第8話 社畜な俺っちが、有名クランにスカウトされた件について

 ブラックパンサー大使館にある大部屋。

 そこにはブルーヴァルキリーとブラックパンサーのリーダーが顔を合わせる。


「では……こちらの提案を受ける気はない。そういう事だな」


 ブルーヴァルキリーリーダー、国枝楓は険しい表情でそう言った。


「何度も言わせんな、俺様は平和同盟何かにはぜってぇ加盟しねぇ――戦争してぇって言うなら喜んで受けるぜ」


 ブラックパンサーリーダー、剛力雷蔵はその恵まれた巨体をさらに大きく見せるように、豪快に笑ってみせる。


「せやから、うちらの同盟は戦争せんって取り決めしとるのにするはずないやろ? そこん所どうなってるんや、そっちの副リーダー」


 ブルーヴァルキリー副リーダー、小紫智子は雷蔵の発言に苦言を呈する。


「残念ですが、我がクランの方針とは全く相容れないようですね。提案を断らざるを得ないかと」


 ブラックパンサー副リーダー、恋川風音はメガネをクイッと上げて結論を端的に言う。


 両者一歩も譲らず、話は平行線。

 話し合いが始まって一時間近く立っているが、お互いに睨み合いが続くのみで話にならない。


 バン! と私は机をたたく。


「そもそも、そっちから仕掛けてきたのに提案を受けられないとは、どういう要件だ!」


「だ・か・ら、それ以外なら条件次第じゃ受けてやるって言ってんだろうが?」


「せやから、さっきからこっちが提案しとるのに、全て突っぱねるやん? ――ほんとに受ける気あるんやろな?」


 智子が半眼で雷蔵を見ると、はっと鼻で笑われる。


「聞いたうえで断ってんだよ。もう縛られる法律がないんだ。やりたくもねぇことを聞く必要がどこにある? ――不満があるなら、力づくでこい。強い奴が正義。それがここでのルールだ」


「はぁ……やっぱそこに戻るんやな?」


「それがここでの唯一のルールですので、郷に入っては郷に従え、ですよ?」


 風音はクスクスと笑う。

 やはり、最初から話を聞く気はない……ということだな。


「時間の無駄だったな」


「だろうな、宣戦布告かと思って話し合いに応じてやったのに来てみりゃ、同盟の誘いなんてな? 俺様が受けると本気で思ったか?」


 雷蔵が半笑いでそう言うと、智子は肩をすくめる。


「ワンチャンに賭けたんやけどな?」


「では、本当に無駄足でしたね」


「――ほんまにな」


 全員が席を立ち、部屋から退出仕様とした時だった。


「……な……メ――ォォォッ!!?!!」


 外から男の絶叫が、部屋の扉を挟んで聞こえてくる。

 壁の防音が部分的に機能していて、何を言ってるのかまでは分からなかった。


「な、何だ?」


「声からして、男の声やな……何かしっとるか?」


 智子は真っ先にブラックパンサーを疑ってかかる。


「さぁな、うちの連中は馬鹿が多い。そっちの奴らにでも手出した奴でもいるんじゃねぇか?」


 ニヤニヤと雷蔵は面白そうに笑う。

 外にはブルーヴァルキリーの警護のみんなが!


「花澄!」


 私は勢い良く扉を開ける。

 するとそこには……。


「兄ちゃん、久し振りにゲームしよう♪ 今度こそ勝って見せるからさ♪」


「俺っちは今仕事中で――って近い! 近いっす!?」


 花澄がスーツ姿の男に嬉しそうに話しかけてる姿だった。

 それも……異様に距離が近く、仲良さそうに、だ。


 しばらく放心状態だった私の隣から雷蔵が顔を出す。


「ほう? あれが例の配信の嬢ちゃんか。隣の男は――うちのもんみたいだが、あんな奴いたか?」


 雷蔵が顎髭をいじりながらそう言うと、風音がタブレットを操作しだす。


「我々の傘下クラン、ブラックスミスのメンバーのようですね。名前は松岡夏梅、ただの平メンバーです」


「じゃあ、俺様が分からねぇのも仕方ねぇな」


 喧しい程大きな声で雷蔵が笑うが、私の心は全く冷静でいられない。


 妹が……私の妹が……男に取られる…………。

 ――そうだ。


「まだ、謝意の件は有効か?」


「あぁん? 内容次第で――」


「なら、あの男をこちらによこせ。それで今回の件は、不問にしてやる」


「……へぇ」


 雷蔵はニヤリと笑って、風音とアイコンタクトをとる。

 コクリと風音が頷く。


「むしろ、あんなのを渡すだけで、チャラになるなら安いもんだ」


「あぁ、それでいい。あいつに少し聞きたいことが出来たからな」


 その時、傍から見ている智子は思った。


 ”あっ……これ楓、完全にブチギレとる……”


 心の中で静かに夏梅という男へと黙とうしたのだった。



 □□□


 やぁ、俺っちの名前は松岡夏梅、二十歳。

 彼女いない歴イコール年齢の非モテ男子っす。


 そんな俺っちは、いつものようにブラック企業も真っ黒なブラッククランで働いてたある日、いつものように仕事に来たら、とびっきりの美少女が俺っちに駆け寄ってきて、お兄ちゃんと呼び出したっす。


 その子は、五年前によくゲームで遊んだ子でよく俺っちに懐いてくれてたっす。俺っちは昔、その子を美少年だと思ってたんすが、まさかの美少年じゃなくて美少女!

