第2話 オレっ娘、目を覚ます

 子供の頃から、オレは病院にいた。

 ベットの上でずっと寝たきりの状態。

 外にも出られず、学校にも一度も行ったことがない。


 でも、オレにとってはそれが普通だったし。

 全く悲しくもなかった。


 毎週必ず会いに来てくれる優しい家族。


 オレにゲームをして見せてくれたり、ゲーム機を貸してくれた、隣のベットにいるゲーマーな兄ちゃん。


 よくオレの話を聞いてくれる。

 医者の先生や看護師のみんな。


 そんな優しくて、面白い人に囲まれてオレは幸せだった。

 オレの日常は、全然つまらなくなんかなかったよ。


 だからさ……。


「泣くなよ……。姉貴……」


 病室には、家族が涙を流してオレの手を握る。

 医者の先生と看護師の人達は暗い顔で俯いていた。


 どうやら、オレの病気が進行がひどいらしく。

 次に目覚める事が出来るかも分からない状態だそうだ。


 確かにオレ……。

 今、すごく……。

 眠いんだ……。

 頭も、あんまり……。

 動かなく……なってきた。


「お姉ちゃんが花澄を絶対に治すから! 例え、何年かかっても、どんなことがあっても!! 絶対に――必ず!!!」


 涙を流した姉貴が、オレの手を強く握って、そう言った。


 あんまり強く握られると痛いよ姉貴……。

 ――でも、ありがとう。


 オレは姉貴に力いっぱい笑って見せる。


「待って、る……ぜ? ずっと……。ずっ、と…………」


 霞む視界、姉貴の泣き顔が最後に見た光景になった。

 こうして……、オレは二度と目覚めることはない。

 深い深い、目覚めることのない眠りについた。



 ――はずだった。


 オレは何事もなかったように病室で目を覚ましたのだ。


 周りは見慣れた病院ではなく、新しく出来たような病院の病室。

 最新っぽい医療器具が置いてあり、元居た病院から、移されただろうことが分かる。


 変化はそれだけではなかった。


 オレは体についてある器具をすべて外して、ベットから起き上がる。

 手を開いたり閉じたりしてみたり、リハビリでやったストレッチもやってみたりした。


 体が羽のように軽く、動かしてもどこも痛くない。

 誰かの力を借りなくても、一人で起き上がることが出来る。


 オレは、病気が完全に完治した状態で再び目覚めたのだ。


「一体何が……」


 そうしていると病室のドアがガラガラと開き。

 女性の看護師が気怠そうに入ってくる。


「はぁい……。パックを取替に――って、誰に話しかけてるんだろう。返事は誰もしないって――」


 女性看護師とオレの目線が合う。

 目を見開き、口をポカンと開ける女性看護師。

 オレはニコリと笑う。


「こんにちは♪」


 元気よく挨拶すると、女性看護師がガタガタと震えだす。

 一体、どうしたんだ?

 まるで、幽霊でも見たような反応だけど。


「せ、せせ、せせせ!!?」


「せ?」


「先生!! 昏睡状態だった患者さんが、目を覚ましましたァァァァ!?!!?」


 看護師はそう叫んで、走り去る。

 オレは、今の状況が全く飲み込めず。

 ぽつんと、一人病室に取り残された。


「ほんと、どうなってるんだよ」


 しばらくして、さっきの看護師が医者を連れてきて、オレを診察する。

 様々な検査を行い、医者が驚嘆していた。


「信じられない……。病気が治ったどころじゃない! 超健康体、普通の人よりも遥かに健康な状態ですよ!?」


「……そう、なんだ」


 医者の話しかけてくる勢いが強く。

 オレも上手く思考がまとまらない。


 起きてから、ずっとそうだ。

 頭は、前より回るようになった――だというに、頭に靄がかかってるような……そんな感覚。

 何かの歯車が、うまく嚙み合っていない。

 そんな気がしてならないのだ。


 オレが考え事をしていると、ガラガラと扉が開く。

 扉の先には、息を切らした姉貴の姿があった。


 前会った時より、大人びた雰囲気になったような、そんな気がする。

 オレの姿を見つけると、ぱぁと笑顔になり、オレに飛びついてきた。


「花澄ィィィ! よがっだ、ほ゛ん゛と゛に゛!!」


「鼻水拭けよ、姉貴」


 姉貴は涙で顔をくしゃくしゃにする。

 せっかくの美人が、これじゃ台無しだぜ。


 オレは近くにあったティッシュ箱を姉貴に差し出す。

 ズビーと姉貴がティッシュで鼻をかむ。


「あのぉ……感動の再会を邪魔してしまってすいません。妹様の容体についてお話させていただきたいのですが、……よろしいでしょうか、楓様」


 恐る恐るといった感じで、医者が姉貴に言う。


 楓様?


 姉貴はオレが寝てる間に有名人にでもなったのか?


