SS「幸せな日々」

 ※グリムスと会う前のフランの日常です。




 朝がきました。


 窓から差し込む太陽の光が、自分の白髪に反射してまぶしいです。


 ベッドから飛び上がった私は、さっそくこの最強のスキル『時間転移』の実験兼特訓に励みます。


 っと、その前に。


「フラ~ン!起きたなら朝食を食べに来なさーい!」


 一階から予想通り聞こえてきたお母さんの声に、私はキリッとした表情で静かに頷きます。


「ふっ。やはり、ぴったり起き上がってから五秒でしたか」


 実は、昨日寝る前にこの未来を視ていました。


【起き上がってから五秒後にお母さんが私を呼ぶ】


 視た通りのことが現実になりましたね。


 思わず自分の全能感に浸りたくなってしまいます。


(今日の朝食は私の好きなジャムを塗ったトースト)


「今日はあなたの好きなトーストを作ったわよー!」


(当たりだ)


「はーい」


 適当に返事を返した私は、部屋から出て一階に向かいます。


 スキルに気がつく前だったら、『言われなくてもわかってる!』と、朝が弱い私はいつも怒鳴るように返事していたのですが、このスキルに気が付いた今ではその『言われなくてもわかってる』という意味が変わりました。


 文字通り今の私は、言われなくても”未来が”分かっているのです!


 まあ、自分が視た未来だけですが。


 席に座るとお母さんが、お皿にのせたトーストにジャムを塗ってくれました。


「はいどうぞ」


「いただきまーす」


 寝癖がついたままの髪でトーストにかぶりつく私。


 やっぱりトーストにはこのジャムしかあり得ません。


 どうやって作られているのか詳しくは知らないのですが、なんでも強力な魔物が住まう森の奥深く、そこに咲く花の蜜から作られているのだとか。


 採取してきてくれた冒険者には感謝ですね。


 それと、その蜜からジャムを作ってくれた職人さんにも感謝です。


 いつか私が最強の魔法使いとして冒険者になったら、その森のモンスターを一匹残らず根絶やしにしてこのジャムの大量生産体制を構築してみせます。


 まってろよ!


 モンスター達!


「そういえばフラン」


「なに?」


 対面に座ったお母さんは、微笑みながら私の髪をなでます。


 私のこの白髪はお母さん譲りです。


 お母さんは目立つ白髪のことで小さいころにいじめられていたらしいのですが、それをお父さんが助けてくれたみたいです。


 そこから二人は恋に落ちて.......ってなんだかうげぇ~って感じですよね。


 話がそれました。


「この前魔力適正?みたいなのを測ってもらったわよね?その通知が来てなかったかしら?」


「私は知らないけど」


 この街に住む子供はある年齢になると魔力適正とスキルの検査を行います。


 国が小さいころから優秀な人材を育成するための施策だそうです。


 その検査を行った時には既に私のスキルは発現していたので、私は検査を受けるかどうか迷いました。


 不安な気持ちが少しだけあったのです。


 一応検査を受けるのは義務なのですが、やり過ごそうと思えばいくらでも方法はあります。


 でも、こんなに強力なスキルが国の偉い人にバレてしまったら?


 私は何度も何度も考えました。


 その結果導き出された答えは。


『きっと......私は英雄扱いされるに違いない!』


 でした。


 私は前向きに考えることにしたのです。


 ということで意気揚々と検査を受けてきたのですが、結果がまだ帰ってきてないみたいです。


 はて?


 なぜでしょう?


 とんでもないビックサプライズを国が用意しているとか?


