スノーマン。満月の日の夢魔法
水の月 そらまめ
君のもたらした奇跡を生涯忘れない
白くて、寒くて、凍えそうな夜。
星の煌めく綺麗な夜空に、光り輝く満月が少年を照らしていた。冷たく澄んだ空気は少年の体温を奪い続け、白い息がシンと静まり返った森林に消えていく。
ぼくは少しだけ暖かな炎に身を寄せ、暖をとる。
揺れ動く炎の赤と、血生臭い赤と、サンタ帽子の赤い色。刺激臭なんて気にならないくらい寒くて。手まで赤く染まっていた。
ぼくの手袋どこだろう。
白い雪も赤く。ぼくから流れる雫も赤い。じんじんと痛かった。でも僕は強い子だから泣かないもん。
透明な雫が雪に落ちて、ぼくは自分が泣いていることに気がつく。やっぱり痛いものは痛い……。
「お母ぁさん」
な、泣かないもん。僕は強い子だから……。
「グスッ」
寒い。
白い雪と赤い雪。
凍りついた赤雪を手に取ると、なんだか不思議で。ぼくは赤く染まった雪を集めて、玉にしていく。
二つ作って重ねて、手頃な石や枝をつけていった。赤い雪だるまの完成だ。
なんだかかっこいい気がする。
ぼくは満足げに笑うと、ズズと鼻水を啜った。
たしか、車の中にティッシュがあった気がする。ゴソゴソ。
あったぞ。
思いきり鼻をかんで、ぼくは雪の降る外に出た。寒い。火のついた車でちょっとだけ暖をとる。
「あったかーい」
ぼくは倒れている箱を取りに行く。
中には、ぼくが作った小さなスノーマンが入っていた。
お母さんが、ぼくが友達と一緒に家に帰れるように、用意してくれた箱だ。
ぼくのお母さんはすごい。雪だけですっごい雪だるまを作るんだ。
取れている頭を直して、目や鼻、小さな帽子に見立てた毛糸の袋。ぼくはいま見つけた、枝を拾いにいく。
「かっこいい枝を見つけたんだ。見てスノーマン!」
手も付け直す。
ひっそりと咲いているスノードロップの花を摘み取り、ブローチのように押し付けてみる。
ぼくは考えた。
頭の方がいいかもしれない。
毛糸の袋をかっこいい枝の先にかけて、スノードロップの花を頭にブッ刺す。
「よしっ」
ぼくは満足げに笑うと、スノーマンをお母さんのそばに持っていく。
まだ寝てるみたい。
はぁーっと白い息を吹きかけても、真っ赤になった手はちっとも暖かくならない。
空を見上げれば、静かな雪が降っていて。あたり一面を白く染めている。
今日はずっと雪だっけ。
「見て、腕がもっとかっこよくなったよ。お母さん。この頭のスノードロップ、あそこに生えてたんだ」
「…………」
反応がない。
ぼくはひしゃげた車から毛布を取り出してきた。それをお母さんにかけてやる。
触っちゃダメって言われてたけど。
熱くなる箱を持って外に置く。カチッ
「? ……つかない」
ゴンゴン。
「おーい。あったかくなってよぉー」
ぼくは困った。燃える車の炎も消えて、寒くなる一方だ。こんな夜じゃぁ人なんて通らないし、明かりは月や星だけ。
「スノーマン、ぼく寒い。……きみはちょうどいい?」
隣に立つスノーマンはにっこりと笑ったまま。
不動なのが、君のいいところだね。熱に弱いし、冬にしか会えないけど。
ぼくはクスッと笑って、ティッシュで鼻をかむ。
あぁ、ぼくは涙すら暖かいんだな。そんなことを思いながら、ぼくはきみの手に触れる。
もう感覚がないや。
ぼくは毛布を抱きしめて縮こまる。だんだん眠くなってきて――。
「おーい。おーい。寝たら死んじゃうぞ!」
「うーん……」
重い瞼を開けると、目の前にいたのは白い雪の玉だった。
「スノーマン」
白い雪をに段重ねにして、ぼくのつけた目と鼻と口。体には綺麗な石のボタン。かっこいい枝の手の先には、毛糸の袋があって。スノードロップの花が頭にブッ刺さっている。
彼は笑顔の顔をぼくに向けると、惚けているぼくに頭突きをかましてきた。
石頭だー!
