第3話 オレっ娘VS黒狼

 退院した、次の日。

 オレは遠くに見ていたファンタジー風の塔まで来ている。


 姉貴が言うには、どうやらこれの正式名称はダンジョンっていうらしく。二年前に突如現れ、中からモンスターが出て来たらしいが、何やかんやあって今は大丈夫って設定みたいだ。

 ダンジョン内には見たことない財宝の数々や、モンスターが、うじゃうじゃいるという。


 それ聞かされたら行きたくなるじゃん!

 だからオレはダンジョンに行きたいと姉貴を説得した。


 最初は――花澄は病み上がりなんだから、絶対にダメ!

 ダ、メ……だか――そんな潤んだ目で見ないで!?


 オレが前に、ゲームの兄ちゃんに教わった方法で姉貴を説得し、姉貴が同伴すること、入るのは初心者用のD級ダンジョン、という条件付きで来れることになった。


 現実の時より伸びたアバターの髪を一つにまとめ、簡単なポニーテールにする。服装は姉貴のお下がりの服と装備一式を借りた。


 Tシャツの上から茶色の皮防具と動き安いショーパン。

 武器は水色のシンプルな槍っぽいけど、姉貴ってゲームだと槍使いなのかな?

 ゲームと言えば剣ってイメージ強いけど、何か槍を持った感じ、オレにはこっちの方が手に良く馴染む。

 姉妹だから武器の好みも似るのかな?


 それは、それとして……オレは両手を上に挙げた。


「やってまいりました、ダンジョン! テーマパークに来たみたいだ、テンション上がるなぁ!!」


「はぁ……」


 オレが興奮している隣で大きなため息をつく姉貴。


 ちなみに何故か姉貴はサングラスなどで、顔を隠すようにしている。顔を隠すことって事は、やっぱ有名人にでもなったのだろうか?


 姉貴にどんな仕事しているのか聞いても、これだけは頑なに答えてくれないんだよな。


「姉貴元気ないね? ログアウトしてる間になんかあった?」


「寝ることをログアウトっていうのやめなさいよ!?」


「だって、それ以外にログアウトする方法は全く思い浮かばないんだもん」


 姉貴はゲームじゃないって、設定に忠実な事言うだけだし、NPCかよ! ってツッコんだら、姉貴が本気で泣きそうな顔したから、それ以上は流石に聞けなかった。


 だから勝手に考えた結果、寝たら自動的にログアウト出来る仕様だと考察、オレが現実で植物状態だから、目覚めないことに、それで説明がつく。


 姉貴が頭を抱えて、首を横に振る。


「もう、そういう事でいいわ。それよりダンジョン内では私のいう事はちゃんと聞くこと! 見るだけで、戦闘は絶対しない、いいわね!!」


 ビシッと姉貴はオレを指さした。

 頭で手を組んで、ニカッと笑う。


「何度も確認しなくても分かってるって姉貴」


「……ほんとに分かってるのかしら?」


 姉貴は訝しげにオレを見ながら、ダンジョンの入口ゲートに、腕のスマートウォッチをかざす。

 ピロン、という音が鳴り、重そうなゲートが開く。


 近くには守衛のような人が立っているんだけど、タブレットと姉貴の顔を交互に見ている。


「まさか……貴方様は!」


 何かを言いかけ、姉貴は自分の口に人差し指を当てる。


「お忍び何です。ですので、この事は内密に……」


「は、はい!」


 守衛の人が姉貴に対して敬礼する。

 姉貴って、やっぱり有名人なんだな。

 こんな所にもファンいるって、かなり人気な証拠だ。


 オレがそんな事を考えていると、姉貴が首を傾げる。


「どうしたの花澄?」


「いや、姉貴って、随分有名なんだなと思ってさ? リアルの仕事と何か関係あるの?」


「まぁ……ちょっと理由があってね? そ、それより、やり方分かる? お姉ちゃんが教えてあげようか?」


「さっき見たから、出来るよ」


 オレは姉貴と同じく、貰ったスマートウォッチをゲートにかざす。

 ピロンと音が鳴り、通過の許可がおりた。


 何か守衛にオレも見られてるんだけど、あれか?

