愚か者の懺悔

 人気のない、お昼休みの校舎裏。

 そこにいた――子供の頃からずっと一緒だった幼馴染だった彼――べーちゃんにきっと今日こそは、と荷物を抱えたまま、話しかける。


「あの……さ、べーちゃん。

 私お弁当、作ってきたんだ。

 いつもパンだと、栄養バランスよくないと思って――」


 けれど、べーちゃんはこちらに、視線さえ向けてくれない。

 パンを齧りながら……ただぼう、と雲一つない空を、眺めているだけ。

 それとも、その視線の先には……彼にしか見えない何かが、見えているのだろうか?

 

 今日もやっぱり……駄目だった。

 

 最初は、やり直すチャンスが貰えたものだとばかり思いこんでいた。

 ただ、ここ半年ほど彼の傍にいて……ようやく、理解した。せざるを得なかった。


 べーちゃんは、私を許してくれたわけでも、受け入れてくれた訳でもない。

 ……単に怒る為の気力さえ使い果たしてしまっただけなんだ、って。


 よくよく考えて見れば当たり前だ。

 私がやってしまった事は……それだけ重い。


 今も、特に何事もなく学校に通えているのは、私の両親――或いは、あれ・・の親の、大人達の尽力のおかげ。

 普通に考えれば、全てが白日の下に晒されて……退学になったっておかしくはなかったんだ。

  

 今でも思う。

 もし、あの時……勇気を出してべーちゃんのからの告白を、受け入れていれば、と。


 それに、自分の男を見る目の無さを悔いたのも、一度や二度ではない。

 あの時……あんな奴なんかに頼ろうとしなければ。


 あれから、ずっとべーちゃん以外の男が……怖くて仕方が無いのも、きっと、自業自得、なんだろう。


「……なんで、私は、あのときに」


 それでも、口に漏れて出てしまうのは、みっともないだけの後悔の言葉。

 今更何を言っても、悔やんでも……もう遅いのに。


 私は私自身の所為せいで、べーちゃんからの信頼を、完全に失ったのだから。


「前にも……言ったと思うが」


 ぼそり、とべーちゃんはこちらを見ないまま、独り言のように、呟いた。


「中身が、子供ガキのまんまだったからだろ。

 あれ・・も、お前も。多分……俺もな。

 目先の事ばっかり追っかけて、未来さきのことなんて……何も考えてなかっただろ」


 多分、特別、こちらに向けて話をしているわけではないのだろう。

 私の反応を待たず、べーちゃんは続ける。


「人間の生物としての生殖に適した時期ってのは、十五から二十歳くらいがピークらしい。

 大昔は三十に届くか届かないかの齢でくたばってた事を考えれば、まあそんなもんなんだろうな」


 声は淡々とした、感情を感じさえないもの。


「……健康寿命が延びて、幾ら社会制度が変わったところで、動物としての本能は昔のままだ。

 途上国なんて、それ以下の年齢でもぽこぽこ産んでるし、日本だってやってるやつは、いろいろやってるんだろうし」


 深く、深く。ため息をついて。


「そんな感じで、斜に構えて屁理屈へりくつねて、自分で自分を納得させて、諦めようとしてた。

 こんなもんは、さして珍しい話じゃないんだ、ってな。

 ……正直、きつかったよ。何であいつがとか、俺じゃ駄目だったのかとか、あの時は頭の中がぐちゃぐちゃになってた」


「べー……ちゃん」


 絞り出されたその言葉に……今更ながら。

 私が……彼につけていた傷の深さを、改めて思い知らされる。

 それが、どれだけ取り返しがつかないモノなのかも。


「お前、あの時言ってたな。『私はどうすればよかったのか』、って。

 正直、こっちが聞きてえよ。

 なあおい、俺はどうすればよかったんだ?」


 ここで初めて、私の方を見て――べーちゃんは、声の調子を強めて、告げる。


「この場でお前の事を押し倒して、やることやって孕ませてやればいいのか?

 半年前あのとき、俺の子供なら産めるとかぬかしてたが、今でも本当にそれが出来ると思ってるのか?」 


「それ、は……」


 私は、すぐに答える事が……できなかった。

 べーちゃんと、そういう関係になりたくない訳じゃない。


 けれど、軽はずみにそれ・・を行う事が、どれだけ取り返しのつかない事になるか……

 あの一件で、嫌という程に思い知らされたからこそ、言葉が出ない。

 いくらかマシな形に持っていく事が出来たのは運が良かっただけで……きっと多分、はないだろうから。


 それに……もし、あの時……産む選択をしたところで、愛情を注ぐ事なんて、きっと出来なかっただろうけど。

 それでも。

 私は一度、自分の、子供を―――


「もし頷かれたら、どうしようかと思ってたよ。

 あれから何も学んでなかった、って事だからな。

 ……そこまで馬鹿なら、本当に救いようがない」


 固まってしまった――結局、何も答える事が出来なかったこちらの様子を見て。

 声のトーンを戻し、はあ、とため息をついて――べーちゃんは、再び視線を私から外した。


「お前が何考えてるんだかなんて、正直分からねえし……知りたくもないけどな。

 俺は結局の所、このザマだ」


 そうして、自嘲するように、ただ短く。


「もうたぶん、を探したほうがいい。

 ……お互いにな」


 それだけを告げて、また、べーちゃんは空を見上げた。

 やっぱり、そこは雲一つ見当たらない青空で―――他には何もない。


 そのまま――何かを口にしようとしても、言葉にできないまま、


 ――私は、本当に……何で。


 私はその場に、弁当箱を抱えたまま立ち尽くし、ただ、自身の愚かさを悔いる事しかできなかった。

 どこまでも身勝手な……自分の醜さを、嫌という程に感じながら。

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幼馴染は中古女 金平糖二式 @konpeitou2

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