第4話 オレっ娘、姉の職場に行く

 ブラックフェンリル討伐した次の日。

 日本七大クランのブルーヴァルキリー本拠地。

 その一室で、とある映像をプロジェクターに映して見ている、二人の女性がいた。


 白衣を着たギザ歯が特徴の、ぼさぼさ紫髪の少女。

 隣合うように座ってるのは、神妙な顔で映像を見ている楓だった。


 見ている映像というのは、前日に配信された花澄が、ブラックフェンリルを倒した映像である。

 圧倒的な勝利、見ているだけで痛快な気分を味わえるだろう。


「流石、楓の妹やな? 強過ぎるで、ほんま」


「智子……今はその話じゃないだろ?」


「そうやったな。シャッシャッ!」


 ギザ歯の少女、智子は軽快に笑う。


 智子は手元のタブレットで映像を進めた。

 ブラックフェンリルを倒した後の映像が映し出され、死んだはずの人が生き返り、何ごともなかったように動き出し、喋っている。

 まるで、死んだことがなかった事になっているように。


「推察するに、ネクロ系やろうか? あの空中での蹴りも、見えない何かを踏んだようにも見えるわ。どちらにしろ強い能力なのは間違いあらへん」


「……」


 楓と花澄は、生き返った人が壁となり、それ以降は映像に出てくることはなく。配信の内容はダンジョン探索から、生き返った者達へのインタビュー配信へと切り替わっていた。

 智子は、映像を一端止めた。


「改めて見てもヤバい能力やな」


「あぁ、ヤバいな……」


 楓が真剣な表情で、両肘を机の上に立て、両手を口元で組む。


「妹の可愛さが、世界中に知られてしまった……」


「そうやないわ、アホ!?」


 パシンと智子が真顔で、楓の頭をはたく。

 不満気に、楓は智子を見る。


「それ以外に何を話すというのだ?」


「ほんま、妹の事になるとポンコツになるなぁ!!? 妹ちゃんの能力についての話やったやろが!」


「あぁ、そうだった。妹が可愛い以外の情報が全く頭に入ってこなくて」


「ダメや、このシスコン……早く何とかせんと」


 智子が、頭を抱えて机に突っ伏す。

 心外だと言わんばかりに、楓は頬を膨らませる。

 それを無視して、ノールックで智子はタブレットを動かす。


 プロジェクターにグラフや計算式など、様々な花澄についての調べたであろう情報が表示される。


「分かってるのは、能力発現による身体強化率、能力強度、成長見込率に至るまで、全てが最高値叩きだしちょるってことだけやな。うちの能力でも流石に、おうてもおらん相手にはこれが限界や」


