SS「百回戦ですよ、怪物さん」


 次の街まで徒歩で向かうと丸一日かかるらしい。


 というわけで俺たちは森の中で一泊することになった。


 一泊と表現すると、まるで森の中におしゃれなロッジでもあるかのような気がしてくるからいいよな。


 だが現実はそんなに甘くない。


 端的に表現するならば。


「野宿だな」


 人工的な光がまったくない獣道で、俺はフランを背負いながら呟いた。


 地面でゴロゴロしている石や、頭にかかってくる葉がうっとおしい。


 ついさっき次の街まで丸一日かかると言ったが、アマネがその事実を素直に受け入れることはなく。


 彼女はなんとかして野宿を避けるため、森を直進するルートを提案してきた。


 直進ってのはそのままで、つまり森の中を突っ切るってことだ。


 岩やら斜面やらが邪魔をする、まったく舗装されていない場所を突っ切るのだ。


 正規ルートを辿ったほうが絶対に早く森を抜けられることを俺は知っていたが、敢えてそれを伝えることはしなかった。


 なぜかって?


 俺は別に急いでないし、体力的にもこの獣道を歩くのはまったく苦ではないからだ。


 だが、俺以外の二人はそうではなかったようで。


「グ、グリムス......、ど、どうしてこんなことになったわけ......?」


 アマネは俺の後ろで息を切らしながら、文句を垂れていた。


 森に入ってから数時間もしないうちにこの状態だ。


 最初のころは『グリムス、悪いけれど私は野宿は絶対いやよ。だからこの森を直進することにしたわ。モンスターが出たり、変な障害物があったらあなたが取り除けばいいものね?たまには役に立ちなさいよ』と、言っていた。


 俺はそれに対して、『ああ』とだけ返答。


 その結果がこれだ。


「お、おかしくない?だって、私たちは直進してるのよ?なのにどうしてもう夜になってるのよ!」


(いつもだったら俺のことを筋肉バカだの、筋肉ダルマだの言ってくる癖して、こういったことに関しては疎いのな)


 俺はフランを背負いながらそんなことを思った。


「直進してるって言ってもそれは地図上での話しだろ?実際は高低差もあるし、歩きづらいってだけで移動速度は格段に落ちる。俺だけだったらなんとかなるが、お前は慣れてないからな」


「そ、そういうことはもっと早く言いなさいよ」


 いつもだったらこんな裏切り行為をすれば激昂するアマネも、いまは体力的に限界なのか、その声音は弱弱しいものとなっていた。


 これからはずっと獣道を使って移動することにするか、と俺は妙案を思いつく。


「怪物さん怪物さん」


 俺の背中が揺れた。


 流石にフランの歩幅を考慮して移動するのはめんどくさすぎるので、森に入ってすぐに俺が背負うことになった。


 だから彼女は体力的にまったく疲れていない。


「揺らすなっていってるだろ。なんだ」


「その茂みの先、気を付けたほうがいいと思いますよ」


 彼女は俺がこれから抜けようとしていた茂みを指差した。


「あ………?」


 モンスターの気配はないが、とりあえず警戒しながら茂みの中を進む。


 茂みを抜けるとそこには。


「うぉっ!」


 茂みを抜けたすぐ先、あと一歩踏み出せばラインを超える。


 眼下には断崖絶壁のように思える広い谷が、ガッポリと口を開けて広がっていた。


「な、なんなの?」


「おい」


 夢遊病患者みたいにふらついて谷底へとライン越えしようとしていたアマネ。


 俺は彼女の首根っこを掴んで間一髪のところで止めた。


「まさかこんなところに谷があったとはな」


「あ、あぶな......。グリムス、助かったわ....」


「それよりも、これは地図に載ってたか?」


 尻もちつきながら目をパチパチさせているアマネに俺は聞いた。


 恐怖に疲労も吹っ飛んでしまったのか、彼女はすぐに地図を取り出して確認する。


「う~ん.......あ、この微妙な黒い線みたいなのがそうかしら」


 彼女が地図上で指し示す場所を、首を傾けるようにして俺とフランは覗いた。


「みたいだな」

「みたいですね」


「あーあ。私としたことが完全に迂闊だったわ。賞金稼ぎからお金を山ほどぶんどれるってわかってればもっと精度のいい地図を買ったのに。この国には数年いるから大丈夫だと思って、完全に油断した」


 彼女はだるそうに頭を手でおさえると、溜息をつきながら地図を丸めた。


(地図代ケチったのかよ)


