第5話 暗黒竜との再会

 虚ろな彼が案内した場所。それは学校から少し歩いたところにある廃屋だった。石造りの倉庫だったのだが、一年ほど前に火事で焼け落ちそのまま放置されていた。


 焦げた石の壁は残っているのだが、屋根や天井は焼け落ちている。何故そのまま放置されているのかはわからない。ただし、学園内では怪奇スポットとして様々な噂が流れている場所でもある。深夜、廃墟に幽鬼が闊歩しているなどだ。


「ねえ、こんな所に何があるの?」


 私の問いに、あの男の子はちらりと振り返っただけで何も答えない。そして無口のままゆらゆらと奥の方へと歩いていく。私はウルファ姫の手を引き彼の後を追った。


 倉庫の一番奥は金属製の低温倉庫だった。そこは直方体の構造物がそのまま残されており、風雨をしのげる状態だった。


「中へ……入って……」

「真っ暗で怖い」

「大……丈……夫……こ……こ……は……安全……だ……」


 安全だって言われても信用できない。私はウルファ姫の手を握ったままその場に立ちすくんでいた。すると中から低い声が響いた。


「何もしないから入って来い。お前たちに相談がある」


 突然、何本かの蠟燭が灯って中がうっすらと明るくなった。中の様子がぼんやりと浮かんできたのだが、奥のソファーに大男が座っていて、その両脇に誰かがいた。女の人みたいだ。あの大男は誰?? と思ったところでウルファ姫が問いかけていた。


「バズズリアか?」

「そうだ。遠慮するなよ」


 あ……あの大男はバズズリア。つまり、あの悪党が黒幕って事で間違いないんだ。でも、相談って何かな。付き合う必要はないと思うんだけど、ウルファ姫は何食わぬ顔でうす暗い倉庫の中へと入っていた。姫の手をしっかりと握っていた私は、彼女に引きずられながら中へと入った。


 薄暗い低温倉庫。その中の奥まった場所に大ぶりなソファーがでんと据えられていた。その真ん中に浅黒い肌の大男、バズズリアが座っていた。


 あの頃、私が幼年学校で出会った時から二年ほど経過していたけど、奴の体はさらに大きくなっていたし、何故か上半身は素っ裸だったし、腕や肩には派手で気味の悪い模様が描かれていた。アレって入れ墨っていったっけ?? 悪の秘密結社の構成員がやってるイメージがあるんだよね。


 バズズリアの隣には純白の肌と純白の髪のスリム美女と、金髪の色白巨乳美女が座っていてバズズリアの太い腕に抱き付いていた。白い美女は多分妖人で金髪美女は人間だと思う。


「おい、ブルーノ」


 バズズリアの言葉に反応したのは奥にいた赤鬼だった。あいつ、ブルーノって名前だったのね。


「はい」


 奥から出て来た赤鬼はストレッチャーを押していた。その上には小柄な女性が寝かされていたのだけど、顔も腕も緑色だった。そして所々に黄緑色の葉っぱが生えていたのだ。


「これは……何なんだ? 病気か?」


 緑色の彼女を見つめながらウルファ姫が呟いた。妖人の中に植物系の種族がいると聞いたことがあるのだけど、彼女がそうなのかな。それとも何かの病気?


 姫の言葉を受け、バズズリアの隣に座っていた白髪の女が立ち上がった。そして寝かされている女性の肌を撫でながら口を開いた。


「これは寄生樹です」

「寄生樹だと?」

「ええ。南方の島嶼部には寄生樹という植物が存在しています。その種子が体内へ侵入すると体が植物化していきます」

「だから真っ暗にしているのか?」

「ええ。光を当てると植物が成長するので」

「成長するとどうなる?」

「地面に根を張って植物化します」

「死ぬのか?」

「本人の意思と自由は奪われますが、生命としては植物と共存する状態となります」

「つまり、生きたまま植物化してしまうのだな」

「はい。この娘は妖人族のアンナ。貴方たちを呼びに行ったジャンの妹なの」

「それでか」


 ああいう迷惑な貢物をして私たちを連れて来た男の子の名はジャン。彼が妹のアンナを助けようとしているのは分かった。でも、私たちがどうこうできる問題じゃないよ。お医者さんか医療魔術の使い手じゃないと手に負えないんじゃないの?? 


「医療術士なら皇国保健機関へ依頼すれば紹介してもらえる」

「うん。私たちにできることはないと思います。姫、もう帰ろうよ」


 そうだ。私たちにできることはない。

 私はその場から立ち去ろうと姫の手を引いたのだが、バズズリアの隣にいた白い妖人が立ち上がった。


「待って。私は医療魔術師のカレンです」

「医療魔術師だと?」

「はい。皇国の北方、ミスラ自治領の医療魔術師です」


 ミスラ自治領って妖人族が多いところで、独立運動が盛んで皇国と対立していたんだっけ? そこの妖人族ってトカゲやカエルを好んで食べる……って聞いたことがある……かも? つまり、あの迷惑な貢物をくれたジャンと植物人間になりかけているアンナと医療魔術師のカレンはミスラ自治領の人って事になるのかな。カレンが話しを続ける。


「ご存知と思いますが、我がミスラと皇国の関係は悪化しており皇国の医療に頼る事は出来ません。また、私たちは寄生樹の対処方法として最良と言われている〝太陽の石〟を所持しておりません」

「それで? 太陽の石は希少だ。私達ではどうする事もできない」


 確かにそうだ。太陽の石などの希少な魔法石を用意できるはずがない。


「話は最後までお聞きください。寄生樹を取り除く〝太陽の石〟と同じ効力を発揮する魔導書をお貸しいただきたいのです。その名は〝太陽の石と魔法の書〟です。貴方たちが通われているラグナリア神聖学園の図書館に保管されており、魔法科の生徒なら借りることができます」

「本当か?」

「本当ですよ。嘘をついても仕方ありませんから」


 ちょっと信じられないけど、その魔導書を借りてくるだけなら私達にも出来るはず。でも、あのバズズリアに協力するなんて嫌な感じしかしない。もちろん、植物化しているアンナを助けてあげたいのだけど。


「わかった。図書館からその魔導書を借りて来たらいいんだな。放課後になるぞ」

「今日中にお持ちいただけるのですね」

「ああ」

「ありがとうございます」


 医療魔術師のカレンと虚ろなジャンは深々と頭を下げた。姫はそれを見てから踵を返し、さっさと倉庫から出て行く。私は早足で歩く姫を一生懸命を追いかけていった。

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漆黒竜と黄金竜 暗黒星雲 @darknebula

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