【SFショートストーリー】彼女は部屋の隅で今日も花を見つめていた

藍埜佑(あいのたすく)

【SFショートストーリー】彼女は部屋の隅で今日も花を見つめていた

 夕暮れのひっそりとした研究室で、博士は一つの実験に夢中になっていた。

 彼が開発したのは、植物の感情を読み取り、それを言葉に変換する装置だ。

 殺伐とした未来社会で、自然との対話がめっきり減り、自然を破壊することに疑いの目を向けなくなった人類に警鐘を鳴らすためには、これ以上ないアイテムだと博士は信じていた。

 彼の助手、愛子はその日もテストの準備を手伝っていたが、時折観葉植物たちを愛おしそうに眺めている。

 窓の外には都市の構造物が無数に並び、自然の風景は人工的なものにすっかりと取って代わられていた。

 博士は愛子に向かって、期待を含んだ声で言いました。

「よし、愛子、始めようか。装置は全てチェックしたな?」

 愛子はうなずき、

「はい、博士。全てのシステムにグリーンライトが出ています。目の前の植物が何を思っているのか、今からわかりますね」

 と返答しました。

 博士は装置のスイッチをオンにし、緊張しながら植物にセンサーを近づけます。

 いくつかの調整後、装置から静かな電子音が発せられ、その後、人間の言葉へと変換されます。

 装置のスピーカーから、感情を帯びた女性の声で


「私はここにいるわ」


 という言葉が流れました。

 博士と愛子は目を見張り、互いに笑顔を交わします。

 博士がそっと植物に話しかけます。

「君は今、どんな気持ちだね?」

 静けさの中で、装置は間を置いて「陽の光が恋しい」と返答しました。

 この答えは博士自身に深い衝撃を与えました。

 博士は自己の研究に夢中になりすぎて、基本的なことを見落としていたのです。

 愛子の手が優しく植物を窓際に移動させます。

 彼女は植物を見つめながら言いました。

「あなたの望み通り、太陽の光をいっぱい浴びてくださいね」

 植物からは「ありがとう」という言葉が返ってきました。

 最後に博士が低い声で、もう一度植物の方を向いて言いました。

「これからは、君たちの声にもっと耳を傾けるよ。私たち人類も自然の一部だということを忘れないようにする」

 これで今日の通信は終了し、博士と愛子は装置を見守りながら深い思索にふけるのでした。

 彼らは科学の力を用いて自然との新たな対話を可能にし、二つの世界を取り戻す一石を投じたのでした。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【SFショートストーリー】彼女は部屋の隅で今日も花を見つめていた 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