俺の引きこもりの友人は…………

アラサム

俺の引きこもりの友人は………

 俺こと日野正人はその日もとある友人宅にお邪魔して友達と一緒にゲームをしていた。


「なぁ、そろそろ一緒に学校行こうぜ」


「嫌だ、怠い」


 もはや日課となりつつある作業。

 カタカタと手元のコントローラーを操作しながら今日も今日とて俺がいつもの提案を口にすると引きこもりの友人はテレビ画面から目を離すことなく、いつも通りスパッと拒否の言葉を口にする。



「怠いって、お前なぁ……」


 俺はため息を漏らしながら視線を友人へと向ける。

 少し前が隠れているくらいに伸びたボサボサの黒い髪、男にしては小柄な体格、灰色のパーカーの中に隠れている顔は整っているが中性的で、どちらかと言えば可愛い系の部類に入る顔立ちをしている。また肌は不健康な生活をしている割には肌荒れもなくきめ細やかさを保っていた。


 体質だろうか?羨ましいものである。



「それよりよそ見していると、ほら」


「えっ、あっ!」


 意識をゲームから逸らしていた俺は友人の言葉に慌てて画面に意識を戻すと操作している赤い帽子を被った配管工がアメリカコミックのヒーローを彷彿とさせるF-ZEROパイロットの蹴りによって画面外に落とされ、次の瞬間には光となって消滅してしまった。


「はい、俺の勝ち」


「クソが…」


 ドヤ顔を浮かべる友人、浅野空あさのそらに俺は僅かに苛立ちを覚えながらコントローラーを床に置く。画面には空が操作していたキャラクターがデカデカと表示され、俺の操作キャラが今の自分の感情を表すかのように不満げな表情で拍手をしていた。



「これで俺、何連勝した?てかお前マジで弱すぎだろ」


「違う、お前が強すぎるんだよッ!」


 これでもこのゲームをそこそこやり込んでいた筈だが、コイツはレベルが違う。それは各キャラの戦闘力の数値を見れば明らかだ。


「ハハハ、もう一勝負するか?」


「しない、今日は帰る」


「そう拗ねんなよ」


「違う。単純に明日、朝に小テストあるんだよ」


 揶揄うように言ってくる空に俺はため息混じりに理由を伝える。面倒臭いが下手に点数を落とすと訳にもいかない。


「うぇ〜、面倒だなぁ。やっぱり学校行かなくて正解だわ」


「おいこら」


「だってそうだろ?こうしてゲームしてるだけでも充分満足してるし、俺が行くメリットあるか?」


「メリット……メリットか」


 空の指摘に俺は顎に手を当てながら考える。学校に行くことでコイツが喜びそうなメリット……何だろうか?


「と、友達がもっとできる?」


「いらねぇ、ネットに友達いるし」


「が、学食が美味しい?」


「別に飯に拘りなんて無いし」


「ほ、ほら、将来のことを考えたら高校は卒業しておいた方が何かと役に立つぞ!」


「はっ、何度も聞いた言葉だな。今更どうでも良いよ」


「……いや、どうでも良くは無いと思うけど」


 けれど俺が言うまでも無く、こんなことは空自身も百の承知だろう。その上で学校に行かないという選択肢を取っているのだからこの観点以外のメリットを出す必要がある。


「あ、登校すれば家以外でも俺と会えるぞ!先週席替えして今、席が隣だし」


「は、はぁッ!?」


「すみません。冗談です」


 軽い気持ちで言ってみたが顔を真っ赤にして叫ばれてしまう。

 流石に適当に過ぎたか、空も隣で「べ、別に俺は————」とか小声でブツブツと文句を言ってるし真面目に考えよう。


 何だ、何かないか?

 空を思わず学校に行きたくなるようなメリット……何かないか?


「…………あっ」


 いや、あった!

 とっておきの理由が!それも今だけ限定の空が……否、男ならば絶対に喜びそうなメリットがッ!!


「あったぞ、メリット」

 

「だから俺にはメリットじゃねぇッ!?」


「まだ何も言ってないだろ!?」


 読心術でも使えるのかお前は!?

 だったら教えてくれ、俺も使いたい!


「……んん、すまん。で、あるのかよ?」


「ああ、あったよ。お前が喜びそうな内容が」


「へぇ、なら聞かせて貰おうじゃん」


 ニヤリとどこか楽しそうな笑みを浮かべながら答えを待つ空に対して俺もニヤリと自信満々な笑みを返しながら思い付いた答えを述べる。


「ウチのクラスにはな、可愛い子がいっぱいいるぞ!」


「…………」


 そう、それはクラスの女子のことだ。

 空も年頃の少年だ、一度くらいは可愛い子と一緒に楽しい高校生活を送って青春をしてみたいと思うだろう。


「特にクラス委員長の西宮さんなんてめっちゃかわ———」


「————へぇ」


 個人的にクラスで一番可愛いと思う女子のことを伝えようとしたところで空の口から底冷えする声が耳に響いてきて、思わず硬直してしまう。


 あれ?もしかして俺、なんか地雷踏んじゃった?