「起きたか?」
うずくまるぼくにスノーマンが日陰を作る。
「痛い…何するの……」
「ごめんよ。僕も凹んでしまった……」
「スノーマン、ばか?」
ぼくは少しむくれながらも、直してやる。動かなかった友達が、きっと優しい魔法使いさんの魔法で動けるようになったんだ。
君と話せることが、ぼくは嬉しくてたまらない。高揚感に包まれているぼくはスノーマンに抱きついた。
「君の体温は熱いなぁ」
「スノーマンは冷たいね!」
スノーマンから離れて、ぼくは辺りを見渡した。
眩しい太陽が真上にある。ギラギラと光るはずの雪は、月明かりの下にあるように微かに白く光る程度だ。
ぼくらの立つここは、木すら生えていない平面な場所だった。
何もなくて寂しい場所。
「ここ、どこ?」
「どこだろうね。さぁ行こう」
スノーマンが動き始める。
ここには何もないから、ぼくらが道を切り開いていくしかないみたいだ。
一歩踏み出すと、ぼくはお腹の上まで沈み込む。思っていたより、雪は高く積み上がっているみたいだ。
「よぃいしょっ、よいぃしょっ」
先を行くスノーマンは、雪の上を動いていた。なんかずるい。
「いっくしゅっ!」
くしゃみをしたぼくの声を聞いて、スノーマンは慌てて戻ってきた。そして手に持っていた編み物を渡してくる。それから自分の体にある温かそうなものを探して。何も無いことに落ち込むような声で言った。
「ごめんね。僕じゃぁ君を温めてあげられない」
「大丈夫! ぼく平気だよ」
「……君は強い子だ」
へへと笑ったらスノーマンがまた歩き出した。
「どこに向かってるの?」
「僕らが行きたい場所さ」
スノーマンがどんどん進んでいくから、ぼくはそれを追いかける。
積もる雪に足を取られて、ぼくらの距離は開いていくばかり。ザクザク。雪を踏みつける音は響くのに、雪の冷たい感覚はぼくには伝わらない。
へんなの。
「スノーマン早いー!」
叫んだぼくの前で、白い息が空気にとけだしていく。
「おっ、ごめんよ!」
振り返ったスノーマンは変わらず笑顔だ。
ぼくも君の表情に釣られてにへらと顔を緩め、君のいる場所を目指して歩く。
ぼくらの行く道は真っ白だ。誰もいないし、しんしんと降る雪が積もるだけの静かな道。世界にぼくとスノーマンの二人だけになってしまったみたい。
雪を踏みしめる音がひとつだけ鳴り続ける。音のない世界には、ぼくの音しかない。
「ここらで一旦休憩でもしようか」
「スノーマン、雪だるま作ろう!」
「……いいね! やろう!」
ぼくはコロコロと雪の玉を作っていく。
スノーマンもコロコロ器用に雪を転がして、ぼくより大きな雪玉を作っていた。
負けないぞ!
コロコロコロコロ。大変だ。目や口になる物がない。ぼくは真っ白なあたりを目を凝らして見渡した。
地面を掘ってみると、花が咲いていたけど、摘み取ってしまうのはかわいそうだ。
ぼくの友達のスノーマンが命を取り込むように合体していく。小さなぼくの友達は、ぼくと同じくらいの大きさになっていた。いや、僕より大きい。
「じゃーん!」
「スノーマンすごい!」
ぼくはなんだか嬉しくて飛び跳ねた。
スノーマンは雪だるまなのに、太陽のような最高の笑顔をぼくに向ける。
ぼくが喜ぶと、君が喜ぶ。
君が嬉しそうだと、ぼくも嬉しい。
ぼくの友達はるんるん気分で歩き出した。白い海はどこまでも続いていて、ぼくはスノーマンの隣をにっこり笑いながら一緒に進む。
「わっ!?」
「うおっ!?」
急に風が強くなった。雪がぼくらを叩きつけるように向かってくる。吹雪だ。
ぼくがその場にうずくまると、突然風が緩やかになった。
「スノーマン……」
泣きそうになっていたぼくに、スノーマンは笑顔で力強く言った。
「大丈夫。僕が君を守るから。僕の後ろについておいで」
「……うん」
大きくなった君の体が、吹き付ける雪と風から庇ってくれる。一歩、一歩。ゆっくりと前に進むぼくらは、積もる雪に埋もれてしまいそうだ。
視界は白一色で埋め尽くされている。君の体が白いせいだ。赤い服でも着せておけばよかった。
硬い感触のするスノーマンの背中に両手で触れる。
「スノーマン大丈夫?」