 未来を視てもいいのですが、最近気づいたことがあります。


 それは、未来は分かりすぎても面白くない、ということです。


 今食べているトーストだって、きっと未来を視ていなければ幸福感と驚きは二倍くらい高かったに違いありません。


 だから未来を視る時は慎重にしています。


 みなさんも頻繁に未来視はしないほうがいいですよ。


 刺激の少なく面白くない人生になってしまうこと間違いありません。


「あなたも知らないのね。お父さんにも聞いてみたんだけど、あの人も知らないっていうのよ。通知はとっくに来ていてもいいはずなのにね?」


「ね~」


 適当に返事を返した私は、ごちそうさま!と言って席を立ちます。


「また例の実験をするの?あなたはまだ小さいんだから、ほどほどにしておきなさいよ」


「わかってる!」


 この通り、お母さんはまだ私のスキルのことを信じていません。


 何度も未来予知をしてみたのですが、『まあ、そういうこともあるわよね~』と流されました。


 どうもこの人はマイペースなところがある。


 あなたの娘は世界最強のスキルを持って生まれたというのにそれに気が付いていないなんて。


 でもその分、私が大きくなって名声と富を手に入れたらすごく驚いてくれるに違いありません。


 その時が楽しみです。


 私は椅子を戻すと、階段を駆け上がって部屋に戻ります。


 後ろからは髪の毛くらい直しなさ~い、という声が聞こえてきたのですが、その声は右から左へと通り抜けていきました。


 通り抜けたということは、気にしなくていいということです。


「さて、今日も実験をしますか」


 部屋の扉に鍵をかけた私は、ぐ~っと両手を伸ばしてから作業に取り掛かります。


 まずはベッドをなんとか移動させて念のため扉を塞ぎます。


 次はなんとか机を動かしてそれを部屋の中央に。


 最後になんとか窓を閉めて部屋の灯りを消せば、怪しい魔女の実験空間の出来上がりです。


「あ、真っ暗で何も見えない」


 私としたことが、ろうそくに火をつけるのをうっかり忘れていました。


 でも安心してください、大丈夫です。


「スキル発動、と」


 部屋の灯りを消す前に戻ってきました。


 つい五秒ほど前です。


 このくらいの過去に戻るのにはほとんど魔力を消費しません。


「ろうそくに魔法で火をつけて、と。これでよし」


 再び部屋の明かりを消して、ようやく怪しい魔女空間ができました。


 オレンジ色の灯火がチロチロと部屋に私の影を伸ばす中、実験開始です。


「今日の実験は未来は確定しているのかどうか、ですね」


 実験のノートに記されたチェックリストには既にいくつかチェックがつけられていますが、今日やる実験はこれです。


 要は未来は決まっているのか?ってことですね。


 今のところ、未来を視た後にそれを変化させようと思って過去で行動を起こしたことはありません。


 基本的には未来を視たら過去に戻って、答え合わせをしてるだけです。


 理由としては様々ありますが、私のちょっとした行動が影響して、未来を斜め上方向に変化させてしまう可能性があるのが怖いからです。


 例えばこれは考えすぎかもしれませんが、ある商人がいたとします。


 彼は荷物を運んでいました。


 しかし、その途中で荷車が溝にはまってしまい動けなくなる。


 それを見た私は過去に戻って『その先に溝があるので気を付けてくださいね~』とか言って事故を未然に防ぐとします。


 ここまでなら、ちょっとした人助け。


 誰も傷つかないみんなハッピーな世界です。


 でも私が助けたことによってその未来だけではなく、さらに先の未来も変わっているはずです。


 もしかしたらその商人が遅れたことによって失敗するはずだった商談が、私が助けたことによって成功してしまい、歴史に大きな変化の波を生む可能性だってあるわけです。


 でもその一方で、私には一つの仮説があります。


 それが、この世界には絶対に変えられない運命力のようなものが存在している、ということです。


 世界にとって些細なことだったらその未来を変えることはできるけれど、運命力の強い未来は歴史の本流を変えることになり、それは決して変えることはできない、みたいな法則があるのでは?と考えています。


 例えるなら、川にある小石をどかすことは誰でもできるけど、それだけでは川の流れは変わらない。


 かと言って一人の人間の力では、川の流れを変えるような巨大な岩は絶対に動かせない、みたいな感じです。


 まあ、難しいことは置いておいてとりあえずやってみましょう。


 ここで実験方法を紹介。


 まずコップを二つ用意します。


 裏返して机の上に置きます。


 次にマジックアイテムの指輪を用意します。


 私のおばあちゃんがくれたとても高価なマジックアイテムです。


 おばあちゃん曰く一人の人間の人生を変えるくらい高価らしいです。


 もう一つはサイコロのような魔道具です。


 なんとも不思議な魔道具で、真っ暗闇に一定時間晒すと、ランダムで爆発するというものです。


 爆発といっても家一つを飛ばすような爆発じゃないですよ?私の部屋を焦がすくらいの爆発です。


 冒険者がダンジョンなどで迷ったときに持っておくと安心な魔道具だって、魔道具店の店員さんは言っていました。


 爆発の衝撃に仲間が気づいて助けに来てくれるってことなんでしょう。


 でも、爆発したら持ってる冒険者さんは相当のダメージを負ってしまうのでは?と私が聞くと、飢え死にするよりかはマシだろ?と言っていました。


 冒険者、思っているよりも過酷な職業なのかもしれません。


 もしくはこの魔道具がかなりの欠陥品なのか。


 売れ残っていてとても安かったので、後者の可能性が高いです。


 まあそんな裏話は闇の中に葬り去るとして。


 さあ、この人生を変えるくらい高価なマジックアイテムと、暗闇で爆発する魔道具をそれぞれ裏返したコップの中に入れます。


 それを見ないように上手いことシャッフルすれば......。


「これでもうどちらに入っているのかわかりませんね」


 机の上には中身の分からない二つの裏返しになったコップ。


 中には時限爆弾と高価な指輪。


 どちらか一方しか開けられないとします。


 爆弾を引き当てれば私もこの部屋も無事で済みます。


 一方、高価な指輪を引き当てたらバッドエンドです。


 その場合、この部屋は焼け焦げて指輪もどこかに吹っ飛んで、まだ小さい身体の私は致命傷を負うことになるでしょう。


 どうしてそんなリスクを追うのか?