 ラブコメ展開か! と、叫びたくもなりますっす。


 しかも、その子のお姉さんはブルーヴァルキリーのリーダーで、俺っちを何故かブルーヴァルキリーのスカウトしたらしいんっす。

 ブラック社畜だった俺っちが、美男美女が多いと噂の有名クランにスカウトされた件について――確かにここだけ聞けば、ついに俺っちもハーレム系主人公になって勝ち組では!


 ――そう思ってた時期が俺っちにもありました。


 俺っちの体は全身縛られた状態で宙吊り状態。

 目の前には、瞳がギラギラと輝き、物騒な槍を携えたブルーヴァルキリーのリーダーが立っている。


「最後に言い残したことは?」


「色々ほんと待って欲しいっす!!?」


 体をジタバタさせるが、縄がキツく結ばれており、全く身動きが出来ない。

 そんな中、俺っちの頬に槍の尖ってない先部分が当たる。


「私の妹に手を出したんだ。貴様に残された選択肢は、デス・オア・ダイのみだ」


「死以外に選択肢はないんっすか!?」


 誰かに助けを求めて、目線を送るが、いるのは何故かこちらを興奮した様子で見る青髪おさげの少女。

 その子は体をくねらせている。


「リーダーと縛りプレイ……いい♪」


「その先に待つのは死のみっすけどね!!」


 じゅるりと青髪の少女がよだれを垂らしている。

 この人、ただのドMの子だった!

 せめて、推〇の子の方がよかったなぁ……。

 もう、この子に助けを期待するのは無理そうだ。


 クルクルと花澄のお姉さんは槍をバトンのように回す。


「殺す殺す殺す殺す殺す――」


「だ、誰か助けてっす!!?!!」


 俺っちが、叫ぶとスッと花澄のお姉さんを手で制止してくれる女神がいた。


「まぁ、待ちいや?」


 関西弁の紫髪のお姉さんが俺っちを助けてくれた。

 今あなたは俺にとっての天使に見えるっす!

 ありがとう見知らぬ美少女さん。


「邪魔しないで智子! そいつ殺せない」


「一昔前のヤンデレか!? いや、殺すのはもったいないやろ? だって――」


 ニカリとギザギザな歯を見せて、智子と呼ばれていた女性は笑う。


「貴重なツッコミ役や、うちにはボケ役しかおらんし」


「そんな理由で助けたんすっか!?」


「――冗談や、冗談……あはは」


 全く、冗談の言葉に聞こえないんですが!?

 智子さんの声から、切実な願いな感じがしたんすけど。

 ……大丈夫なんすか、このクラン。


 智子さんは俺っちに振り返る。


「質問がいくつか答えたら解放したるから、今は寛仁な? 後ろのおっかないのに貫かれたくないやろ?」


「ガルルルル!!!」


 獰猛な肉食獣みたいな唸り声を花澄のお姉さんがあげる。

 死にたくないのでブンブンと首を必死に縦へ振った。


 智子さんがタブレットを操作する。


「まず、ブラックパンサーについて知っとること話してや、特に内部事情系を、これ聞ければ一番手っ取り早いんやけど――」


「俺っちは下っ端メンバーなので、あまり詳しくないっす――最近どんどんブラック業務になってるってことしか」


「せやろなぁ……」


「やっぱ殺すか」


 花澄のお姉さんが真顔で、カンと槍の柄で地面を叩く。


「ひっ!?」


「すぐ殺そうとすんなや!? というか、情報知ってそうな奴をヘッドハンティングせず、私情で引き抜いた楓にも責任あるんやからな? 反省しぃや?」


 シュンと花澄のお姉さん――楓さんが小さくなる。

 あの人を一蹴した!?

 もしかして、智子さんがこのクランの真の最強なのでは?