 智子が分からないと首を横に振ると、楓が深く考え込むそぶりを見せる。


「ちなみに、能力で花澄のスリーサイズとか――」


「この――変態シスコン!!」


「ごふっ!?」


 今度は、智子は手ではなく、タブレットの角で楓の頭をどついた。

 流石に痛かったのか、楓は頭を押さえて痛がる。


 はぁ、と智子は深いため息をつく。


「こんなのが、日本七大クランのクランの一つを、束ねてるリーダーかと思うと、ほんま泣けてくるわ……」


「私だって、もうリーダーなんてやめたいよ~!」


「泣き言いうなや!? 泣きたいのはこっちや!!」


 智子はこめかみを押さえて大声を上げる。


 そう、楓こそがこの日本を統治する七大クランの一つ。

 ブルーヴァルキリーのリーダーなのだ。

 楓は戦闘能力が高く、そして何より人を惹きつける才能があったため、リーダーの職に就き。

 副リーダーである小紫智子がクランのブレインを担当し、楓にアドバイスを出す。


 この二人きりのクランで二年間を共に過ごしていたら、いつの間にか人が集まってゆき、あっという間に大クランへと成長してしまったのだ。


 クランを立ち上げた理由は、妹の病気を治すための、ダンジョンアイテム捜索という、私的な理由だったはずなのに、一体どうなってるんだ? というのが本人の談だ。

 個人的な理由にも関わらず、人が集まるのは、楓自身のありあまるカリスマ性があってだろう。

 本人にその自覚は全くないようだ。


 だから、花澄が治った現在、楓はあまりリーダーをやることに乗り気ではない。


 智子は、頭をボリボリとかく。


「だけど、しゃあないやろ? 昔の政治家は、ダンジョン災害でほとんど亡くなってもうたし。新たに政治家なった奴がどうなったか、知らんわけやないやろ?」


「政治家大量殺人事件だな。覚えてるよ」


「急に素に戻るなや!? 怖いわ!?」


「何を言ってるんだ? いつでも私は真面目だろ?」


 キリっと、真面目な表情をする楓。

 それに智子はうわぁ……とドン引きする。

 視線を全く気にせず、楓は腕組みをして話を続けた。


「政治家になろうとした無能力者、弱能力者を狙った大量殺人事件……しかも、未だにどんな人物で、どんな能力を使って犯行を行ったのかも分かっていない」


「正に現代のジャックザリッパーやな。やから、誰も国を統治したがらへんし、国民もいつ殺されるんやないかとビクビクしとる」


「だから、私が前に立つんだ」


 楓は机から立ち上がる。


「誰かが指揮をとらなければ、国民の不安は増すばかりだ。部不相応だと分かっていても、誰かがやらなければいけないのなら、私がその誰かの代わりを務めるよ。いつか相応しい者が現れる、その日まで、な?」


 楓は仁王立ちでニヒルに笑い、宣言する。

 そこに立っているのは、腐っても七大クランのリーダー。

 堂々たる態度、人の上に立つ者の風格は、誰であろうと汚すことなど出来ないだろう。


 智子はギザ歯が見えるくらい、ニカッと笑う。


「シャッシャッ! そりゃあ、後任探しが大変そうやな?」


「そんなに大変ではないだろう? 私より優れた者など、いくらでもいると思うのだが?」


 楓はう~むと考え込む。

 ふっと笑い、ぼそりと智子は呟く。


「どあほ、楓以上のリーダーなんておらへんよ」


「……? 何か言ったか?」


「何でもあらへんよ~」


 智子は何でもないと、手をヒラヒラと振る。

 楓は不思議そうに首を傾げていた。


「それよりも、妹ちゃんの能力も無視できへんが、ブラックフェンリルがD級ダンジョンに現れたこと事態も無視できん問題や。分かっとるやろ? あれが出現するダンジョンの場所は――」


「旧中部地方……七大クラン、ブラックパンサーの縄張りだな。それが分かっているという今の状況事態が、そもそもおかしいけど」


「A級ダンジョンの情報やのに、無料でネットに流れとるんのがいい証拠やな。明らかに誰がやったか分かるようにして、こっちから来るように誘導されとる。どんだけ、戦争したいねん、あいつら」


「ブラックパンサーは基本血の気と脳筋が多い。前もその傾向は強かったが、最近になってより顕著になった。平和な今の世の中がよっぽどつまらないのだろう」


 はぁと楓は深いため息をつく。

 智子はタブレットを指先でクルクル回す。


「で? これからどうするや楓?」


「なるべく穏便に事を進めたいな……話し合いの場を設けるつもり」


「あいつらが乗るか?」


 楓は首を横に振る。


「十中八九こちらの提案は蹴られるな」


「やろうな。もう法治国家やあらへんのや、利害が一致しない限り共闘は夢のまた夢や。――ほんと嫌な世の中やな」


 智子は苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「法を整備する事が出来れば、共に手を取り合うのはたやすいとは思うが、色々と問題は多い。世界全体のお金の単位を、Pに統一するだけでも、かなり時間と労力がかかっただろ? 法なら尚更厳しいはずだよ」


