好きがわからないボクは監禁される

月待 紫雲

好きがわからないボクは、

「明けましておめでとうございます!」


 テレビで流れる正月番組。そこに表示されている年数を見て、ボクは時の流れを感じた。


 見慣れた布団の上、かけられた手枷に、足枷。それを見ながらもうそんなに・・・・経ったのか・・・・・とぼんやり思う。


「帰ったよ」


 部屋の奥。玄関から幼馴染の直人なおとの声が聞こえる。

 買い物袋を下げた直人はボクの姿を見つけると、テーブルに買い物袋を置き、それから両手を広げて体を抱きしめようとしてくる。


「おかえり直人」

「ただいま。しき


 立ち上がって直人を受け入れたボクは頭を撫でられ、唇を奪われる。


 それからゆっくりボクの唇から首へ唇が移って行き、首を吸われる。


「直人、がっつき過ぎ」

「好きだろ? こうされるの」


 思考回路が吸われて真っ白になって、ビクビクと体が痙攣する。


 首を吸われるのが、気持ち良い。


 直人に、こういう快楽だけはすっかり刻み込まれてしまった。


「この暮らしになって、三年経ったね……」


 膝から崩れ落ちながら、ボクはテレビの画面を見る。


「……そうだな」


 肩を、爪が食い込むくらい掴まれて、ギラギラと欲望と怒りの入り混じった瞳がボクに突き刺さった。


「もしかして誰かに助けてほしいって、思ってる?」


 低い声で一際優しく、脅してくる。押し倒されて首に手を当てられた。


「おかしな話」


 首に当てられた手に力がこもる。


「直人。ボクら幼馴染だよ?」

「あぁ、幼馴染だな。俺はその言葉が嫌いだ」


 首に力が込められて気道が締まる。


 苦しい。


 でも、気持ち良い・・・・・


「直人」

「なんだ」

「こんなの、お仕置きにならないよ。直人のせいで、ボク、おかしくなっちゃったんだから」


 ボクがこう言うと直人は唇を歪に吊り上げて、笑った。


 その笑みにふつーの幼馴染だった彼の面影はなく、心の底のねじ曲がった醜い顔だった。


「直人なしでどう生きろっていうのさ」


 ぎゅっと首を締められる。


「う、ぐ……」

「そうだな、こんなので喜ぶ変態女だもんな」


 直人の体重が首にかかる。単純な快楽でも苦痛でも、頭の中が空っぽになればそれでいい。それで脳みそが喜ぶ体になってしまった。


 今震えているのも、足がビクビクするのも、体が喜んでいる反応でしかない。


 手が離れて呼吸を少しずつ再開する。


「風呂入ってくる」


 体が離れて、直人は風呂場に続く扉を開けて部屋から消えた。


 ボクが、監禁されて三年。

 相手が幼馴染なのもあって逃げたいという気持ちは欠片もわかない。


 直人はサッカーとか漫画が好きな、どこにでもいる男の子だった。家が近くて、歳が同じだから、幼い頃はよく遊んだ。小学校も、一緒に登校して、駄弁っていた。


 中学になるとだんだん趣味嗜好がかけ離れていったのと、思春期特有の近寄り難さを感じて、疎遠になっていった。ボクはもう幼馴染の直人と仲良くなることはないだろうと、そう思いながら、告白された先輩と付き合ったりした。


 正直あまり綺麗な恋愛観はしていなかった。告白されたら「してみるか」の精神でボクは誰とでも付き合った。そんな時期だった。それがいけなかったんだろうけど。


 高校を卒業するまでに三人、付き合った。その間にやることはやった。


 別れた理由は簡単だ。そんな軽い気持ちで付き合ったのに上手くいくはずがない。


「色といるとつまらない」


 ボクは恋愛で幸せを感じたことはないし、相手を本気で好きになったこともない。告白を安請け合いしたからそんな体験をする機会を逃したのかもしれない。好意を感じなければ恋人の価値はない。