 俺っちがそんな馬鹿な考えをしていると、智子さんがコホンと咳払いする。


「次や、妹ちゃんとの関係とか出会ったきっかけは? あれだけ懐くのには理由があるんやろ」


「そうだ! 私の可愛い妹を子供の頃から籠絡してたんだろ!! このロリコン!!!」


「ちょっとシスコンは黙っとれ」


 ガン! と智子さんの持ってたタブレットが、楓さんの頭部にクリーンヒットさせる。

 痛そうにしている楓さんと、それを見てドMの子が鼻息を荒くしている。


「お姉様! わたしにも!!」


「お前は喜ぶだけやろが!? 無視や無視」


「放置プレイ……それも堪らない♪」


 はぁ……と、智子さんは深いため息をつく。

 ――ほんと苦労してんだな。

 ちょっと、智子さんに同情してきたよ。

 この会話を早く終わらせるためにも俺っちは思い出しながら話す。


「えっと、きっかけでしたか? 確か、こっちに来た時にたまたま足を骨折して入院したんすけど、病院生活も暇だったんでゲームしてたんっす。その時に物珍しそうに、キラキラした目でこっち見てる子がいたんっすよ」


「それが、妹ちゃんやったと」


 俺は智子さんの言葉にコクリと頷く。


「はいっす、ゲームやったことないって言ってたんで、俺っちのゲーム機を貸して一緒に遊んでたんっす。でも、髪があの時短かったんで、てっきり男の子だと思ってたんす……あの年代の子だと髪以外で、判別つかないっすよ」


「うちの花澄はショートも似合うからな!」


 花澄の話をしてるのに、何故か楓さんが誇らしげに訳の分からないことを言い始めた。

 智子さんは慣れた様子でスル―を決め込む。


「成程、つまり妹ちゃんの能力の原点は、あんたやったってちゅうことか」


「……? 何の話っすか?」


「いや、こっちの話や――やけど、それだけのことで、あんなに懐くもんかいな?」


「俺っちが理由を知りたいくらいっす……俺っちはそんな大した人間じゃ――」


「自分を卑下するな、青年。君は大した人間だよ」


 俺っちの言葉を否定したのは、意外な人物だった。

 楓さんが、まさかの俺っちを擁護する。

 智子さんも目を見開いて驚いていた。


「どうしたんや、楓? そんな真っ当なこといいだして……明日雪でも降るんか?」


「いつも私はまともだ!」


 楓さんは心外だと言わんばかりに、プンプンと怒りだす。

 いや、さっきの言動見る限り智子さんの反応が妥当な気がするっすよ?


 コホンと楓さんは咳払いする。


「お前のことを花澄から聞いていた。その時、頑張って私に話そうとしてくれる花澄は可愛くてぇ~」


「――話、脱線しとるぞ」


「す、すまない! その時、花澄は言ったんだ。君から大事なことを教えてもらったと、兄ちゃんは尊敬できる、師匠みたいな人だって――だから、自分を卑下するな。その言葉は、花澄の言葉を嘘にするものだからな」


 楓さんは真剣な表情でそう言った。

 先程までの荒ぶっていた人とはとても思えないっす。

 楓さんの瞳が、力強くこちらを見つめる。


「私は優しくはしてやれる。でも、妹に何かを教えてやることは今も昔も出来なかった。教えて自分の人生を絶望するのではと、花澄が変わってしまうのが――私は怖かったのだ」


「楓……」


 智子さんが憐れんだように楓さんを見る。

 楓さんはポンと俺っちの背中を優しく叩く。


「だが、君の教えは花澄を前向きにさせた。だから、私は君に感謝しているんだよ――ありがとう」


「いえ、俺っちは――」


 俺っちは褒められて嬉しくなっていると。

 いきなり、ギリギリと縄が食い込む。


「イテテッ!!?」


 見ると、背中にあった縄を楓さんが思いっ切り引っ張ってるのが見えた。


「でも、だ。妹が私より君に懐いているのが気に食わない♪ 功績も含めて半殺しくらいで許そう♪」


「途中までよかったのに最後ので台無しにしやがった、この人!?」


 智子さんが真顔になって、楓さんを羽交い締めにしたのと同時にガラガラ! と元気よく扉が開く。


「兄ちゃん、話し終わった? 終わったなら一緒にゲームしよう♪」


「おう、遊んで貰いや。二人とも、もう仕事は終わったんやから、存分に羽の伸ばすとえぇわ」


「ほんと! ありがとう智子お姉さん!」


 俺っちの拘束を花澄はどこから取り出したのか、槍でいとも簡単に切り裂き、そのまま俺っちを担いでいく。


「じゃあ、行ってくる♪」


「おう、気を付けや」


「ちょ、花澄!? 智子!?」


 楓さんの言葉を無視して、花澄は俺っちを担いだまま走り去る。


「その男と駆け落ちなんて、お姉ちゃん絶対に許しませんからねぇぇぇ!!!」


 そんな声が、去り際に聞こえたが、降ろされたばかりで血の巡りが悪くて深く考えられないなと、理由をこじつけて、俺っちは考えるのをやめた。

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