 有名人の妹って事だからかな?


 まぁ、いいか。


「じゃあ、早速行こうぜ! タイムアタックだ!」


「はい、ストップ!」


「ぐえっ!?」


 オレが走り出そうとした瞬間、姉貴に防具の肩ひもを掴まれる。


 防具が少し体に食い込んだ所がヒリヒリする。

 痛みもリアルだな、おい。


「ダンジョン内では走らない。他の人にも迷惑かかるでしょ?」


 めっ、と姉貴に鼻をつつかれる。

 オレは不貞腐れて、口を尖らせた。


「だって姉貴。ゲーム最初のステージは、基本タイムアタックするでしょ? 某配管工だって――」


「へ・ん・じ・は?」


「……はい」


 姉貴の圧に負け、オレは渋々頷く。


 でも、そうだよな。

 ゲーム内ルールはしっかり守らないと運営にバンされるかもしれないからな。兄ちゃんも、昔やらかして、最強のアカウントが消されたって、言ってたし。やっぱり。ルールは守らないとダメだな。


 うんうんとオレは腕組みする。


「ルール、大事、オレ、守る」


「何で片言? まぁいう事しっかり聞いてくれるなら理由は何でもいいわ」


 姉貴は不思議な顔をして、オレの手を引いてダンジョン内に入る。

 少し足止めを食らったものの、知らない場所に行く高揚感で、オレのテンションは上がりっぱなしだ。


「一体どんな冒険が待っているんだろう!」



 □□□



「――って意気込んでたのに……」


 姉貴が出てくるモンスター全部狩っちゃうし。

 宝箱の中身も、ほぼ取り尽されてて空っぽ。

 病院でのトラップみたいのもない。


 ハラハラする冒険も、ドキドキのスリルも、全くと言っていい程ないのだ。


「つ~ま~ん~な~い~!」


 オレは地団駄を踏む。

 姉貴は、やれやれとポーズする。


「だから最初に言ったじゃない? ダンジョンなんてつまらないって、危ないことはしないで、もう帰りましょう?」


 姉貴はオレは諭すようにそう言った。

 せっかくダンジョン来ても、これじゃゲームしている意味がない。


「唯一、面白そうなのこれだけだもんなぁ……」


 オレが念じると、インベントリとステータス画面が空中に映る。


 このゲームは、どうやらパーティーメンバーが倒したモンスターのドロップアイテムや経験値はしっかりとオレにも入る仕様らしい。

 インベントリ内には、姉貴がさっき倒したモンスターの素材が所狭しと並んでいた。

 ステータス画面には現在のステータス、レベルが見れて、レベルアップで得たポイントをどう割り振るか操作が出来るみたいだ。


 姉貴にその事を聞いたら、


「何を言っているの? 経験値? ドロップアイテム? ゲームじゃないのよ?」


 ――といつも通りの反応をされた。

 ゲームに忠実な演技はいいけど、そろそろしなくても、いいんじゃないかな?


 その時、ピンッと、ある事を閃いた。

 現実と言い張る姉貴なら、これで騙せるだろう。

 オレは姉貴の服を引っ張る。


「姉貴、便所行きたいだけど?」


「お花摘みって言いなさい!? でも、トイレの設置場所まで遠いのよね。仕方ない……」


 姉貴が背負って来たバックから、オレに円盤の形をした鉄製の物を手渡される。


「これは?」


「簡易トイレよ。床に置いてボタンを押すとどこでも設置出来るの、それにとても頑丈なの、便利でしょ?」


「ふ~ん、そんな便利な物があるんだな?」


 オレは周りをキョロキョロと見て、良さそうな場所に設置する。

 鉄の円盤からガシャンガシャンと音が鳴り、伸びた鉄が円柱を作り上げる。ちょうど、入口が姉貴から死角になる位置だったのは行幸だ。


 オレはニコッと姉貴に笑いかける。


「姉貴、覗くなよ?」


「の、覗かないわよ!? で、でも女同士だし? 何かあってもいいように側にいた方が……け、決してやましい気持ちがあるわけでは――」


 姉貴が何かブツブツと言ってるけど、気が散ってる今がチャンスだな。


 オレは簡易トイレで死角になるよう立ち回り、姉貴から離れる。ごめん姉貴、でも一回くらいモンスターとバトッてみたいんだ!