 まぁ、家族のオレが言うのもなんだが、姉貴はかなりの美人だ。アイドルとかにスカウトされてもおかしくはないとは思うけど――後でどういう事か、聞いてみようかな。


 姉貴が顔をキリッとさせ、真剣な顔つきになる。


「失礼、取り乱しました。話を続けて下さい」


 どうぞと手を医者に向ける。

 先程まで鼻水を垂らしていた人物と、同一人物とは、到底思えないな。


 コホンと医者が咳払いする。


「えぇ、妹様の容体は病気一つない健康体、つまり病気は完治しました。日常生活を送ることも、運動する事も全く問題ありません」


「そうですか!」


 医者の話を聞いて、姉貴は自分の事のように喜ぶ。

 運動かぁ、前までは簡単なストレッチくらいしか出来なかったし、楽しみだなぁ。


 そんな風に楽観的な考えをしていたが、次の言葉でオレの思考が止まった。


「これも楓様に提供頂いた、ユグドラシルの雫のお陰です」


「いえいえ、全ては妹のためですから」


「……何て?」


 今、ユグドラシルの雫とかファンタジー染みた名前が聞こえた気がするが、気のせいだよな?


 うん、新しい薬の名前かなんかだな!

 きっとそうに違いない!


「あ、姉貴? ユグドラシルの雫って? 新しい薬の名前とか?」


 オレは冗談交じりにそう聞いたが、


「何って、ダンジョンアイテムだよ」


「ダンジョン、アイテム……?」


 姉貴が、ゲーム用語みたいな事を口にしだしたんだけど!?

 普段ゲームをあんなに嫌ってた姉貴が!?

 あれ、これ夢?


 オレが動揺していると、姉貴が首を傾げる。


「今更何を――あぁ、そうか。花澄は知らなかったな」


 姉貴が窓をガラガラと開ける。

 そこからの景色は、以前窓から見た町並みとは、全く違う景色だった。


 雑居のビルとは別に、ファンタジー風の塔が立ち並ぶ。

 その塔はまるでおとぎ話で見るような。


「すげぇ……」


 塔が並ぶ事に疑問を持つ人はおらず、平然とその前を人が行き交っている。異常とも言えるその光景に、オレは開いた口が塞がらない。


「二年前、花澄が眠りについてから世界は一変したんだ。ダンジョンが日常にある現実に、ね?」


「だからこそ妹様の病気もダンジョンの貴重なアイテムで完治することが出来たんです! 楓様は妹様のために色々と苦労を――」


 二人が色々と話をしているが、全く頭に入ってこない。


 ダンジョン?

 アイテム?


 何の話をしてるんだよ……。

 だって、そんなのまるで…………。


「ゲームの世界じゃんか」


 そう口に出した時、今まで頭にかかっていた靄が晴れた。

 求めていた答えはこれだと、完全に理解する。


「なるほど……なるほどな!」


「花澄?」


 言語化したことで、ようやくカチリと歯車が嚙み合った。

 前よりも頭が回り、クリアになる。


 今ならオレなら、何でも出来そうだ。

 だってここは!


「ゲームの世界なんだから!」


「か、花澄? 何を言ってるの?」


「姉貴も人が悪いよ。オレが治ったとか、二年も経ったなんて噓つくから、驚いちゃったじゃん?」


「嘘も何もほんとの事――」


 うんうん! そういう設定のVRゲームなんだね!

 アバターもすごいクオリティで本物と遜色ない。

 五感全てが誤認するレベルって、すごい技術だ。

 それだけでも騙せるのに姉貴も演技派だよね。

 オレをガッカリさせないために、ゲームの世界観に合わせて演技してくれるなんてさ。


 舞台は現代、そこにダンジョンが出現したって設定。

 目標がないってことは、オープンワールドのゲーム。

 つまり、自由に探索できるってことじゃん。


「ワクワクしてきた!」


 オレは逸る気持ちを抑えつつ、窓に近寄って手をかける。

 それを見て、医者と姉貴が慌てだす。


「花澄!? 何を!?」


 ゲームの世界に来たら一度やってみたかったんだよね。

 高所からの――。


「紐なしバンジーってやつをさ!」


「花澄ィィィ!!?」


 窓から体が落下し、風圧が全身に伝わってくる。

 風が気持ちいい、ゲームだというのに感覚がリアルだ。


「すげぇな、VRゲーム!!」


 オレの頬が自然に緩む。

 こんなにワクワクしたの、生まれて初めてだ!


「待ってて! お姉ちゃんが今助けるから!」


 後方から姉貴の声がすると、地面からどこからともなく、水が溢れ出す。

 溢れた水が形を成し、大きな手が出来上がる。


 デカい手が、こちらを捕まえようとする。

 つまり……


「トラップだな!」


 ゲームでよく見たな。

 いきなり地面から敵とか毒矢とか出てくるんだよね。

 画面越しじゃく、直接見るとこんな感じなんだ。

 すごい躍動感!