「もちろん。僕は冷たいのは平気なのさ」
振り返った顔は真っ白になっていて、顔が雪まみれになっていた。「ふふ」と笑ったぼくが手を伸ばそうとすると、スノーマンはすぐに前を向いて、また進み出す。
目的地もわからずに、ぼくはスノーマンの歩く後ろをついていく。なんだか頼もしい。
美しい白の地面を踏み締めて、どれくらい進んだだろう。人がいたとしても、すぐにわからなくなってしまう降雪だ。
次第に吹雪は緩やかに、静かになっていく。
乱舞している雪の結晶が怖かったけど、ぼくの友達はとっても心強かった。ありがとうスノーマン。君がいて本当によかった。
ぼくは緩やかな風の吹く空を見上げて、胸を撫で下ろす。
「ふぅ。ここまでくれば一安心」
顔を擦るような仕草をしたスノーマンの顔は、元のニコニコ笑顔に戻っていた。
「スノーマンありがとう」
「うん、さぁ。まだまだ旅路は長いよ、先へ行こう」
笑うスノーマンの先に、きらりと光る建物が見える。
目を凝らしてみると、雪と氷でできたお城のようなものが建っていた。雪の結晶が集まった煌めきに、ぼくは自然と足を向けだす。
今度はスノーマンがぼくの後ろをついてくる番だ。ぼくは興味津々で早足で向かう。
「わぁ」
お城は思ったより小さくて。壁に綺麗な彫刻が施されていた。小さいけれど、どこか偉いぞって雰囲気が伝わってくる。
せっかく膝下まで積もる雪をどけていったのに、入口が見当たらない。
閉ざされた扉があったら、ノックするのに。
「ドアあった?」
「無いみたいだ。雪の妖精は、壁を通り抜けられるのかもしれないね」
スノーマンも見つけられなかったらしい。
旅人を泊めてくれないなんて、器の小さい奴め。住民が出かけているだけかと思って、ぼくは少しの間そこにいたけれど。雪の妖精も出てこないし。何も起こらないし……。
ぼくは次第に興味を失って、スノーマンが急かすからまた歩き出す。
いったいぼくらはどこに向かっているんだろう。ただ白いだけの空間をずっとずっと歩いている。
はぁ〜っと寒くはないけれど、気持ち寒くなってきた手に息を吹きかける。
ふとスノーマンが止まった。
「どうしたの?」
振り返ってにっこり笑うスノーマンは、ぐぐっと、ぐんっと、なんだか体を動かしている。その仕草がおかしくて、ぼくは「あはは」と笑い声を上げた。
スノーマンはがっくしと頭を前に垂らすと、ニコニコな顔でどこか苦々しく僕を見下ろす。
とても優しい触れ方でぼくの背中をさすると、スノーマンは気持ち上を向いた。
「空を見上げてごらん」
「わぁ〜!」
彼の言う通り空を見上げれば、綺麗なオーロラが浮かんでいた。
全然気づかなかった!
緑や青、赤へと変わる。昼間のオーロラははっきりくっきりと、カーテンみたいにゆらめいている。なんだか不思議な感覚だ。
どこか虹にも似たオーロラを眺めて、ぼくらは少し休憩することにした。
スノーマンも大概自由人だ。
視線を下ろすと、スノーマンが何かしているようだった。前に回っていくと、ふわりと重力に逆らう動きをしている、白い雪の玉と向かい合っていた。
「なにそれ!」
ふわふわと浮く雪玉に触れると、溶けて水になってしまう。残念そうにしたぼくに、スノーマンは優しく教えてくれる。
「雪だね」
「雪かぁ」
へらっと笑ったぼくは足首まで積もっている雪を蹴っ飛ばす。
薄く積もった雪の下は、透き通っていて。ずっと下に泳いでいたであろう魚が見えた。
全てが凍りついた水中を眺めて、ぼくとスノーマンは笑い合う。
休憩する時はちゃんと休まなきゃ。
少ない雪を集めて、ぺちぺち固めて椅子を作って座る。スノーマンは地べたでいいらしい。
「たぶん、椅子の意味ないし……」
「そう?」
お母さん直伝の雪の椅子だぞ。確かにちょっと不恰好だけど、ぼくは満足だ。
ぼくは水の中を覗き込んで、たくさんの魚を観察する。少しも動かないから面白くない。けど、君が一緒なら、なんだって楽しい話に早変わりだ。
パキッとどこかで割れたような音がした。
十分に休憩を取ってから、へへと笑い合うと、ぼくらはまた歩き出す。君と二人ならどこへだっていける気がする。
「あっ」
