左利きでもなく両利きでもなくクロスドミナンスである。

竹神チエ

第1話 あなたが知らないクロスドミナンスの世界

 寝ていたら肩を叩いてくる人がいたので目を開けた。

 ……違った。

 肩を叩いてきたのは人ではない。マヨネーズだった。


「おはようございます」

「誰?」

「左利きのマヨネーズです」

「え?」

「左利きのマヨネーズです」


 人語を話すマヨネーズなのだ。


 マヨネーズの見た目は、X(旧Twitter)のアイコンを見た時「虫かと思った」と言われるような風貌をしている。黄色いフタの瓶詰マヨネーズに、パスタのような細い手が四本、足が二本生えているから、小さいと昆虫っぽく見えたようだ。


 しかしこうなるまでに、いろんな試行錯誤があったんです、とマヨネーズは語る。


「でもまずはじめてに、そもそもなぜ左利きのマヨネーズなのかについてお話ししましょう」


 べつに聞いたって何も得することはないのだが、マヨネーズがいうには、最初は「根腐れゼラニューム寒波」という名前をかなり本気で候補にしていたそうだ。


「他にも『読んで!!』という露骨な名前も考えましたよ」とマヨネーズ。


 もう一個候補があったはずだが、メモしてないので忘れてしまったという。しかしこれまたまったく記憶にないが、マヨネーズがなぜか良いと思ったらしく、マヨネーズだけではつまらないので、左利きを加えた。


 なぜ左利きかというと左利きだからだが、完全に左利きかというと、左利きに生まれた人ならわかると思うが、実際には左右両方を状況によって使い分けるクロスドミナンスであることが多いのではないか。


「だからクロスドミナンスのマヨネーズが正解ですね」


 でもクロスドミナンスという言葉は、果たして広く認知されているのだろうか。マヨネーズ本人も知らなかったくらいなのに。検索して出てきたんだもの。


 だから両利きのマヨネーズでも良いような気もするが、両利きは何事も同じレベルでどちらの手でも使える人のような気がするので、クロスドミナンスという言葉を知って良かった気がする。ただすぐ忘れそう。カタカナって覚えにくいよね、とマヨネーズは愚痴る。


 左利きのマヨネーズのクロスドミナンスぶりを記す。誰得情報?


 〇文字、箸は右。


「あれは幼稚園の頃でした」とマヨネーズ。


 幼女マヨネーズだったマヨネーズは、年長の子から聞いた「右で文字を書けないと小学校に入れない」とのデマを信じ、さらにたぶん同じ子だったと思うのだが、「箸だって右で持てないと小学校入れない」と言われたような気がするので焦ったマヨネーズ。


 まあ気がする程度で曖昧な記憶だけど、このくらいの頃に硬筆に通い始め文字を右で書くよう習い、箸も右にしたわけなのである。また当時、左利きは早く右に矯正すればするほど良い、と教育本に書いてあったらしく、母もそれを実行した。


 今ではそんなことしたら脳の発達に悪い影響を与えるらしいので、十歳の頃あたりに右にするならしたほうが良いらしいのだが、マヨネーズが少しおかしくても世間の風潮と母が参考にした教育本のせいである。


「そんなわけで文字と箸は右じゃないと無理なのです」


 ただし色を塗る、なんかは左でもやる。中学時代美術部だったマヨネーズは、細かい箇所を右で書き、色は両手で塗っていた。大きな面をばあああっと塗るのは左の方がしやすかったので、右で細部を、左で全体の色を塗るなんてことは普通だった。今は絵を描かないのでよくわからん、とマヨネーズ。


 でもたぶんだが両手で同時に書くなら、鏡文字を書くのは右利きだけの人より得意と思われる。右では通常の文字、左では鏡文字を書く、っていうやつ。簡単のなら昔は出来た。今はやってないので知らん、とマヨネーズ。


 〇包丁とハサミは左


「単純に右にしなかったので左のままなのです」とマヨネーズ。


 包丁はいいとして、ハサミはたまにトラップに遭う。刃が噛んで切れない、と思ったら右利き専用だ、ということも。


 これも中学時代だが、同じ班に左利きがもう一人いて、先生が配ったハサミが右専用でまったく切れず、二人で「これ使えんしっ」とわざと強めにキレたエピソードがある。


 でも切ろうと思えば右手でも切れる。でも、ふにふに頼りなく、真っすぐ切るつもりが曲がる可能性が増える。


 あと包丁が左で困るのは、料理している様子が手元の位置から映る映像を観ると酔う。普段自分が見ている方向と違うからだろう。たまーにテレビを見てるとそういう場面に遭遇し、ウエッ、となるので要注意、とマヨネーズ。


 混ぜるなど単純作業はもちろん左右どちらでもできるが、たぶん左でやることが多い。右で支えるほうがしっかりするから、右利きの人も左で混ぜる?と疑問を持つマヨネーズ。


 〇縫い針は左、かぎ針は右


 小学生の時、家庭科の時間にフェルトでポーチを作ったのだが、絶望するほど下手くそでがっかりした。が、のちにクロスステッチをやっている時に、(うまくできないくせに母の影響で手芸はよくやっていた)左でやるとうまくいくと発見する。