 ここが現実だったら、何も出来ずに食らって終わりだっただろうけど、ここがゲームの世界なら――。


「こんな事も出来るよ、なッ!」


 空中で足を動かす。

 すると、足先に何かが触れた感覚がある。

 その触れた物を、思い切り踏み込み、跳躍。

 体が落下に反して浮き上がった。


「ゲームと言えばこれでしょ! 二段ジャンプ!!」


 水で出来た手がオレを捕らえ損ねる。

 初見殺し、余裕で回避だぜ。


「今の何!? まさか、もう能力に目覚めて――」


 後方から、何か慌てる姉貴の声がする。

 チュートリアル的な事でも喋ってるのかな?

 悪いけど姉貴、オレは基本チュートリアルは、スキップする派なんだよ。

 それにもうオレにバレてるんだから、いつまでも、そんな演技してなくてもよくないか?


 オレは、病院の中庭へと何事もなく着地する。

 途中でジャンプしたことで、落下ダメージはなし。

 ゲームの仕様さまさまだぜ!


 姉貴のいる二十階の窓に手を振る。


「姉貴、オレこのままゲームの散策してくるよ!」


「ちょ!? 待ちな――」


 呼び止める間もなく、オレの体は動いていた。

 だって、念願のゲームの世界に来たんだから!


「せっかくだ、この世界を遊び尽くしてやるぜ!!」


 オレがテンション高く駆けだした頃。

 二十階にある部屋では、楓が膝をつく。


「だ、大丈夫ですか!?」


 楓に何かあったのではと、医者が駆け寄る。

 ブツブツと楓は何かを呟き続けていた。


「の……い…が……」


「えっ?」


 医者が聞き返そうとすると、勢い良く楓は立ち上がった。


「私の妹がおかしくなったァァァァ!!?!?」


 その日、楓の絶叫が病院中に響いたそうな。



 □□□



「シャッシャッ! 愉快な事になってんなぁ楓?」


「全然愉快じゃない!!」


 花澄は散々逃げ回っていたがようやく捕まえる事が出来た。今は先生と看護師達に逃げないように監視されている。

 私は花澄を病院の人達に任せ、病院の通話が可能なエリアまで移動して、友人を問い詰める。


「智子言ったよね。あのアイテムに副作用はないって、なのにどうなってるの!?」


「うちは、ちゃんと調べたで? うちの他にも、探知系や情報系能力者全員にも、アイテムの安全確認をしっかりさせたやん?」


 確かに私の指示で、クランメンバーの能力者を集め。

 ユグドラシルの雫の確認作業を念入りにさせた。

 未知のアイテムというのはあるが、服用した際に万が一など絶対にあってはいけない。

 妹に何かあったら私は――耐えられない。


 しっかりと安全確認をし、万全を尽くしたつもりだ。


「じゃあ何で……」


「知らへんよ。うちかて、SSS級アイテムやなんて、扱うのは初めてなんや。多少の誤差はしゃーないやんか?」


「あれを誤差で片付けるな!?」


 私は通話が繋がっているスマートウォッチに、叫ぶ。


 一体、花澄はどうしてしまったんだ……

 あんなに、可愛くて、可愛い。

 ちっちゃくて、天使のような妹が何であんな凶行を。


「シャッシャッ!」


 私が真剣になって悩んでいる時に、智子が笑いだす。


「何が可笑しいんだ! こっちは真剣に……」


「いやぁ寛仁な? 妹と久し振りに話せて、楽しそうにしてる楓の声が聞いてたら、笑けてきたねん。――ようやくここまで来たんやなって、実感出来て、嬉しゅうてな?」


「智子……」


 確かにこんなに楽しいのは久し振りだ。

 花澄が眠りについてから二年。

 あの子を治すために日々奮闘する毎日だった。


 私もその日々がどうにも懐かしくて、思わず頬が緩む。


「今は、花澄が治った事を素直に喜ぶべきだな」


「そうやろ? 別に日常生活に支障が出るレベルやないんやし、問題なんて――」


「きゃあぁぁぁ!?」


 女性の悲鳴が、病院に響く。

 声のした方を見ると女性看護師と花澄が問答している。

 花澄が体を病院の壁に当て続けているようだ。


「あなた壁に向かって何やってるの!?」


「おかしいな? これで壁抜けバグが出来るはずなんだが? バグ対策はしっかりしてるのか?」


「あなたは何を言ってるの!!?」


「「……」」


 私が半眼になり、スマートウォッチにぼそりと呟く。


「で? 何が問題ないって?」


「…………あぁ、そうや! うち、まだ仕事が残ってたんや! せっかくやし、妹ちゃんと久し振りの休暇くらい、ゆっくりせえや、ほな!!」


「ちょっ、智子!? 話は終わってないぞ智子! 智子? 智子ってばッ!!?」


 ブツリと通話が切れ、ツゥーツゥーと音が鳴る。

 私はプルプルと手を震わせ、決意した。

 仕事に戻ったら、絶対に文句言ってやる――と。

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