 いやけど今の内容にそんな空がキレるような要素あったか?ただ女子の話をしただけだぞ。


「……そいつのこと好きなのか?」


「えっ?ま、まぁ、好きと言えば好きだけど……」


 俺の困惑を他所に空はジッとこちらを見つめながら西宮さんに好意があるかを尋ねてくる。え、ホントに何?


「あ、いや、でも別に付き合おうとかは考えてないぞ?なんて言うか、アイドル的な感じと言うか……」


「……へぇ」


 あの、知らない内にエアコンでも入れました?

 なんか身体が震えてきたんだけどで……。もしかして部屋の温度が10度くらい下がってますか?


「…………いいぜ、行ってやるよ」


「………へっ?」


 え、来るの?この反応で?この流れで?

 なんで??


「何だよ、その反応。お前が来いって言ったんだろ」


「いや、そうだけど……その、何故?」


 どう考えても行かないって言う流れだったと思うが、どうしていきなり学校に来る気になったのだろうか?


「別に、お前の好みの女がどんな奴か見てやろうと思ってな」


「なんだ、やっぱりお前も女に興味あるのか。安心したよ」


 ほっと安堵の息を漏らしていると空から「は?」と疑問の声が漏れる。


「いやだって西宮さんの話をしたら途端にキレ始めたし、もしかして女嫌いなのかと思ってさ。良かったよ、やっぱお前も男だな!」


「…………」


 笑いながら俺がそう言うと再び空の瞳孔が不気味に開きながらこちらを見つめてくる。あれ?また地雷踏んだ?


「あの、空さん?」


「……あぁ?」


「めっちゃ声にドスが効いてるじゃん」


 田舎のヤンキーみたいな声になっちゃってるよ。


「うっせぇな、陰キャ童貞が」


「酷くない?って言うか、一体何に対してそんなに怒ってるの?」


「怒ってねぇ」


「いや、怒ってるでしょ」


 10人に聞いたら10人全員が怒ってると分かるほど、今の空はムスッとしている。

 そして、その姿がちょっと可愛い。


「あーうっせぇッ!明日、行くって言ってるんだからもう良いだろッ!?ほら、さっさと帰れッ!!」


「ちょ、押すなって」


 荒ぶる空に背中を押されながら部屋から追い出された俺が困惑しながら振り返るとバンッ!と勢いよくドアを閉じられる。


 どうやら会話はもう終了らしい。

 まぁ、確かに明日の小テストの勉強もあるし帰るか……。


「それじゃ、空。俺、帰るけど別に無理して来なくても良いからな!」


「………」


「それじゃ」


「ま、待って!」


 返事は無いが、声は届いただろうと俺が扉に背を向けて玄関へと向かおうとすると扉越しに空の声が聞こえてくる。


「ん?」


「あ、明日。学校行く前にウチに寄ってくれ……」


「………」


 普段からは想像もできないほどに弱々しい空の声に驚いて思わず硬直してしまう。それこそ扉を開けたら別人が現れるんじゃないかと疑うレベルだ。


「……だ、ダメか?」


「………また明日、朝な」


「ッ!ああッ!」


 俺の返事を聞いて空の元気になった空の声を聞きながら俺は背を向けると玄関へと向かう。


 きっとアイツにとって学校に行くというのはそれだけ勇気のいる行為なのだろう。それならば手を貸して助けてやるのが良い友人というものだろう。


 とりあえず明日は早めに起きようと思いながら俺は家へと帰るのだった。


*****


「遂にこの時が来たか」


 空と学校に行く約束をした翌日、俺は若干緊張で寝不足気味な脳を冷水で顔を洗うことで無理矢理覚醒させると歯を磨き、10秒チャージのinゼリーをゆっくりと吸いながら何となんしにテレビを点ける。


『今日の運勢第1位はは5月生まれの方になります!』


「お、マジか!」


 テレビを点けると丁度、誕生月による朝の占いコーナーがやっており、いきなり今日の運勢第1位という宣告を受ける。別にそんなに占いを信じている訳では無いが、こういう大切な日に運勢が良いのは嘘でも純粋に気分が良い。



『5月生まの方は特に恋愛運が最高です!今日は気になるあの子から思わぬアプローチをされるかも!?』


「…………所詮は占いだな」


 占いの内容を聞いた俺は思わず鼻で笑う。

 馬鹿馬鹿しい、何が恋愛運だ。西宮さんからいきなりラブレターを貰えるってか?大して仲の良い訳でもないのに?


 やはり占いなんて当てにならないな。


「っと、そろそろ出た方がいいな」


 時計を確認した俺はテレビを消すと空になったinゼリーを握り潰してゴミ箱に捨て、玄関へと向かう。まだ時間に余裕はあるが、空との待ち合わせを考慮すると少し早めに出て待っていた方が良いだろう。


 俺は扉の鍵を閉めると途中で空の家に寄る為に普段とは少し違う道で学校へと向かい、歩き始める。


「アイツ、大丈夫かな……」


 今更ながら不安が募りだす。

 昨日は行くと言っていたが、果たして眠って今日の朝起きるまでその気力が残っているだろうか?


