SS「宿暮らし」
朝が来た、にも関わらず俺は一睡もできていない。
原因は分かってるだろ?
「怪物さん!それでそれで!魔族領の八将軍と戦った次は誰と戦ったんですか!!」
昨日、というか今日のつい数時間前、俺はネストという継ぎはぎ男が率いる集団と戦闘を行った。
その後ぐっすりと気持ちよく眠られるかと思いきやそんなことはなく、ベッドに座ったフランによって事情聴取のような聞き取りが開始された。
戦闘のことについて根掘り葉掘り聞いてきたのだ。
彼女はどうやら、祭りが始まったのに起こしてくれなかったことを怒っているようだった。
その後完全に深夜テンションに入ってしまったフランの好奇心を止めることは俺にさえできず........。
ガキの好奇心ってのは凄い。
この任務が終わったら二度とガキとは関わらないことにしようと俺は誓った。
今は、俺がこれまで戦ってきたやつらのことを話している途中だ。
「魔族領のやつらと戦った次?あー、確かその次は........」
クソッ!!
睡眠不足も相まって頭がおかしくなりそうだ!
お前らならもうわかるだろ?
俺は昔のことを思い出すのが苦手なんだよ!
「その次は........ない」
だから俺は嘘をつくことにした。
魔族領の大将達と戦った後も色々なやつらと戦った気がするが、もう思い出せないし思い出したくない。
フランには悪いがお話はこれで終わりだ。
「今、思い出すことを放棄しましたね」
「してねえ」
何だコイツ。
心が読めるスキルでも持ってるのか?
「はぁ、まあいいです。怪物さんがかなりエキサイティングな人生を辿ってきたことは十分わかりましたから」
溜息をついたフランはベッドから降りる。
(溜息つきたいのはこっちなんだが)
ネストの部下が火球でぶっ壊した壁からは、まぶしいほどの太陽の光が目一杯差し込んでいる。
彼女はその光を小さな身体全体で浴びるようにして伸びをしていた。
「いつの間にか朝になってしまいましたね」
「お前のせいでな」
「怪物さん。朝食を食べに行きましょう!」
「お前が仕切るな」
あぐらをかいていた俺も立ち上がると、宿主さんが怯え切って逃げ出していないといいのですが、と言ってフランは俺の前を歩く。
「そういえば、遠目から見ていたのではっきりとはしないのですが、森の中に怪物さん以外にも誰かいました?」
気分よさそうに腕を後ろで組んでフランは歩く。
おそらくその誰かとはアクネスのことだろう。
俺がデザートに取っておいたネストの首をあいつが取ったことはフランに話していない。
思い出しただけでむかむかしてくるぜ。
あいつはいつもそうだ。
拝金主義者で合理主義者でもあるアクネスは、俺とはまったくそりが合わない。
例えば食事の時。
俺がその店でメニューを頼もうとすると、あいつは必ず横から口を出してくる。
俺ではなく店員に。
「この立地、このメニューでこの値段はあり得ないでしょう。もっと安くできるはずです。中途半端な価格が一番良くないですよ?こんな辺鄙な場所に宿を構えて商売するなら、口コミになるくらい格安メニューにして集客を狙うべきです。まずは認知されることからはじめなければ商売は——」
そうそうこんな感じで。
っておい。
「あ!狼人間さん!!」
フランは宿主に駄目だししている迷惑な客を指さした。
部屋から一階に降りてくると、備えられた食事の席にアクネスが座っていた。
アクネスは通路側に座っていたので、俺は対面の壁側に座る。
「おい。宿主の顔を見ろ。誰もお前の意見なんぞ聞きたくないらしいぞ?」
俺が席に着くと、いつも通りフランは俺の隣に座った。
そこはアクネスと丁度対面の位置で、フランは止まらない好奇心をその目に宿しながらアクネスの顔をじっと見つめていた。
「俺は親切でアドバイスしているだけです。こんな立地最悪の場所で経営をするのは大変ですからね」
アクネスが宿主から視線を外すと、ここぞとばかりに早歩きで宿主は奥の厨房へと消えていった。
アクネスはこう言っているが、余計な親切だったようだ。
「死体からの集金はもう終わったのか?」
「ええ。一ドラも残すことなく回収できました。骨が折れる作業でしたが、資源は有効活用しなくては——」
「あーはいはいそうですか」
アクネスという男はこの通り、ダンジョンに潜ったら隅から隅までルートを潰さないと気が済まないタイプの男だ。
隠し部屋も隠し宝箱も全部開けないと外に出ない。
一方俺は、ラスポスと戦えればそれ以外はどうでもいい男。
隠し部屋があろうが素通りして、なんなら壁をぶち抜く勢いで最短距離でボスまで行きたい。
そんな俺たちの馬が合うってほうがおかしな話だろ?