 先ほど説明した私の運命力仮説では、歴史に大きな影響を及ぼす結果は変えることができません。


 最初から決まり切っているのです。


 では実験のために、歴史に大きな影響を及ぼすであろう人物や出来事をどうやって見つける?


 そうそう見つけられるものじゃありませんよね。


 世界を救う英雄が私の家の隣に住んでいるとは思いませんし。


 そこで私です!


 そう、私自身が実験台になればいのです!


 時間転移なんてスキルを持った私は十中八九世界に大きな影響を与える人物になります。


 つまり、運命力仮説が正しければ、この実験を過去に戻って何度繰り返したとしても、私が指輪を引いてバッドエンドになることはないということです。


 だって私は世界が必要とする巨大な岩だから!


 よし、説明も終えたところで四の五の言わずさっさと始めてしまいましょう。


 私は二つあるうちの一つ、右側のコップを裏返しました。


「あ、指輪だ」


 直後、左にあったコップが爆発。


 私はすかさずスキルを発動して実験を開始する前に戻りました。


「ど、どういうこと........!?」


 戸惑いながらも私は、もう一度同じ工程を進めました。


 目を隠して、指輪と爆弾をコップの中に入れて、それをシャッフル。


 これで、どちらに入っているかわからない状態になりました。


「よ、よし。さっきは右を引いたから、今度は左を引いてみよう」


 私は左のコップを引きました。


「指輪だ」


 また爆発しました。


 過去に戻ります。


「お、おかしい。私はここで爆発を起こす運命だってこと......?」


 再び実験を行い、今度は右を引いてみると。


「ば、爆弾だ....」


 今度は爆弾を見事に引くことができました。


 ろうそくの灯りにサイコロみたいな爆弾をかざすと、点滅していた赤い光が収まりました。


 今回は爆発を防ぐことができたみたいです。


「ってことはつまり、運命力なんてものは存在しなくて、未来は変えられるってことか...」


 この通り、なんとも前向きな実験結果となりました。


 未来は変えられる。それがたとえどんなに残酷な未来だったとしても。


 SF小説の帯になってそうなフレーズですね。


 観測するまで未来は確定しないみたいです。


 これで運命力仮説は否定されたわけですね!


 え?


 私が歴史の流れに大きな影響を与えるような巨大な岩じゃなかった可能性があるだろって?


 だから運命力が働かずに結果が変化したんだろって?


 いやいや、それはありませんよ。


 だって未来と過去に行けるスキルをもった時間旅行者、私はトラベラーなんですよ?


 この世に存在するどんなスキルよりも強力なスキルを持っているんです。


 それなのにその辺の石ころみたいに簡単にどかせるはずがありません。


 世界にとって重要な存在のはずなんです私は!


「そうだ。そうに決まってる。国から検査の結果が来ないのだって、きっとこの国で何か大きな出来事が私の知らないところで動き始めてるに違いない」


 ろうそくの火に顔を照らされながら私は呟きました。


「私がその辺でぽっと死んでしまうなんてあり得ないもんね」


 部屋の灯りをつけて窓を開けると、ちょうど外に、出張帰りのお父さんの姿が見えました。


「おーいフラ~ン!帰ってきたぞー!」


 まるで私が窓を開けるのを知っていたかのように、瞬時に手を振ってきたお父さん。


 もしかしたらお父さんも私と同じスキルを所持しているのかもしれない。


 このスキルは代々家に伝わる血統スキルなのかも。


「おーい!聞こえてるかー?」


 無言で手を振り返した私は、急いで階段を駆け降りました。


 色々と考えたいこと、試してみたことはあるけれど。


 とりあえず今日は。


 久しぶりに帰ってきたお父さんと一緒に、家族みんなでを楽しみたいと思います。


 ぎゅっとお父さんに抱き着くと。


「おかえりなさい!お父さん!!」


「ああ。ただいま」


 最強の魔法使いになるのは、もう少し後でもいいかもしれませんね。

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