幼馴染は中古女

金平糖二式

幼馴染は中古女

 昼休みの校舎裏、壁に寄りかかり、日陰でがつがつとカツサンドを喰らう。

 パンに挟まれた、ジャンクな味わいのソースで味付けされている、甘辛くしんなりとしたカツは、そこそこのボリュームで空腹を誤魔化すには十分なものだ。

 噛み砕いたそれをペットボトルの麦茶で流し込み、飲み下す。


「……あー」


 何となしに出した声が、少し響いて聞こえる。

 ここは随分と静かだが……一人で飯を食うのも、もう慣れた。


「べーちゃん……こんなところでお昼食べてたんだ」


 そんな俺に、声をかける女がいた。

 聞き覚えのある声に、顔を上げて見て見ればよく知っている顔の幼馴染――いや、幼馴染か、が、そこにいた。

 身に着けた服装は――当たり前だが、見慣れた高校指定の紺のセーラー服に膝丈までのスカート。


 顔立ちは……客観的に見て、まあ可愛い部類には入ると思う。

 少なくとも、もう学校ここにはいない馬鹿の理性を狂わせる程度には。


「あのさ、隣いいかな」


 そう言って、背中まで伸ばした艶やかな黒髪をかき上げながら……

 こちらの答えを待たず俺の隣に座り込んだ女――有水うすい 李衣菜りいなに向け、俺は冷ややかに告げた。


「……よくもまあ俺の前に顔を見せられたもんだな、お前」


 何というべきか……つくづく懲りない女だ、とため息をつきたくなる。

 腐れ縁といっていい程、付き合いの長いの女だったのだが。

 今とはなってはこいつが何を考えているのか心底分からない。


 だった・・・――そう、もう過去形。

 こちらは今となってはとっくに縁が切れた物、と認識していたのだが……向こうにとっては、そうではなかったようだ。 


「で、今更何しに俺にとこに来たんだ?」


 心底呆れつつも、こいつに尋ねて返してしまうのは……長い年月のうちに、染みついてしまった癖のようなものだろうか。

 良くも悪くも長い時間傍にいた、という事実は簡単にすすいで落とせるものでもないらしい。


「……結局ね。全部べーちゃんが言った通りになったよ」


「だろうな」


 俺からの質問に答えず――陰鬱な表情で表情でぼそり、と呟いた李衣菜へこちらも投げやり気味に返す。

 結局あの時・・・に言った通りになった訳だが。

 特別、俺が鋭いとか、先見の明があるとか話じゃない。

 別に少しでも冷静に考える事が出来れば、誰にでも分かる事だ。


 もし分からないとか抜かす奴がいるならば――単に現実から目を逸らして、理解を拒んでいるというだけだろう。

 丁度、目の前のこいつがそうだったように。


「まあ結果的には良かったんじゃないか。

 お前の方は何事もなくまた学校にも通えたわけだしな。

 他の連中には、何も知られてないままなんだろ?」


「……うん」


 皮肉を込めつつ告げた言葉に、素直に頷いて返した李衣菜には……どうしたものかと思ったものだが。

 再び、ため息をつきたくなるのを堪えて、聞き返す。


「で……もう一度聞くが、俺に今更何の用だ?

 そもそも、お前の方が俺を振ったんだろうに」


 断り文句は、確か俺の事をそういった目で俺の事を見たことが無かった、とか何とか。


 ……まあ、そちらは中学の時の話だし、それはどうでもいい。

 いいという事にしておく。

 だが……流石にあんな真似・・・・・までしておいて俺の所に来るというのは、どういった了見だろうか。


「ごめん……ごめん、なさい……私が、バカだった……」


「誰も謝罪してくれなんて言ってない。

 ……俺の質問の答えになってないんだが?」


 ぽろぽろと涙をこぼして、一方的に謝罪の言葉を口にする李衣菜に聞き返すが……

 向こうは、こちらの話を聞いているようで聞いていないのか、自分の言いたい事だけ吐き出し続ける。


「あんな、あんな奴、なんか……

 べーちゃんから、せっかく好きだって、言って、貰えたのに……」


「自分から進んで股を開いた男に随分な言い様だな。

 その癖話し合いの場じゃ、『あんな奴の子供なんて産みたくない』って泣いて喚き散らしたんだってな。

 出来たガキは、結局……堕ろしたって聞いたが」


 まあ、その――隣に居る幼馴染バカを孕ませた、当の元親友クズは結局転校になったのだが。

 確か……二度と李衣菜とは関わらせない、という方向で親御さん同士で話がついたらしい。


 生物学的な意味での身体の成長具合は兎も角――李衣菜の頭の中身は御覧の通りだ。

 図体のでかい子供ガキが、子供あかんぼうが産んだところで、共倒れになって不幸になる未来しか見えない。

 行為そのものは合意で行われていた訳だし……落としどころとしては、まあ妥当な所ではあるのだろう。


 あの元親友クズにしてもそうだ。

 如何にも反省しましたとばかりに、責任を取るなどと息巻いたところで、所詮は高校生ガキに過ぎない。

 聞けば、あいつを遠くの学校に移す為に、親父さんが転勤願を出さざるを得なくなり、出世コースも外れたそうで。


 結局、子供ガキが何か仕出かせば、責任を取らされるのは親なのだ。

 骨の髄まで甘ったれていたあいつは、それを全くといっていい程理解していなかった。


 事の経緯を思い起こすだけで辟易としてくるが、李衣菜はそんな俺の心境などお構いなしに、続けて来る。


「だって、あんな奴の子供なんて……いらない。

 欲しく、なかった……」


「なら最初からするなよ。

 ……やる事やらなきゃ、そもそも出来ないんだからな、子供ガキなんて。

 で、もう三度目なんだが……わざわざ何しに来た?