 ルールを作りたくないという者達の存在。

 昔とは違い、能力者というイレギュラーがあり、そのための法も追加で作らなければいけないこと。

 世界全てのクランとの綿密な話し合い――などなど、本当に問題は山積みなのだ。


 楓は窓に手を当て、遠くを眺める。


「復興したと言っても、完全に元に戻ったわけではない。表面状の復興ではなく、本当の意味で復興が出来ればいいんだけどね?」


「その頃には、うちらヨボヨボのばあさんになってそうやな?」


 冗談めかして、ケラケラと智子は笑う。

 本当にありえそうな話だと、楓は苦笑いする。


 ひとしきり笑った後、片目でウインクし、智子は微笑む。


「さて、話し合いするにも戦争するにしても、戦力は多いに越したことはあらへん。もちろん誘うやろ? うちらのクランに妹ちゃんを」


「出来ればこっちの事情に巻き込みたくはなかったんだけど……こうなってしまっては、むしろ無所属の方である事の方が危険だ。なら、さっさと私達のクランメンバーだと公表すれば、手を出す輩もそうそういないだろう」


「それが賢い選択やな」


「何より一緒のクランになれば……」


 楓が満面の笑みで息を荒くし、腕を広げる。


「仕事してるお姉ちゃんかっこいいって、言ってもらえるじゃないか!」


「最後の最後で台無しや!!?」


 妹のことで、頭がいっぱいの楓。

 それを見て、不安で頭を抱える智子だった。



 □□□



「うぉ……すげぇ……」


 語彙力なく、オレは目の前の建物の感想を口にした。


 D級ダンジョンに潜った数日後。

 姉貴が突然オレをとある場所へと連れてきた。

 それがここ、都心にあるとても大きな建物。


 周りとは一線を画す、威圧感と高さを誇る高層ビル。

 中には、青色で統一された服の従業員が慌ただしく仕事をしているのが見える。


 姉貴はズカズカとビルへと歩き、途中でくるりとこちらに振り返った。


「ようこそ、花澄。私の職場へ!」


 姉貴が腕組みして、ニカッと笑う。


 ここが姉貴の職場?

 ゲーム世界の中に?


 全然信じれないんですけど。

 いや、でもVRゲームが出来たくらいだし、働き方改革? とかいうので、ゲーム内に、働ける職場があっても不思議ではない……のか? メタバース的な?


 オレがブツブツと考えごとをしていると、姉貴に腕を引っ張られる。


「中を案内するよ。お姉ちゃんの仕事ぶりを見てって」


 いつになく姉貴は嬉しそうだった。

 そんなに職場を案内したかったんだろうか?


 いや、オレが仕事について散々聞いてきたから、ちゃんと働いてるって証明したいってことだな。

 そう聞くと、オレのせいな気がしてきた。

 ――何か、ごめん姉貴。


 オレは申し訳ない気持ちになったまま、ビル内に入ると多くの従業員が行き交っていた。

 エントランスは掃除が行き届いており、清潔感がある。

 道行く従業員を見ると、女性従業員の数の方多く、男性従業員がほとんどいないように見えた。


 姉貴とオレが入るのを従業員が目視すると、一礼される。


「楓様、おはようございます」


「おはよう、今日もお互いに仕事を頑張ろう」


「はい!」


 姉貴に挨拶を返されると、従業員は嬉しそうに仕事へ戻っていった。

 仕事場でも、楓様……か。

 ほんと、姉貴って、どれだけ偉い立場なんだろう?


 それからも、姉貴に腕を引かれてビル内を歩いていると色々な人から声を掛けられる。

 しかも、全員が敬った言い方で姉貴と話すし。

 思わず、聞かずにはいられなかった。


「なぁ、姉貴? ほんとに何の仕事してるんだよ」


「それは……この部屋に入ってから詳しく話すね?」


 姉貴がとある部屋の前で立ち止まって、ドアに手をかける。

 ガチャリと扉を開けると中には高そうな椅子と机に腰掛ける二人の女性。


 紫髪の白衣を着たお姉さんがこちらを興味深そうに観察し、青い髪をおさげにした同い年位の少女が睨むようにオレを見ている。


 何か、めっちゃ見られてる……


 そんな事を姉貴は全く意に返さず、一番高そうな椅子に腰掛け、腕組みをする。


「それじゃあ改めて、ようこそ私のブルーヴァルキリーへ、花澄」


 ブルーヴァルキリー?