「走ったら危ないよ!」
スノーマンの忠告を無視して、ぼくは駆け出す。
何か光るものが落ちていた。
少し重みのあるそれを持ち上げると、スノーマンが覗き込んで答えを言った。
「雪の結晶だね」
「本で見たことあるよ」
キラッと目を輝かせて、ぼくは雪の結晶を太陽に向けた。ぼくの体温で溶けないのをみると、本当の雪の結晶じゃないみたい。
暖かな部屋で読んだ本。昔の朧げな記憶だ。お母さんとお父さんの中心で、ぼくは笑っていたような気がする。
それを思い出すと、この真っ白な雪と君しかいない世界は、ちょっぴり寂しい。
「でもおかしいなぁ。雪の結晶はもっと、こーんなちっちゃいってお母さんが言ってたよ」
「そうだね、この降ってる白い雪が、その雪の結晶だ」
手に持ったものを地面に置いて、ゆらりゆらりと降ってくる雪に手を伸ばす。
ずっと降ってる白い雪を手で受け止めると、すぐに水滴になってしまった。手を傾けると、水滴も傾いて流れていく。
ぽたっと雪の上に落ちたそれを、ぼくはどこかで見た気がするんだ。なんだったっけ。
「こっちにも雪の結晶があったよ!」
思い出そうとしていたぼくに、スノーマンは笑顔を向けていた。その細い枝の手で大きな雪な結晶を器用に手に持って、ぼくの方へ近づいてくる。
「本当だ! でもぼくの方がかっこいいよ!」
「じゃぁ、僕の結晶はとってもかわいいよーだ」
スノーマンは変わらずの笑顔でいたけれど、ぼくはちょっぴり泣きそうな顔になってしまった。
心なしか君の笑顔も曇ったように見える。
ぼくは雪の結晶を抱えながら、とぼとぼと歩き出す。スノーマンは雪の結晶を頭に乗せて、ぼくの隣を歩いた。
「ねぇスノーマン、ぼくらはどこに向かってるの」
「そうだなぁ。ちょっと旅をしているんだ」
「旅?」
「そう。もう少し、僕と歩こうじゃないか」
「…………」
ぼくはちょっぴり疲れてきた。でもスノーマンが勇気つけてくれるから、ぼくはまた歩き出す。
だけど。頑張りたいけど。
ぼくは思い出してしまった懐かしさに、胸が締め付けられた。
「お母さん……」
涙を浮かべたぼくに、彼の枝がぐらりと揺れた。スノーマンの手でぼくの涙を拭おうとしたら、きっと木が目に刺さっちゃう。
君の体はどこまで行っても作り物で。冷たくて。それでもぼくは君を友達だと思ってるよ。
歩き出したスノーマンは振り返らない。ぼくを気にしながらも、どんどん進んでいく。
ぼくが止まったら背中を押して。風が吹いたらぼくを守ってくれて。ぼくが止まったら背負ってくれた。
ぼくちゃんと歩けるもん。
サクサクと雪の上を歩いていると、少し暖かな風が肌を撫でた気がした。それがまた懐かしさを彷彿とさせてくる。
スノーマンは動きを止めた。
涙を浮かべているぼくを見上げ、彼は変わらない笑顔で先を指さす。
「さぁ。夢は終わりだ。雪の国巡り終了! 君は暖かな風の吹く方へおゆき」
いきなりの言葉に、ぼくはスノーマンを見た。
お父さんもお母さんもいないのに、スノーマンまでいなくなってしまうの? どうしてそんなこと言うの。
「スノーマンは?」
縋るように膝をつくと、スノーマンは相変わらず笑顔だった。けれど、どこか悲しそうにも見えるのは、なんでだろう。
「僕はいけないよ。……さぁ」
ぼくは戻ってやろうかと、今まで歩いてきた道を振り返る。足跡は一つだけ。ぼくの足跡だけ。
いつの間にか、お腹まで積もっていた雪が、薄く積もる程度になっている。
ぼくは無性に寂しさに襲われ、スノーマンを見る。
いつの間にか小さくなっていた君は、ぼくが気づかないようにと長細くなりながら耐えているようだった。雪の結晶が邪魔をして、君の姿を見れていなかったんだ。
ぼくより大きくなっていた君は、ぼくの体温で溶けてしまっていた。
「スノーマン……」
スノーマンが帽子がわりにしていた雪の結晶を、ぼくは自分の雪の結晶に重ねた。
泣きそうなぼくを彼はちょんちょんと優しく突いてくる。
「甘えん坊さんだね。仕方ないから、君の友達であるこのスノーマンが、もう少しだけ一緒に行ってあげよう」
木の枝は温かみがなくて、それでもぼくの心はあったかくなった。空気も、雪も溶けて。君はきっと溶けてしまう。