「怪物さん。今日の朝食はどうしますか?」
フランはメニュー表を立てながら悩んでいるが、この宿にはそれほどメニューはないらしい。
見開き一ページだ。
別にそれは珍しいことじゃないが、最近羽振りがよかった俺たちは結構値段高めの宿に泊まっていたこともあって、なんだが物足りないような気もする。
いや、選択する手間が省けたと前向きに考えるべきか。
「好きなの選べばいいだろ」
一番安いメニューを選んだ俺は、それを指さして厨房にいる宿主に伝えた。
宿主は首を縦にぶんぶん振って調理に取り掛かる。
「う~ん。選択肢が少ないというのも考えものですね」
フランはそう言いながらメニュー表とにらめっこを始めた。
「そういえばあなた、名前は何でしたっけ?」
既に朝食を食べ終えたアクネスがフランに聞いた。
フランはメニュー表を見ながら答える。
「フランです」
「では、フラン。あなたにいいことを教えてあげましょう」
(あーあ。始まっちまったよ。拝金主義者のうんちくが.....)
俺は溜息をついて古びた木製の壁の木目を数え始めた。
1、2、3。
飽きた。
「粗利、というものをご存じですか?」
「えーっと確か、メニューを作るのにかかった費用を値段から引いたら出る金額でしたっけ?」
「はい。売り上げから原価を引いたときの金額ですね」
つまらねえ話しが始まっちまったぞ。
はやく料理来ねえかなあ。
「幸いにもこの店のメニューはたったの三つ。一番安いの、一番高いの、そしてその中間にあるメニューです」
この宿は朝食にそれほど力を入れていないのか、アクネスの言う通り見開き一ページのメニュー表にはメニューが三つしか載っていなかった。
「ではフラン。あなたにここで質問です。この三段階のメニューの中で、お客さんに一番選ばれやすいメニューはどれだと思いますか?」
アクネスが尋ねると、フランはメニュー表を置いて目線を上に向けながら黙々と考え始めた。
そして十秒もしないうちに答える。
「わかりました。真ん中です」
「正解です。中々筋がいいですね」
(一番安いメニューじゃねえのか......)
「つまりこの法則に従うならば、お店は一番真ん中の、お客さんに選ばれやすいメニューの粗利を高く設定すれば効率よく設けられるというわけです」
「ってことは、お客さんである私たちは真ん中のメニューを選ぶことによって割高な選択をしているってことですか!?」
「そうなりますね」
腕を組みながら目を閉じてアクネスは頷いている。
なんとも偉そうな姿だ。
ガキにうんちく垂れて教師気取りかよ。
ふと俺が目線を厨房に向けると、料理をしていた宿主が首を全力で横に向かって振っていた。
「ではもうどのメニューを選ぶべきか悩むことはないでしょう」
自信満々な態度でアクネスはフランに聞いた。
真ん中のメニューが割高ってことは、それ以外の二つを選べばいいわけだ。
そして俺たちは金をたんまり持っている。
ガキであるフランなら一番高いメニューを選ぶだろう。
ガキってのは物の価値を値段で判断しがちだからな。
それに一番安いメニューは俺がもう注文したし、同じのを注文する理由もない。
「わかりました!」
「ええ」
「では、真ん中のメニューでお願いしまーす!」
「はい。……ん?いまなんと........?」
その答えにアクネスは面食らった顔をした。
俺はその顔を見て腹を抱えて笑う。
「ぶっ!ははははっ!!こりゃ傑作だぜ!散々ガキにうんちく垂れておきながら、それを完全に無視されるなんてなあ!!よくやったぞフラン!あはははは!!」
目をパチパチさせながら、アクネスはフランをじっと見つめていた。
どうやら何が起こったのか状況を読み込めていないようだ。
「な、なぜ?」
驚愕した顔でフランに問う。
「だって、一番安いメニューは怪物さんが選びましたし、一番高いメニューは狼さんが選んでましたよね。それなら私が真ん中を選べばコンプリートじゃないですか」
「い、意味が分からない。だってあなたさっきまでどうしようか考えてたじゃないですか。だから私が選択肢を狭めてあげたのに........」
「なんかこっちのほうが面白そうだったので」
その答えに再び声を失うアクネス。
やつは俺とフランを比べるように見た。
そして。
「ガキが二人ってわけですか」
と、小さく呟いた。
それを聞き逃さなかった俺は、腹のそこから声を出す。
「あ?お前今なんつった?」
「だから、ガキが二人って言ったんですよこの筋肉ダルマ」
吐き捨てるようにセリフを言うアクネス。
それに対して俺は。
「おい、ガキに裏切られたからって俺に当たるのはやめろよ。残念だったな、お前のうんちくが通用しなくて。あ~でもそれもそうか。所詮お前の話は全部、机上の空論だもんな?だからいつまで経っても実践派の俺に勝てねえんだよ」