 会社の名前か何かかな?


 ――っというか、今、私のって言わなかった!?


 オレがポカンと口を開けていると姉貴が嬉しそうに笑う。


「こっちの白衣着たのが、副リーダー兼ベータ班の班長もやってる、小紫智子」


「よろしゅうな?」


「そして、花澄と同い年でアルファ班の班長してる。藤井水蓮ちゃんだよ。仲良くしてあげてね?」


「……っ」


 智子お姉さんは笑って手を振って歓迎してくれるが……入った時から水蓮さんには、ずっと睨まれてるんだよな。


 何か、オレしたっけ?

 入室のマナーが悪かったとか?


 そして姉貴が、オレの前で堂々と仁王立ちする。


「そして、ブルーヴァルキリーのリーダーの正体は、な、な、何と! 花澄の大好きなお姉ちゃんでした! お姉ちゃんかっこいいって言って花澄~♪」


 姉貴がオレに抱き着いてくるが、頭の整理が追いついてなくて、反応が全く出来ない。

 それを見かねて、智子お姉さんが姉貴を引き離してくれた。


「シスコンも大概にせぇや? 妹ちゃん放心しとるやんけ?」


「ぼぅとする妹も、また良き……」


 やれやれと智子お姉さんに呆れられる姉貴。

 しばらく経って、オレはやっと頭の整理が追いついた。


「つまり、この会社の社長は姉貴で、仕事仲間を今紹介されてるって状況で、合ってるか? じゃなくて、合ってますか?」


「所々ちゃうけど、大体おうてるよ。聞いてたんより、まともで安心したわ~」


 智子お姉さんに頭を撫でられる。

 初対面で距離感が近い気もするけど、意外と悪い気分にはならなかった。

 嫌じゃないのは智子お姉さんの人柄だろうか。

 姉貴とはタイプが違う、面倒見のいいお姉さんという印象を受ける。


 それを見て、姉貴がムッと表情をしかめた。


「私の許可なく、花澄に触れるな智子。花澄をナデナデ頬擦りして、オデコにキスしていいのは――」


「誰もそこまでやらんわ!? ――ていうか、そんな事やっとんのか!!? 妹ちゃん、この変態に、そんな事されたら、警察に相談せいな?」


「……? 何かおかしいことありましたか?」


「もう、手遅れやったか……」


 智子お姉さんは手で頭を抱える。

 もしかして、姉貴のスキンシップって、世間一般だと過剰なのか?


「日常的にされてたから、これが普通なのかと――通りで、オレらを見てる人の視線がおかしいと思ったよ」


 オレは肩をすくめてそう言った。

 それに、今まで十三年間気づかないオレもオレだけど。

 智子お姉さんは、憐れんだようにこちらを見る。


「ほんま可哀想に……段々妹ちゃんの奇行は、楓のせいな気がしてきたわ……」


「失礼な! これくらい家族なら普通だよ!」


 プンプンと楓はわざとらしく怒ったような仕草をとった。

 ――というか、オレの奇行って何?


「オレ、何かし――」


 ガンッ! とオレの声を遮るように机を強く叩く音が、部屋中に響く。

 どうやら、水蓮さんが近くにあった机を思い切り叩いたようだが、手とか大丈夫なのだろうか?

 そんなオレの心配をよそに、水蓮さんは淡々と話す。


「いい加減、本題に入っていただけますか? 時間がもったい無いです」


「あ、あぁ……すまなかった」


 姉貴はしょぼんとし、智子お姉さんは無言で肩をすくめて席に戻った。

 これじゃ、どっちが立場が上かよく分からないな。

 オレはそう思いつつ、空いてる席に座った。


「じゃあ、話を始めようか」


 姉貴がいつになく真剣な表情で、そう話を切り出したのだった。

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