 ただしわかる人にはわかると思うがクロスステッチだと交差の方向が逆になるし、刺繍のやり方、縫い方などは右で縫う方向で書いてあるため、一旦右でどうなっているか理解し、自分で反転した場合にどうなるか考える必要がある。


 が、それをやってでも刺繍とかしたがるので、好きなものならその手間も苦痛ではない自分がいる、とマヨネーズ。


 一方でかぎ針(編み物)は右でやる。これは右で覚えたから右なのだが、それなら縫い針も最初は右で覚えたはず(授業がそうでしょ?)なので、やりやすさの違いは自分でもわからん、とマヨネーズは首をひねる。


 〇ノコギリ金づちは左


 技術の授業がストライキしたくなるほど嫌だった。理由はブックスタンドを作ったのだが、板は切りにくいは釘は打ちにくいはで無茶苦茶だったから。


 でも趣味でDIYをしようと思い(苦手意識があるくせに雑誌を見てやりたくなる)左でやるとうまくいくことを発見する。


 思うのは針もそうだが、授業で右でやるように言われるので右でやっていたのが問題。素直で真面目な生徒はこうやって人生苦労するのである。


 〇ボールを投げるのも、バトミントンのラケットも、左右どちらでも特に違和感はない。


 マヨネーズはそこそこ運動できるので体力測定はほとんどがA判定だったのだが、壊滅的なボール投げの記録が足を引っ張り、総合はB判定だった。


 右でも左でも結果に違いはなし。ただしあまりに距離が出ず(ほぼ真下に投げつけているようなもの)、左右どっちでも投げるので、周囲から不貞腐れていると誤解を受ける。マヨネーズはいつも本気。


 それだけボールを投げるコツがわからないでいたが、学生時代を終えた頃、弟がむっちゃ投げることを知り、方法を教えてもらうと飛躍的に記録が伸びる。体力測定をする時期を逃していたので、もっと早くに弟の無駄な才能に気づくべきだったと後悔しているマヨネーズ。


 クラブはバトミントンに入っていたし、授業でもバトミントンがあると、右に跳んできたら右手で、左に跳んできたら左に持ち替えて打ち返していたので、対戦相手がツボり爆笑する。だからなのか、わりとバトミントンは強かったマヨネーズ。


 〇ねじや蛇口を回すのが、どっちのほうがどうなのかわからなくなる。


 ただのアホでは?疑惑もあるマヨネーズだが、わからなくなるのは左右どちらも使うからなのでは、と怪しんでいる現象。ただし、あ〇しンちのユズも同じことを言っていたが、彼が左利きキャラだったという記憶はない。


 〇両手を使って食べている


 指摘されて気づいたので自覚はさっぱりなマヨネーズなのだが、箸は必ず右で持っても右で何もかもするわけではなく、コップは左。左で蓋を開け閉めする、ただし右でもできるため右でやっている場合もある、など騒がしくしているらしい。


 思い返せば手づかみは必ず左な気がする。トングも左、お玉もしゃもじも左である。故にむしろ箸だけ右なのでは説浮上。スプーン類は右が多いが、左でも違和感はない。


「っていうクロスドミナンスの世界ですね」


 他にも左だとやりにくい事象にぶつかる気がちょっと今すぐ思い浮かびませんね、とマヨネーズは語り、「結構文字数稼げたので、このネタだけで良かったですね」と言って困りマヨネーズである。


 予定ではマヨネーズ画像を作った時に、チューブに入ったマヨネーズにしたかったのに、AIに指示して出てくるはアメリカンの瓶詰マヨネーズばかり。


 それではと「日本のマヨネーズ」と打ってみるも、出てくるのは瓶のラベルに「JAPAN」とあるやつや「ニッポン」と日の出と富士山のイラストが描いてあるマヨネーズになり、チューブ入りのマヨネーズと打つと若干歯磨き粉みたいになるものの、それっぽいマヨネーズになるのだが、赤いキャップにしたのに水色になる。それならばと「赤いキャップの」と加えると、赤いキャップ帽をかぶったアメリカンなスポンジ〇ブみたいなマヨネーズになる。


 手足が生えると打つと、どうしてだか手足がタコ程生えたマヨネーズ瓶になったり、擬人化と打つとセーラー服美少女がマヨネーズを持っているだけのマヨネーズ絵になり、左手に本を持っている、としてみても人間のリアル左手だけ斬り落とされたに浮かんでいて本を持っているホラーイラストで、マヨネーズ要素が血がだらりと垂れているみたいになっている効果を出す、など苦労したそう。


 なんとか妥協して左利きのマヨネーズとして決めたのが、虫みたいなマヨネーズイラスト(アメリカン風)。※近況ノートに画像載せます。

https://kakuyomu.jp/users/chokorabonbon/news/16817330669624203459


「というわけで文字数ありすぎるのでもう終わりますね、ラストは決めてたんです」とマヨネーズはいきなりタッチしてくる。くらりと気絶し、目を開けてみると……。


 おれは右利きのケチャップになっていた!!


 


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左利きでもなく両利きでもなくクロスドミナンスである。 竹神チエ @chokorabonbon

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