 答える気が無いなら俺はもう行くぞ」


 もう昼飯は食い終わったしな、と立ち上がりかけると李衣菜に制服のズボンのすそを掴まれた。

 ぎゅう、と細い指先が真っ白になるまで力を込め、こちらに見捨てられる事への怯えで顔を真っ青にして必死に懇願してくる。


「え、やだ、待って……ごめん!

 言うから、ちゃんと言うから!」


「なら早くしてくれ」


 縋り付いてくる李衣菜へ、極力感情を抑えて続きを促す。

 どうせろくでもない事なのは、判っているが……それならそれで早く済ませてしまったほうがいい。


「……お願いします。私と、付き合って……ください。

 本当に大事なのは……べーちゃんだけだってようやく、気付いたんです」


 李衣菜が深く頭を下げ、絞り出すように告げた言葉だが……予想していなかったわけではない。

 あの元親友クズの子供を妊娠した、と聞き、李衣菜が部屋に引き籠った際に泣きながら伝えられれた事実ことだからだ。

 告白を断った後に、意識するようになったが、自分からフッた手前どうしていいかわからなくなって……

 気が付けば、元親友クズに身を任せていたなど聞かされる方の身にもなってもらいたい。


「その答えならあの時返したろ。お前なんぞ――今更、知るか」


「私にできる事なら何でもするから……いや、しますから。

 その、処置が早かったから……べーちゃんの子供だって、ちゃんと」


 多分に媚びを含んだ卑屈さを感じさせる李衣菜の態度と言葉の内容に、猛烈な嫌悪感が湧き上がってくる一方で、心の何処かは酷く冷え切ったままだ。

 次の言葉に多少の毒を混ぜて返す程度で済んだのは……もう、目の前の幼馴染に失望しきっているから、だろうか。


「それでガキが出来たらまた堕ろすのか?

 二度目は……流石に親御さんにも見限られても可笑しくねえぞ。

 いい加減学習しろ」


「ちが、だっ、て……やだ……嫌なの、もう、間違えたくない……見捨てないで。

 お願いします、お願い、だから……べーちゃん!」


 どこまで人を虚仮にすれば気が済むのだろうか、李衣菜こいつは。

 敢えて大きくため息を吐いて告げる。


「……よく、わかった。

 結局どこまでも子供ガキのままなんだな、李衣菜。

 要は縋りつける誰かが欲しいだけだろ、お前」


 かく言う俺も、お世辞にも大人とは言えないが。

 少なくとも目のまえのこいつや、あのクズよりは格段にマシだ。

 それだけは――確信を持って、言える。


「ごめんなさい、お願いします、お願い、します……」


 壊れた録音機レコーダーのように繰り返す李衣菜を見下ろして……


 ふと、転校する直前……みっともなく泣き喚きながら事の経緯を土下座しながら俺に懺悔した間抜けの事を思い出した。

 自分の父親からも、幼馴染こいつの父親からも、思い切りぶん殴られたのが、いろいろな意味で堪えたようだが……あいつは今どうしているのだろうか?

 喉元過ぎれば何とやらでまた同じようなことを繰り返していても、驚きはしない。

 

 とはいえ、しっかりと縁は切って連絡先も消したので、俺がその答えを知る機会は――まずないのだろうが。


 まあ、あのクズの事はもうどうでもいい。

 こちらはこちらで区切りはつけねばならないのだから。


 諦めの境地で、声に出して李衣菜へ告げる。


「……好きにしろ」


「え、べーちゃん、それって――」


「勘違いするな」


 表情に光が差した李衣菜に、はっきりと釘を刺す。


「お前と付き合うつもりもなければ、面倒を見てやるつもりもない。

 どうせ何もまともに聞くつもりはないんだろうから、飽きるまで勝手にしろと言ったんだ」


 これもどこまで通じたものか分からないが……物理的に距離を置く術が無いのだから、こうするしかないのだろう。


 都合よく新しい彼女ヒロインでも湧いてくれば、話は早かったのだが。

 俺はその手の出会いにはどうにも恵まれていないようだ。 


「今は……それでも、いいよ。

 私は、今度こそ絶対に……間違えないから」


 やはり通じていないらしい……何かを決意した様な面をしている李衣菜の言葉に、再び大きくため息を吐いた。

 まあ……その内飽きて、勝手に新しい男でも捕まえるだろう。


 それ以上、顔を合わせて何かを口にしてやる気も起きず、空を見上げる。

 そこには雲一つない青空が大きく広がっていたが――それが、何だというのか。

 自分の悩みがちっぽけに思えてくる云々、みたいな話も聞くが、少なくとも俺には当てはまらないようだ、

 まあ、考えて見れば当然か。

 こんなもの・・・・・を視界に入れた程度で起きてしまった現実ことがどうにかなるなら、苦労はしない。

  

 ――ああ、本当にくだらない。

 

 気分も最悪のまま――ペットボトルに残った麦茶を一気に煽って、気取り過ぎだな、と自分の滑稽さを無理やりに笑い飛ばした。

 そんな意地ものでもないよりはマシだと……自分を、誤魔化しながら。

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