 姉貴から離れて、しばらくダンジョン内を散策していると、とある集団が目に入る。

 美少女を囲うように、周りには男達が武器を構えていた。


「確か昔、兄ちゃんが言ってたな。あれが、姫プ? とかいう奴か?」


 でも、和気あいあいとゲームをしているという様子は全くなく。全員表情が固いというか、何かに怯えているように見える。

 一体どうしたのだろうか?


「ここからじゃ死角で良く見えないな」


 オレが近づくと、その全貌が露わになる。


 大きな黒い巨体に、血が滴る鋭い鉤爪と牙。

 グルルルと喉を鳴らし、獲物を見定める黄色い瞳の狼が集団と向かい合っていた。

 周りには、バラバラになった死体が散らばっている。


 流石このゲームはリアリティがすごいな。

 死体や血までの残るとは、とてもリアルだ。


 確かにそれにも驚いているが、それよりも……


「すっげぇぇぇ! レアエネミーじゃんか! 経験値とかレア素材めっちゃ期待できそうだぜ!!」


 さっき姉貴が倒してた雑魚モンスターとは、雰囲気が全く違う!

 限定条件でリポップするタイプかな♪


 近寄るだけで肌がピリピリする。

 まるで現実に存在しているかのような臨場感。

 これだよ! こういうのを待ってたんだよ!!


 オレがワクワクして黒狼を見ていると、


「に、逃げて! ミズリンたちのことはいいから、君だけでも!!」


 中心にいる姫さんが、オレにそう言った。

 自分達の獲物だからとるなって意味かな?


 でも、明らかに全員戦意喪失してる状態じゃん?

 黒狼も全くダメージないみたいだし、だったらオレに譲ってくれてもよくない?


 しかも、何で逃げるって話になるのだろうか。

 言ってる意味が分からず、オレは首を傾げる。


「逃げる? 何で?」


「何でって……」


 姫さんは啞然とした表情でこちらを見る。

 よく見たら、姫さんの装備オレみたいな初心者装備だ。


 なるほど、もしかしたらこの人、このゲームどころか、今までゲームしたことない人なのかも。


 さっきの逃げる発言にも、それで納得がいった。

 オレは背負っていた槍を取り出して、構える。


「せっかくの経験値がもったいないじゃんか? レアエネミー相手に普通逃走するか? 是が非でも倒すだろうが!」


「君、ほんとに何の話してるのっ!!?」


 姫さんが大声を上げる。

 ゲームのテンプレ言っただけなんだけどなぁ。


 黒狼は、大声出した姫さんではなく、オレの方へ振り向いた。オレの方が声大きかったからかな? タゲがこっち来たな。


 黒狼の爪が、オレに振り下ろされる。

 ただのRPGなら相手の攻撃を待つのかもしれないけど――アクションRPGなら、話は変わるよな?


「よっ、と!」


 槍を棒高跳びのように使い、ブラックフェンリルの攻撃をうまく回避出来た。地面に着地し、ポーズを決める。


 前に見た陸上選手の動きをマネしてみたんだが、体がその通りに動いてくれたよ。


「やっぱ体が思った通りに動かせるっていいな。流石、最新のVRゲームだぜ! 技術の進歩ってすげぇ!!」


 病院にいた時には考えられないほど体がスムーズに動ことに、嬉しくてスキップする。


「グルルル!!」


 音のした方を見ると、黒狼がもう一度オレに爪を振り下ろそうとしていた。


 同じように避けてもいいけど、芸がないよな。

 そうだ!


