第6話 この先

暗い学園内。

足音だけが響いているが、ある部屋の前でそれは止んだ。

それと同時にお入りという声がする。

「学園長」

「君がわざわざ私のところに足を運ぶとは。

明日は嵐かな、やめてくれよ」

学園長室で呑気にコーヒーを飲んでいる老人がこの学園を治めている。

爺さんだからと言って甘く見ていたら痛い目を見るだろう。

これでも名の知れたハンターだ。

「紫月に会わせたのはわざとか」

「あぁ、いい刺激になっただろう」

「俺たち種族を裏切るつもりか」

「いいや、まさか。

ヴァンパイアと人間なら全面戦争でも勝ち目はない。

ただ」

くどい言い回しをして俺をイラつかせるのが得意な老人だ。

「家族に会わせてやりたかったんだ。

あの子は彼女がヴァンパイアとの共存を望んでいることを知っている。

だからハンターにはならなかった。

もしあの子がハンターになったらおもしろかったとも思っているけれど。

教会に手を貸すことはなく、遠くから彼女を見守っていたんだ。

そんな彼への手助けだよ。

これからどうするかは彼次第、君たち次第だよ」

食えないやつだ。

紫月がもしも施設にいた時の記憶を思い出してしまったら。

俺たちの許からいなくなるだろう。

そんなの耐えられない。

変わった血だからではなく、彼女じゃないとダメなんだ。

家に来たあの日から。

「余計なことを」

これ以上言うことはないと言わんばかりにコーヒーを飲み続ける学園長。

ため息だけを残して俺は部屋から出た。


「紫月はどこにいる」

「お前には言わない」

学園長室から出てすぐの廊下で待ち伏せしている男。

「お前たちが紫月の事を知る必要はない。

施設でも正式な手続きの元引き取った」

「だからと言ってお前たちが何をしてもいいわけじゃない」

向かい合って啖呵を切っているのは、口でどうにかなるとでも思っているからなのか。

「あいつの記憶はあいつのものだ。

お前たちが弄っていいものじゃないだろう」

そんなことはわかっている。

「だが俺たちは記憶の操作ができる。

紫月のなかにいい思い出があった後の方がお前の事だって、家族の事だって受け入れることができるだろう」

目的を知ったならお前も手を出さない。

「まさか、お前はそれを狙って」

「あのままでは紫月が壊れていた。

俺たちでできることはこのくらいしかない。

お前がどれだけ手を出そうとしても、お前にできることは紫月が死んだ後思い出を書き換えるくらいだろう。

それに紫月は今、長い眠りについている。

あの子が目を覚ました時には俺と婚約する。

もう契約も済んでいるしな。

お前に連れて行かせることはない。

死神は大人しくしているんだな」

そう、この男はヴァンパイアでも人間でもない。

冥界の管理者。

死神だ。

それもかなり紫月に執着している。

紫月の双子の兄だったからなのか。

「純血のヴァンパイアをやめるつもりか」

「俺は純血だろうがどうでもいい。

あいつが欲しい。

例え紫月が純血だろうが猥雑だろうが関係ない。

それに、紫月に無理をさせるつもりもない」

「特別ね、そらそうだよな。

普通の人間が死んで死神になんてなるわけがない」

鼻で笑い嫌味のように事実を突きつける。

こいつの言う通り。

死神なんかなろうと思ってなれる種族じゃない。

ヴァンパイアとは違って自由に人間を死神にできるわけでもない。

死神になるのは、冥界の魂の管理者の一族であることが条件。

その一族であるのは死後発覚のため、人間たちは普段何も知らないまま生きていることになる。

紫月の一族もそうだった。

あの時まで。

「お前のせいで紫月のアルバムが変わった。

この先紫月は人間としては生きていけない」

死神が管理している人間の人生を1冊の本にまとめていると聞く。

恐らくそのことを言っているんだろうが、俺の知るところではない。

「紫月は俺たちの一族の中に入る。

死神の管理下にはおかない。

死して尚働かせるなんて馬鹿馬鹿しい。

死神がどうなるのか、お前はもう知っているだろう」

人の死を常に待ち、死んでいくのを間近で見ている。

肉体はもう無いが精神だけが残っている死神たちにとっては死んでいく人間たちを見送るのは地獄そのもの。

そのため自分を忘れようと姿かたちを骸骨に変えていくのが普通だ。

死んだ後の自分の姿を保っている死神なんて滅多にいない。

「死神を知らないヴァンパイアが好き勝手言ってくれる」

「お前たちと俺たちじゃ相性が悪いからな」

血を吸われた人間は灰になる。

すると死神たちはその人間を冥界に送ることができない。

ヴァンパイアと死神はずっと昔から関係が悪い。

「そんな死神の一族から娶るつもりか」

「死神だろうが関係ない」

「紫月紫月って、お前おかしんじゃねぇの」

「お前こそ、紫月にいつまでも執着しているじゃないか」

これに至ってはお互いさまと言わんばかりに反撃をする。

「こらこら、二人ともこんなところで喧嘩はしない」

学園長室からひょっこり顔を出す老人。

「紫月が目を覚ますのが俺が高等部に入ったその時だ」

「なんでそんな時期に」

その時期じゃないといけないんだ。

「死神とヴァンパイアだけならいいんだけどねぇ」

学園長は意味深な言葉と一緒に姿を消した。

どういう意味だ。

「お前は何も知らないんだな」

「自分は知っていると言いたげだな」

「あぁ、死神だって腐っても神の一族だからな」

「腐っても神、ね。

それって死神ジョーク?」

あははと笑いながら黒緋が木の上からこっちを見ている。

「青藍様、九鬼くき家からの連絡がありましたよ」

「わかった、すぐ戻る」

九鬼か。

純血のヴァンパイアの一族はどうしても面倒だ。

古臭いというか、プライドが高すぎるというか。

「九鬼も最近人間狩りが多いな」

「も?」

「ヴァンパイアこそ穢れた血のくせに」

そういって大鎌をどこからともなく取り出すと円を描いて消えた。


人間狩りは俺が禁止にしてから表立ってする者は減った。

紫月が人間である限り対象にされては困る。

だがそれを守っていないなら、粛清対象。

「食えないやつらですね、死神って」

「黒緋、さっきのあいつの言った意味を調べろ。

一人残らず」

「えぇ、純血も猥雑も関係なく?」

「あぁ、掟は絶対だ」

「どんだけ時間かかると思ってるんですか…」

「紫月が目を覚ますまでに事を片付ける」

「出来なきゃ?」

にやにやとしながら俺の反応を見る黒緋。

「お前のできませんでしたは聞いたことがない」

できる自信があるから聞いているんだ。

「信用されてる俺すげぇ!!」

すぐ調子には乗るが仕事さえしてくれるならそれでいい。

「期待している」

そして俺たちも窓から外に出てそのまま飛び立った。


ヴァンパイアと死神以外の何者かが何かを企んでいる。

全く情報がない。

だが人間と死神は知っているようだった。

なぜ俺たちだけが知らない。

いや、俺が知らないだけなのか。

紫月は平和を望んでいるというのに、なぜこうもうまくいかないのか。

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ヴァンパイアと姫 ニア @nia2721

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