スノーマンの優しい笑顔がぼくを見て、動かないぼくの手を引いてくれる。
「行こう。僕の愛しい子」
「……うん」
ぼくは小さくつぶやく。
「ありがとう、スノーマン」
*
ぱちっと目が覚めた。
暖かい空気が鼻を通してぼくに入ってくる。白い天井に、窓の外には雪の降る夜空が見えた。
ぼくがうとうとしていると、誰かの入ってきた音がした。ドアの音だ。
「お姉さんは、だれ?」
ハッとしたお姉さんはぼくに優しく話しかけてくる。
ここは病院で、お姉さんは看護師さんらしい。ぼくを安心させるように、暖かい手で手を握ってくれる。
お母さんも生きてるって、看護師さんが言ってた。
「ぼくのスノーマンが助けてくれたんだ」
看護師さんは笑って『良かったね』と言ってくれた。
信じてないなぁ。
少し慌ただしく出て行ったお姉さんを見送って、ぼくはムッとしてベットに寝転がったまま、視線を上に向ける。
ここはとっても暖かい。
ぼくのスノーマン、今どこにいるのかな……。
そういえば、赤いスノーマンは、もう真っ白になっちゃったかな……?
ぼーっとしていると、お母さんが入ってきた。そしてぼくを抱きしめる。あったかい。
ぼくもお母さんを抱きしめる。
堪え切れずに涙が流れた。暖かい涙が。
「生きていてよかった」
お母さんがわんわん泣いてしまって、ぼくもつられて泣く。ぼくはそのまま疲れて寝てしまった。その後のことはよく覚えていない。
次に起きた時。朝の太陽が、ぼくの手を握るお母さんに降り注いでいた。キラキラの光だ。
ぼくが病院を出られるのは、もうちょっと先になるみたい。
ゆっくりと退屈な日々が過ぎていく。
ぼくは君の夢をまた見ようとしたけれど、昨日も君は現れてくれなかったね。
夜の静まり返った病院には、月の光が入ってくる。ぼくは少し寂しい気持ちを抱えながら、窓の外を見つめた。
結露して水が流れて行くのが、君の涙のようで少し嫌だ。でも君は泣かないってぼくは知ってるよ。いっつも笑っていて。ニコニコしてる。
スノーマン、君は今どこにいるの? 夢でいいから出てきてよ。ぼく、君にまた会おうねって言えなかったんだ……。
会いたい、スノーマン。また話したいよ。
ぼくはスノーマンが言ったの最後の言葉を思い出す。
『春の日が来るのが待ち遠しいね』
雪がなくなったら溶けちゃうくせに。ぼくの友達はとっても優しいやつで、とっても明るくてお気楽なやつだ。あと、頼もしくて、面白くて、友達思いで、たまにおっちょこちょい。
なんでだろう。なんだか負けた気分……。
今年はもう魔法が解けてしまったなら、来年ならどうかな。
春が来て、夏が来て。秋が来て。また冬が来たら。また君に会えるかな……。
ヒューっと冷たい風の音と、カンカンと窓を打ち付ける氷の音が聞こえる。春はまだ遠い気がした。
まだ冬だよスノーマン。
ぼくは重い瞼を閉じて、君の出てこない夢を見る。
*
明日ぼくは退院する。
病院から見える窓の外は、まだ真っ白な雪の降る夜だった。
ぼくは病院の外に出て、雪だるまを作る。
手を真っ赤にして、白い息を吐きながら。ぼくは雪でできている君に話しかけた。
「スノーマン。君はぼくの友達のスノーマン? ……まぁいいや。ぼくを助けてくれてありがとうって、スノーマンに言っといてよ」
ぼくはニコリと笑うと、少し欠けた月をみてから君を思う。
暖かな風がぼくの体を包み込んで、ぼくはベットに座った。目が覚めた日からぼくは毎日同じことをしている。
手に持つのは紙とクレヨン。
スノーマンとの雪の国であったことを絵にするためだ。ぼくの心を支えてくれた君を、ずっと忘れないために。
数十枚の紙を持って、僕はお母さんと病院を出ていく。
踏み出した傍らに小さな花が咲いていた。
君が最後にくれたスノードロップだ。
スノーマン。満月の日の夢魔法 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame
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