 オレは片手でステータス画面を操作し、攻撃力と素早さにポイントを全振りした。

 すると、更に体が軽くなり、力も漲ってくる。


 集中して見ると、黒狼の動きが遅くなったように感じる。

 オレは体を捻って、ギリギリの回避を狙う。


 何でギリギリかって?

 称号獲得報酬が貰えるかもしれないからだよ。


 爪が目の前を通り過ぎる。

 称号は……もらえないか。

 でも、避けられたぜ。


 確か兄ちゃんが上手くゲームで避けられた時、こうしてたよな。

 オレはピースサインする。


「見てから回避、余裕だぜ!」


 黒狼の目の前でピースサインしてると、黒狼がバチバチと帯電しているように見えた。


 この狼、電気属性のモンスターなんだ。

 しかも、雰囲気からすると大技っぽい。

 かなり隙だらけで、攻めるチャンスだよな?

 オレは姿勢を低くし、黒狼に近寄る。


「兄ちゃんが言ってたんだよね。ゲームの大技ってさ? 初動早い技で、キャンセルできるんだって――こんな風に、な!!」


 両手で槍を構えた。

 姉貴の動きは――確かこんな感じ、だったかな?


 前に突きを素早く三回繰り返して、黒狼に当てる。


 ザシュッザシュッザシュッッ!!!


「グガァァ!!?」


 おっ、怯んで技やめた。

 やっぱ兄ちゃんの言ったことは正しかったな。


 オレが感心していると、黒狼は本気になったのか。

 姿勢を低くし、いつでも攻撃できる態勢をとった。


 モンスターのAIがオレを敵として見なしたって事だよな。嬉しくて頬が緩み、手に持った槍を、バトンのようにクルクルと回す。


「やっと本気になってくれたか! そうじゃなきゃ、ゲームは面白くないよな? オレをもっと楽しませてくれよ!」


 黒狼が爪を何度も振るい、その度にオレは体を捻り、武器を使い、ひたすらに避け続ける。

 しばらくすると、もう一度帯電し始める。


「攻撃がワンパターンだぜ!」


 ザシュッザシュッザシュッッ!!!


 三回突きを繰り出し、技をキャンセルさせる。


「ちまちま、やってても埒が明かねぇな?」


 攻撃は着実に当てられているけど、姉貴に見つかる前に出来れば一気に決めたい。


 手で突くより威力があるのは……足か!


 オレは槍を上に放り投げる。

 黒狼の爪をジャンプで躱し、槍と同じ位置まで移動した。


「両腕がダメなら、足を使えばいいんだ、ぜッ!!」


 二段ジャンプの見えない足場を使って一回転する。


 サッカーしようぜ! ボールは槍だがな!!


 槍の柄に足を当て、蹴り飛ばす。

 吹っ飛んだ槍が、黒狼を穿ち地面に突き刺さった。

 ドォン!!! という巨体が倒れた重い音が響く。


 ゴ~ル! 花澄選手決めました!!


 オレは地面にしっかりと着地し、武器を回収しながら、ステータスとインベントリを確認する。


 経験値たっぷりだ、しかもレア素材もドロップしてる。


「やっぱレアエネミーだったんだ! 倒して正解だったよ!!」


 経験値と大量のドロップアイテム獲得に、オレが喜んでいた時に肩をポンと掴まれる。


「何、してるのかな?」


 その聞き慣れた声に、ダラダラとオレの体から冷汗が流れる。

 ギギギと首を向けると、そこには目が笑っていない姉貴がそこには立っていた。


「いや、その……道に迷っちゃっ、て? やっぱマップないと迷うね~?」


 オレが苦笑いして、誤魔化そうとしてるが一切姉貴の顔に変化がない。

 あっ、これ、完全にキレてる。


「後で言い訳は、いっぱいしていいよ? 家に帰ったら、ゆっくり、ね?」


「嫌だァァァァ!!」


 逃げようとするオレを掴み。姉貴はそのまま、ズルズルとオレを引きずって、ダンジョンの外へと出た。


 そのまま家に帰ると、何故かこのゲームにログインしている両親と姉貴含め、長い……それは長いお説教をくらいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る