「…………まぁ、なるようになるか」


 俺が幾ら考えたところでどうにかなる訳でも無い。とりあえず行くだけ行って駄目そうなら次回また行きたくなった時に再チャレンジで良いだろう。


「あれ、思ったより早いな……」


 そんなことを考えている内に空の家の近くまで来た俺は腕時計で現時刻を確認して呟く。早く家を出たは良いが、このままだと約束した時間よりも少し早く到着してしまいそうだ。


「とりあえず家の前で待機してる…………ん?」


 空の家が見えてきたと思ったら家の前に誰かが立っている。一瞬、空かと思ったが次の瞬間には遠目からでも違うと分かった。


 着ている制服こそ確かに同じ学校の制服だが、スカートを履いてるしアレは間違いなく女子だ。空である訳が無い。


 いやけど何であの子は空の家の前に突っ立ってるんだ?


「…………まさか」


 アイツの彼女か?


 あり得る。

 アイツは顔は中性的だが顔は整っているし、そういうタイプが好きな女子には堪らない筈だ。どうやって出会ったかは分からないが、アイツに彼女がいること自体は容姿を考えれば不思議じゃない。


「あれ。これもしかして俺、邪魔か?」


 気付けば俺は近くの電柱に身を隠しながら呟いていた。まだ彼女だと断定ができた訳では無いが、わざわざ空が登校しようとしている日に家の前でアイツを待っている以上、少なからず親しい関係の間柄の筈だ。

 

 これ、俺が混ざって良いイベントなのだろうか?


「…………いやいや、約束は約束だ」


 そうだ、アイツの彼女か友人かは知らないが俺が空と一緒に学校に行く約束したのは事実だ。ここで無視して学校に行く訳にはいかない。


「よし、行こう」


 俺は覚悟を決めると空の家の前にいる女子生徒の下へと歩き始め、距離が縮まっていくに連れて段々と女子生徒の容姿が鮮明になっていく。


 パッと見で可愛らしい女の子だなと思った。

 整った鼻梁に大きな瞳、短めで揃えられた黒髪はどこか中性的でボーイッシュな印象を与えている。


「…………」


 どこか緊張した面持ちで空を待つその姿に若干見惚れると同時にこんな可愛い子と知り合いの空に腹立たしさを覚える。


 クソ、引きこもりでどうやってこんな可愛い子と仲良くなったんだアイツ?羨ましい。


「あの〜」


「………ッ!?」


 そんなことを思いながら近付いた俺は家の前に立つ彼女に声を掛けると予想以上にビックリしたのか目を見開いて驚愕した表情を浮かべながら俺を見つめる。


 そんな驚く?いや、知らない男性から声を掛けられれば普通はビビるか……。


「………ん?」


 というか間近で顔を見て思ったけど容姿がなんか空と似ている。

 顔のパーツ?顔立ちと言うのだろうか?雰囲気はまるで違うのだが容姿がとても似ている。あいつを女体化したらこんな姿になるんじゃないだろうか?


 と言うことはもしかして—————


「もしかして空の妹さん?」


「…………は?」


 ————どうやら違ったらしい。


 いや、ちょっと待て。


 今のドスの効いた声、めっちゃ聞き覚えのある声だったんだけど………まさか。


「えっ…お前、もしかして………空か?」


「それ以外の誰に見えるんだよ」


 お前以外の誰かだよ。


 いや、そうじゃない。問題はそこじゃない。


「……なんで女子の制服着てるの?お前、そう言う趣味でもあるの?」


「違げぇよッ!?俺は元々、だッ!!」


「は?」


 今コイツなんて言った?

 聞き捨てならない単語が耳に入った気がするが、俺の気のせいか?


「はぁ、お前マジで俺を男だと思ってたのか……」


「えっ、いや、だって………お前」


 空からため息混じりに言われるが……ちょっと待て。

 いや、確かに男にしてはやたらと可愛いなと思った時もあるけど………マジで?本当に女の子なの?


「…………」


 想像もしていなかった真実の情報量の大きさに脳の処理が追い付かずパンクしている。


「まぁ、良いけど……」


 そんなフリーズ状態の俺に対して空は近付いて来るとスッと手を伸ばしてきて俺の制服の裾を掴む。


「その、昨日はああ言ったけど……やっぱり外はちょっと怖いからさ」


「……………へ?」


 普段では絶対見ないような可愛らしい上目遣いで空が俺の顔を覗き込んでくる。容量過多の脳みそに更なる破壊力の情報が流れ込んできて、まともに思考ができなくなる。



「こうやって手、握ってても良いか?」



「………………ハイ」





 俺の引きこもりの友人は……めっちゃ可愛い女の子でした。

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