 あれだけ最短ルートで行くとかなんとか言っておきながら、地図代をケチっていたという事実に俺は落胆する。


 こいつもこいつで俺と同じように結構適当なところがあるよな。


 まあ、真っ当な人生歩んでるまともで真面目な奴がこんな組織に所属してるはずもねえか。


「で、どうすんだよ。見える範囲じゃ橋もかかってねえみたいだし。正規ルートに戻るか?」


 俺はフランを背負ったまま、茂みから頭を出して左右を確認した。


 月明かりしか光源がないので微妙なところではあるが、人工物は見当たらない。


 奇妙なモンスターの声が谷底からここまで響いている。


「元の道にもどったらもっと時間がかかるじゃない。もういやよ私は。歩き疲れたし、お腹も減ったし。グリムス、あなたなんとかしなさい」


「いつからお前はわがまま令嬢になったんだ?俺はお前の召使いじゃねえぞ」


 とは言っても、俺も元の道に戻るのはめんどくさい。


 急いではいないとは言っても、獣道を歩いていて楽しいことなんて一つもないのだ。


 俺の気配を察知しているのか、モンスター共も一匹も姿を表さないし。


 戦闘もなくただガキを背負って獣道を歩く。


 しかも後ろにはわがままな猫耳令嬢を連れて。


 なんだこれ?


 よくよく考えてみたら、これは罰ゲームか何かか?


「怪物さん。私、いいことを思いつきました」


 絶対に碌な案じゃない、とは思いつつも、それ以上の案が俺とアマネから出てくるとも思わない。


 俺は背中に背負ったガキの柔軟な思考に頼ることにした。


 子供ってのは特有の視点から斬新な発想を口に出すことがあるって誰かが言ってたしな。


「怪物さんが、私とアマネを背負って谷下に降りて、また昇ればいいじゃないでしょうか?」


「........」


(コイツ、俺を殺す気か?)


 自信満々な様子で俺の耳元に提案してきたフラン。


 俺は一瞬、彼女をこのまま背負い投げして谷底にポイしてしまおうかと考えた。


 そしてそれを実行に移そうと彼女のか細い腕を掴むと。


「いいわねそれ!フランちゃん!それで行きましょう!」


 隣で大声を出して立ち上がったアマネに邪魔された。


 わかったわかった。


 フランを投げ飛ばした後は、お前を突き落としてやるからちょっと待ってろ。


「ね、グリムス。たまにはあなたのその無駄な筋肉が人の役に立つってことを証明してみなさいよ!こんな機会滅多にないわよ?」


「頻繫にあってたまるかよ。っていうかな?俺の肉体は俺のためだけに存在してんだよ。てめえらを背負って谷を二往復するために存在してるんじゃねえ」


「二往復が嫌なら一度に二人を背負って行くというのは?それなら一往復で済むはずです!どうでしょうか!」


「『どうでしょうか!』じゃねえよ。回数の問題じゃない」


 こいつら揃いも揃って俺をなんだと思ってやがる。


 便利な運び屋さんとでも思ってんのか?


「じゃあ、他にいい案があるっていうの?」


「そ、それは——」


「ないでしょ?ないわよね?じゃあ、最も現実的で再現性があるこの案で行くしかないわ」


 こ、この野郎....。


「私だってあなたに負担をかけたくはないわよ?でもこれはそもそもあなたが、正規ルートの方が早く森を抜けられるって私にちゃんと伝えていれば避けられた問題じゃないかしら?」


 そ、それはそうだが。


 そうなんだが。


「でしょ?ってことはこの問題の責任はあなたにあるのよ」


 言われてみればそんな気がしてきてしまう。


 確かに俺が正規ルートの方が早く着くぞ、と言っていればこの問題は避けられた。


 ってことは俺が悪いのか?


