどころのない面倒な男に傷つけられた後、スポーツマンらしい爽やかさや優しさを持つ彼に惹かれ、交際を申し込まれたので付き合った。


 わかりやすい彼との交際は楽しかった。悩みのない明るい日々を送ることができたし、モテる男を彼氏にした誇らしさを感じる新しい自分を発見したりもした。


 新鮮な日々だったし、悪くない日々だった。今でも恋が始まったばかりの頃の熱い高揚感や、楽しいくせにこの先が不安だったり、どこかに追い詰められて答えを求め続けられるような切迫感があるかと問われればノーだ。しかし、熾火のような熱は失ってはいない。


 机に向かっている彼の広い背中を眺める。叔父と同様、水泳で鍛えられたそれに頬をこすりつけたくなるが、これまでも散々やってきたことなので我慢する。


 この背中を誰にも渡したくないとまだまだ思えるということは、彼に対する恋心が私の中でいい具合にくすぶり続けている証左だ。そのことに満足すると急に眠気を感じた。


「寝よっかな」


 彼の背中につぶやく。


「うん。そうしたら」


 彼は声だけよこした。彼は自分が頑張っているからといって、私のだらだらした生活を責めない。


「今まで我慢したんだからゆっくりするといいよ」と笑ってくれる。自分だっていろいろ我慢してきたくせに。それとも少しだけ荒れてしまった自分を悔いているのだろうか。今さら確認できないことだけど。


**************


 彼の足元で静かに布団に入る。真っ暗にすると眠れない性質なので、彼が勉強に使っている小さな照明は秘かな睡眠導入剤だ。その灯りをより感じられるように、寝返りをうつと、すぐに眠くなってきた。


 寝る前に見たニュースによると、明日は雨が降るらしい。明日は自転車が使えないなと思いながら、雨にけぶる園の風景を思い浮かべているうちに、急速に眠りの世界に引きずり込まれていった。 

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水辺を好む女 梅春 @yokogaki

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