この通り、全力で煽った。
「は?俺はお前に勝てない?いつ俺があなたに負けたっていうんですか。これまでの勝負はすべて私の全勝のはずですが?」
俺とアクネスはこれまで何度も殺し合いをしてきている。
任務が被るたびにそんなことをするもんだから、最近はまったくコイツと一緒の任務には割り振られていなかったのだが。
いい機会だ。
そろそろ決着をつけようじゃねえか。
ちなみに俺がアクネスに負けたことは一度もない。
こいつが言ってることは全部でたらめ、机上の妄想、苦し紛れの負け惜しみだ。
「お前の全勝?んなわけねえだろ。俺の全勝だろうが」
「相変わらずの記憶力ですねぇ。その小さい脳みそでも覚えられるように、今度こそ徹底的に身体に覚えさせてあげますよ」
「ああ、やってみろよ」
バチバチに殺気を飛ばしあう俺とアクネス。
間に挟まれた古い木製の机は、ミシミシと音を上げていた。
机の表面に亀裂が走り、細かい木くずが飛ぶ。
「表に出ろ」
「ええ。望むところです」
俺たち二人はバンッと立ち上がった。
と、同時に。
「あ。メニューが来たみたいですよ、怪物さん」
俺とフランが注文していたメニューがやってきた。
「ど、どうぞ」
馬鹿正直にも、店主は全身を震え上がらせながら二人分のメニューを机の上に置いた。
「喧嘩するなら食事を食べてからにしてください。冷めてしまいますよ?いただきまーす」
立ち上がった俺たちには目もくれず、フランは食事に手をつけ始めた。
俺とアクネスはその姿を見て、お互いの顔を見て、席に座った。
冷めないうちに食べるべき、というフランの意見はもっともだ。
こんな拝金主義者よりも料理のほうが大事だよな。
「俺がこれを食ってからだ。それまで待ってろ」
「いいですよ。なんなら消化するまで待ってあげてもいいです。俺は大人ですからね」
へっ。
「ちゃんと待てができて偉いな?ワン公」
「て、てめぇ........」
俺はニタニタ笑いながら、パスタみたいな麺にフォークをぶっ刺して食べた。
(クソまじい)
味は最悪だが、悔しがってるアクネスの顔を見ながら食べると数段マシになった。
今度からはこいつを対面に座らせて煽りながら、その顔をスパイスに料理を食うとするか。
「二人は、喧嘩するほど仲がいいって言葉知ってますか?」
「知らねえ」
「知りません」
料理を食べ終わると、宿代と朝食代を置いて宿を出た。
宿主は機嫌よさそうにまいどーと言いながら俺たちを見送っていた。
なんとも能天気な親父だったな。
「ここらでいいか?」
「俺はどこでもいいですよ」
森の中の少し開けた場所までくると、俺とアクネスは向かい合った。
俺は首を鳴らし、アクネスもストレッチをするように手首と足首を揺らす。
「ちなみに前回の勝負はどっちが勝ったんですか?」
戦闘態勢に入ろうとする俺たちを前に、フランは少し離れた場所から声をかけてきた。
「俺だ」
「俺です」
それに対して二人同時に答える。
「やっぱり似たもの同士じゃないですか」
ボソッとそんなことを言う彼女の声が聞こえてきたが今は無視だ。
今回は容赦しねえ。
戦闘不能になるまでボコボコにしてやる。
「ではフラン。合図をお願いします」
頼まれたフランが手をあげると、俺とアクネスはその時を待った。
「よーい。はじ——」
「ちょっと。何してるのよ、あなたたち」
が、その手が降り下ろされる直前。
邪魔が入った。
邪魔してきたのは猫耳を生やした女だ。
「まさか、任務中に殺し合いしようとしてたんじゃないでしょうね?メンバー間での殺し合いはご法度だって忘れたの?」
「アマネ、これは男と男の戦いだ。邪魔すんじゃねえよ」
俺はアマネに忠告をした。
この戦いは誰にも止められない。
いや、止めさせない。
「うっさいわね筋肉ダルマ。男も女も関係ないでしょうが」
「なっ。おい!誰が筋肉だる——」
「それにアクネスも」
俺のことは無視…だと....!?
「あなたまでグリムスのペースにのってどうするのよ。しょうもない喧嘩してガキじゃないんだから。さっさと任務終わらせるわよ。それともなに?この状況はあなたの言う合理的な判断の結果なのかしら?」
「そ、それはですね........、いや俺だって——」
「言い訳はいいわよ。フランちゃん、もう行くわよ」
「はーい」
そこにはぽつり、筋肉ダルマと拝金主義者が残った。
「命拾いしたな」
「そちらこそ」
行き場を失った俺たちの闘志は、まあ、次の機会に発散するとするか。
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