 いやでもちょっと待て。


 そもそも森を直進してショートカットで抜けようと言ったのはアマネのやつで....。


「さっさと行くわよ!」


「おいっ!」


 考える暇を与えず。


 アマネはフランを上に押し上げるようにして、俺の背中にしがみついた。


 大木にしがみつく二人の女。


 俺の体幹はこの程度ではびくともしないので、なんとなくいけそうな気がしてきてしまう。


 だが。


「ゴーゴー!」


「ゴーです!ゴーゴー!」


 後ろではしゃいでる二人の反応がどうも癪に障る。


 なぜだろう。


 めちゃくちゃむかむかするんだが。


 人の身体にタダ乗りしやがって。


 ここはいっちょ、乗車賃として痛い目を見てもらうことにしよう。


「ちょっと、早くゴーしなさッ——ちょっとおおおおおおおおおおお!!!!」


「おー!!」


 二人を背負ったまま俺は回れ右。


 軽くジャンプすると重力にだけ従って、そのまま谷底へと急降下を始めた。


 物凄い風が下から吹き付ける中、俺は真顔で二人に聞いてみる。


「この谷の深さってどれくらいなんだ?」


「なああああに言ってんのよおおおおおおお!!」


 アマネはパニック状態に陥っているのか、最早会話不能だ。


「すごいです!すごいですよこれは!!」


 完全に興奮状態に入ってしまっているフランも会話不能。


 谷底は真っ暗だし、これは勘で決めるしかないな。


 俺は勘で決めた数字から頭の中でカウントダウンを始める。


 そしてそれがゼロになった瞬間。


「アブソードシールド!」


 粘着性のあるシールドを両手の部分に纏わせると、それを谷の側面にぶっ刺した。


 ガリガリと岩肌が砕けながら削られる。


 数秒するとズンッという重力が重くのしかかり、落下が止まった。


「ぴったりだったな」


 足元を見ればフラン一人分くらい先に崖の底が広がっていた。


 俺は側面から手を抜いて降りた。


「ふ、ふざけんじゃにゃいわよ......」


 ストン、くらいの衝撃で降りたにも関わらず、アマネは崩れ落ちるようにしてその場にへたり込んだ。


 生きているのか死んでいるのか、微動だにしない。


「それで怪物さん。ここからどうするんですか?」


 月光に白髪をきらめかせながら、フランはスッと俺の背中から降りた。


 こいつはどんだけ肝が座ってんだよ。


「アマネがこの状態じゃ当分上に上がるのは無理だな。アマネの荷物から地図を取ってくっるか?」


 俺が頼むとフランは気絶したアマネの荷物を漁り始める。


 流石の俺でもこんな状態になった女を背負って崖は登れない。


「あ、ありました。開きますね」


 フランが地図を開くと、俺たちは少ない月明かりを頼りに目を凝らした。


 地図を見てみれば、どうやらこの谷底に流れる川を下ることでも森を出ることができるようだ。


 というか、幸運なことに目的地である街の真ん中をこの川が流れている。


「どうします?川を下りますか?」


「そうするかあ」


 見ただけでも溜息が出そうな断崖絶壁を登るよりかは、俺も川を下りたい。


 俺は気絶したアマネを背負おうと、フランと横並びになるようにして川を下り始めた。


「そういえば、怪物さん」


「なんだ」


 フランは転がっていた小石を川に向かって蹴った。


 その石は奇跡的に二回ほど水面を跳ねる。


「........やっぱり、この話は」


 背負ったアマネが小声で『にゃむにゃむ』言っている。


 このやかましい耳にへばりつくような声を聞くよりかは、フランと話しているほうが幾分ましだ。


「なんだよ、することもないし言ってみろ」


 俺はそう思い返答する。


 すると俺の答えが意外だったのか、フランは一瞬こちらに顔を向けた。


 怪しいものをみるような、初めて見る反応に戸惑っているような、そんな表情だった。


「怪物さんは、運命って信じますか?」


 一体何の話かと思えば、そんなことか。


 どうしてこの状況でいきなり運命の存在について談義しなければならないのかは全く意味不明だった。


 俺は談義したくなかったので即答した。


「信じない」


 と。


「それはなぜですか?」


 フランは静かな態度で聞いてきた。


 月が川面に反射して、水の流れる音が心地よく響いている。


「なぜってそりゃ」


「そりゃ?」


 俺は理由を頭の中からひねり出した。


 今までの人生経験、そこから得た情報が脳内で集積し、弾けた。


「決まってないと思うほうが面白いからだろ」


「で、ですよね........」


 クスッと一瞬笑ったかと思うと、フランは安心したような表情で呟いた。


「それに俺は嫌だからな。自分がいつどこで誰に殺されると決まってるのなんてのは」


 そんな塗り絵みたいな人生を俺は送りたくないからな。


 仮に運命が決まっていて、終着点が存在していたとしても、それを知らずに俺は生きていたい。


 それを知るくらいだったらバカなままでいい。


 未来が見える奴がいるとしたら、きっとそいつはさぞつまらん人生を送っているに違いない。


「回答ありがとうございます。参考にしますね」


 フランが小石をまた蹴った。


 それは流れてきた大木の穴をすり抜けて、何バウンドもしながら対岸までたどり着いていた。


「なんだよそれ、すげえな」


 俺は真面目に感心する。


 コイツのスキルはまさか、蹴った物体を自由に操作するスキル、とかなのか?


「やってみます?コツは簡単ですよ」


「ああ、教えてくれ」


 俺は完全に熟睡したアマネを背負いなおす。


「信じるんですよ。イメージした通りの未来になるって。それだけです」


「は?」


 真面目に聞いたにも関わらずこの返答。


 フランのやつ、どうやら秘儀を教えたくないらしい。


 ま、それならそれでいいが。


「見てろよ」


 再び流れてきた大木を俺は見据えた。


 それに向かって一直線に石を蹴ると、目で追えない速度で石が飛んで行った。


 石は水面を跳ねることなく滑空、射線上にあった大木をバコンッ!と貫き、対岸の岩にめり込んだ。


「おお~」


「どうだ」


「中々やりますね、怪物さん」


 その後、俺たちは狂ったように石蹴りに熱中した。


 恐らく谷底にいたせいで、時間の感覚がおかしくなったのだ


 なんだかとても長い間、その場でフランと石蹴りをしていたような気がしたのは、気のせいだろうか?

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私をさらって怪物さん 寝静コハル @bakutoru

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