あたしが千紗だ、文句あるか3 怒濤の?バレンタイン編
たてのつくし
第1話 ある日の冬の放課後
それは、2月に入ってすぐの放課後。学級委員の佐藤千紗と菊池亮介は、委員会を終えて、オレンジ色の西日が差し込む廊下を歩いていた。
菊池が前を歩いていて、千紗は少し後ろを歩く。別に二人は仲が悪い訳ではない。これが中二の距離感ってものなのだ。
「ねえ、菊池。明日の報告は、菊池の番だからね。忘れないでよ」
千紗が、菊池の背中に向かって声をかけた。
「え、そうだったっけ?」
菊池が立ち止まって振り返る。
「そうだよ。前回はあたしがやったじゃない」
「あれ? そうだったっけ? 俺じゃなかったっけ?」
「あたしだってば。忘れんなよ、もう」
「うっそ。俺、今回は違うと思って、話、あんま、聞いてなかった。何を報告すればいいんだっけ」
「球技大会だよ、球技大会」
「あ、そうだ、そうだった。で、具体的には、何を報告すればいいんだっけ」
「もう、あんたさぁ」
菊池がわざらしくと首をかしげて見せるので、千紗は思わず笑ってしまう。
「まあ、いいや。このノートに書いてあることを・・・」
千紗が作った議事録のノートを挟んで二人が相談していると、
「亮介!」
と、声がかかった。
顔を上げなくても、千紗にはその声の主がわかる。
鮎川さやかだ。黒目勝ちの大きな瞳、華奢な手足、女の子らしい身のこなし、それでいて俊足とくる。すべて、千紗にはないものだ。その上、さやかは菊池と一緒に学校から帰ったことがあるのだ。そんな事、きっと千紗には、永遠に訪れないだろうけれど。
千紗はノートを閉じると、すっと菊池から離れた。さやかとは秋頃に色々あって、と言うか、千紗が席替えの件で、理不尽にさやかを怒ってしまい、その怒りの勢いがすごすぎて、彼女を泣かせてしまった、と言う過去があって、二人の間は、未だに少しぎくしゃくしている。というより、あれ以来、千紗の方が、ぎくしゃくしている。
そして、正直に言ってしまえば、千紗は、あれ以来、さやかと彼女の仲良し達が怖い。だから、彼女たちが現れると、基本、気配をできる限り消す。特に、菊池が絡む時は、透明度を上げる。
そんな千紗の思いなど知るよしもなく、さやかは子鹿のような軽やかな足取りで千紗の脇を通り過ぎると、仲良しの影山唯と安達美里と三人で、菊池を取り囲んだ。
「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな」
それだけ言うと、さやかはなぜか急に、視線を落として言いよどんだ。肩の辺りでぷつんと切られた黒髪がさらさらと揺れ、頬がほんのり赤く染まる。それは、華奢で可愛らしい彼女を、一層儚げに見せた。こんな女の子を目の当たりにして、心が揺れない男子っているだろうか、と、千紗は考えた。いないよな、多分。
沈黙に緊張感が増してきても、さやかは、なかなか次の言葉を言い出せない。
遂に、しびれを切らせた安達美里が、ほら、と言うように、さやかを少し前に促した。ぴょんっと一足前に出たさやかは、やっと続きを話し出した。
「ええっと、ええっと、亮介って、ミルクチョコとブラックチョコなら、どっちが好き?」
「え? は? チョコ?」
菊池が、目を白黒させている。
「うん。チョコ」
「そうだな、その~、ミルクチョコかな」
「あ、そうなんだ。ふうん。わかった」
さやかは、ふっくらと笑うと、
「さっちゃん、邪魔しちゃってごめんね」
と、廊下の隅に退き、壁と同化していた千紗に一声掛けると、クスクス笑いながら、仲良し二人と共に、長い廊下を走り去っていった。後には、ほんのり花のような甘い香りが残った。
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