 新しい、自分を好きになってくれる素敵な女性ができればそっちに行く。浮気も二回あった。


 ……ボクは別にどーでも良かった。本気で好きになれるのは素敵なことだと思うし、相手を好きになれるのなら何人でもいい。浮気でも、何でも。


 ボクは別に浮気を責めないし、それを理由に別れ話をされても心は痛まなかった。


 大学の時、直人は実家から離れていたけれど、帰省してきて久しぶり会ったときに飲みに誘われて、そんな話をした。


 彼の胸中なんて全く考えずに。


 やたら恋愛話を振られるとは思ったのだ。それで一通り話した後に「俺に抱かれるとしても何とも思わない?」と聞かれた。ボクの答えは「避妊さえしっかりしてれば」だった。


 胸のうちに長年拗れた恋心と、どす黒い感情を抱えてるなんて知らずに。


 彼が帰省から戻っていって飲みにまた誘われて、彼の住むアパート近くで飲んで……


 そのままお持ち帰りされた。


 今思えば彼はその時から計画していたんだと思う。


 バイトで貯金し続けていたし、ボクに結構ハードなプレイ要求してきたし、就職しなくていいって何度も言ってきて、親にも養うアピールをして。


 結婚の話もされた。


 ボクは正直、直人のことちゃんと好きなのか全然わからなかった。それを正直に言った。


 結婚も怖かった。自分の心情が何も固まってないのに結婚なんていう人生のゴールみたいな、そんな身を固めることが。


 就活もちゃんとしてもう少し時間がほしい。そう思った。


 そう言った。


 その時だけは優しく寄り添う言葉をかけてくれた。彼の家に行って、プレイ用の手枷をベッド柵に繋げられて、そのまま三日間、ずっと閉じ込められた。


「俺無しで生きていこうだなんて思うな」


 それが直人の本心だった。


 心がだめなら体に刻み込む。そんな心境だったのだろう。色々なことをされた。普通の女の子なら多分泣き叫んだと思う。でもボクだったし、直人は多分ボクだったからやったんだと思う。


「お前はいつも幼馴染だからって、そう言って、絶対好きだなんて言わないんだ!」


 ひどいことをされてるのはボクなのに、まるで被害者かのように叫んだ直人をよく覚えている。


 好きとは言ってた。でも直人にはわかったんだろう。それはライクであってラヴじゃないってこと。


 ボクは直人が風呂場に入ってそこそこ時間が経ったのを確認してから、脱衣場に入る。


 手枷も足枷も鎖じゃなくて紐だし、歩くことはできる。家の鍵は持たされたことがない。ボクが鍵を開けっ放しにして出ることは絶対にないと、直人は知ってるから。


 だから自由だ。


 家から出たら通報されて直人が捕まるだろうし、されなくても、直人に怒られてどっかに繋がれる。ネットは基本禁止。ボクひとりの時はテレビで見れる動画サイトだけ許可されてる。スマホはあるけど基本的に直人管理だし使うときは直人が見てるところで。直人に見られている間はネット解禁だ。


 脱衣場に来ると直人が待っていた。首から下げた鍵で手枷と足枷を外してくれる。


 お風呂は一人で入るけど直人がいないと手枷足枷は外せないし、脱衣場に直人がいる状態じゃないと駄目だ。


 服を脱いで、お風呂に入る。


 脱衣場でドライヤーの音が響く。


 髪を洗いながら、ボクは物思いにふける。


 ──結局直人とは結婚した。


 これが幸せなのかはわからない。直人を苦しめているだけな気もする。


 限界が来たらボクは直人に殺されるだろう。そんな予感がする。


 ボクは未だに直人を好きだと言えないからだ。


 ただこれだけは言える。


 ボクは直人に殺されるとき。そのときを想像して。


 もしそのときが来たら、ボクはきっと世界一幸せなんだと思う。


 髪の泡をお湯で流す。目を開けて鏡を見る。


 鏡の中のボクは笑っていた。






※この話はフィクションです。実際の人物・番組・ニュースとは一切関係ありません。また犯罪行為を教唆するものではありません。

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