第3話 俺は農民じゃない(泣)



 ザクザク。俺は畑仕事をしていた。


 ふぅ。今日もいい日差しだ。雲の少ない空を見上げ、タオルで汗を拭う。


 あの後俺は、近くの村に行った。ほぼ全ての金を払って、村にある肥料という肥料をほぼ全て買った。本当に申し訳ない。

『街が近いからいいよ』と、数回会っただけの俺に優しく譲ってくれた村長には、まじで感謝しかない。


 台車を譲ってもらい、山道を汗まみれになりながら必死に登った。

 車輪がイかれた時はマジで終わったと思ったけど、そこは元農民出身の俺だ。そこにある素材を何とか繋ぎ合わせて、目的地へ。夕暮れ時までに間に合ったぜ。


 養分、養分言いながら、土を食べ始めた時は、やべーやつだと思ったけど。こいつ植物の魔物で助かった。

 その時の俺は、確実に目が死んでいたと思う。


 それじゃぁさよなら、となるはずが。「おかわり」と言いやがったあいつ。

 おかわりとか聞いてねぇ。

 俺、植物に怒り湧いたの初めてだわ。


 とにかく、そんなこんなで脅されながら、人間と合わないような鬱蒼うっそうとした森の中にいる。

 元農民の俺は色々習ってたからな。小屋の一つくらいちょちょいのちょいよ。


 今は大木たいぼくに呑み込まれてるけど……。


「ハァ……」


 ため息しかでんわ。

 肥料を撒いて、毎日水をやって、ジメジメした場所を好むあいつに太陽を浴びさせて…………。


 俺、何やってんだろう……。


 唐突に虚無感に襲われながら、俺はハサミで苗をちょん切る。


 目切りです。

 増やしてたまるか。


 それっぽいことを言って間引いてやる。と思っていた俺、アホすぎる。


 俺は元農民だ。元であっても農民だったのだ。植物の世話だってそれなりにしてきたわけで、うまく、というか。気づいたら真剣に世話をしていた。

 魔物を育てちゃってたんだよな……。


 やってることは農民っぽくても、心はまだ冒険者だ。人間を襲うような魔物を作ることに、罪悪感がすごいわけで。

 それでも命は惜しい。


 今日も俺はすくすくと育っている、まだ動けない孫(魔物)を育てている。


 そう、孫だ。子供ではなく、孫。



 あれはいつだったか、いつものように世話をしていたら、いきなり植物が土から出てきた。


 裸ん坊で、ちっちゃい手足を動かして、俺の脚にひしっだぞ。

 可愛すぎるだろうっ。


 最初に出会った植物少女は、出会った時のままの姿で大喜び。母になったと、とっておきの養分らしい液体を持ってきて、子供たちにぶっかけていた。

 そばにあった花たちは枯れて、せっかく作った石作の花壇が溶けていた。一体あの液体はなんだったんだろうか……。


 子供たちは喜んでいたから…………見当もつかん。


「ねぇ、人間〜! ご、は、んー!」


「はいはい」


「お前を養分にするぞ!」


 ぎゅーっとしがみついてきたヨモギと名付けた植物少女を持ち上げる。ヨモギは俺の苦手な食べ物だ。

 …………少しカサついてると感じた俺は、井戸の方へ連れて行く。


 ヨモギは半分冗談だが、半分本気だ。食事を1日怠ると、俺が食われる……。

「ごーはーんー」と夜に這い寄ってきた時は、この生活を始めて一番の恐怖だった。今思い出しても、鳥肌が立つ。


「ふんふんふ〜ん♪」


 ちゃぷんと水に足を突っ込んだ植物系の魔物(母)ヨモギが機嫌良さげに水を吸い取っていく。


 基本こいつの知能は子供並みだ。行動も子供だ。魔物だからなのか子供だからなのか、たまに行動が読めない。


 俺は倉庫に行くと、あいつが好きな分量で肥料を混ぜていく。土食わせときゃいいなら楽だとちょっと思ったりもしたが、毎週街から肥料をここまで運んでくるのは俺だ。

 おかげで筋肉がついた。


 立派な農民になってしまいそうだ。

 俺はまだ座っているヨモギを呼ぶ。


「おーい、食事の時間だぞ」


「わーい!」


 日向でむしゃむしゃと土を食べるヨモギを暖かい目で見る。


「今日は酸っぱいの多めだね!」


「ああ。最近髪の艶が少し落ちてきた気がしてな」


「も〜、見過ぎぃー!」


 俺のそばに照れ隠し攻撃(物理)が繰り出され、それを予期していた俺は今日も無事だ。

 心臓に悪いことには変わりない。


 こいつ、日に日に強くなってないか。

 それを相手にしている俺も、Cランクだったあの時よりは確実に強くなっている。何たって、こいつと会う前は全然敵わなかった魔物を、こう……サクッとあっけなく倒せちゃうくらいには……。


 ふぅ……やはり俺はまだ冒険者のようだな。


 食事はその辺で狩ってきた野生動物だ。魔物なのか動物なのかはよくわからないけど、食べれるってことは、食べていいってことだ。


 元農民の胃袋は丈夫なのだ。



 太陽が高く登った頃、森の周囲が騒がしくなった。

 微かに地面が揺れている。


 俺は自分用にと育てている植物の相手をしていた。こいつらは魔物じゃないから丹精込めて作るよ〜。美味しく育ってねー。と最初は思っていた。


 どうやらこいつらも魔物のようだ。街で魔物の種を売ってるとか誰が思うんだよ……。ちくしょう……。

 知った時は何もやる気が起きなかった、また俺魔物育ててんじゃん。って。

 食べるからいいだろう。増やしてはないからセーフにしとこ。俺はやる気の失せた心持ちでニコリと笑うのだ。


 では。今日の昼食の本命だ。俺は鋭く研がれたハサミを手に持ち、ガウガウしている真っ赤な実を切り落とす。


 美味いんだよなぁこいつ。

 ガウガウしなくなった魔物をカゴに入れる。


 あの孫の魔物、どうしたものかなぁ。……どう退治したらいいものか。



 微かな地震が近くなってきた。

 山奥にある小屋、木々が自ら避けるように道を開け。それが当たり前だと言う態度で、ローブを着た3人がやってくる。

 魔物トマト討伐収穫していた俺は、カゴを持って立ち上がった。


 俺よりも大きな身体、足元ではザクザクと突き刺すかのような音がしている。


「人間ッ、養分買ってきたー!」


「人間の町に行ってもバレなかったぞ!」


「人間は心配しすぎ。何の問題もなかったよ」


「……おかえり」


 息子と娘、大きく育ったなぁ……。めちゃくちゃ養分吸って、すこぶる元気に育った。あぁ、まじでいいツヤしてる。

 討伐されればいいのにと送った3人の植物系の魔物が、俺を囲むと、俺の腰程度まで縮んだ。


「どこに置く?」


「何の養分買ってきたんだ?」


 子供のおもちゃのような台車に確かに養分が積まれている。しかし、在庫を確認して自ら必要なものを買ってくるようにと言った物以外に、明らかに見えてはいけないものが見える。


 植物系の魔物(子供)少女ギンは、荷物を確認するように覗き込んだ。


「えっと、苦いのの二番目と、酸っぱいのの五番目と、甘いのの一番目と……あと人間!」


 可愛らしい笑顔を浮かべた植物少女ギンに、俺は何と返したらいいか、脳をフル回転させる。

 末の子アカフジが小さくため息をついた。


「すみません父さん、このバカ達の制御ができず……」


「ひどいっ、一番手が早かったくせにっ」


「あいつら、俺たちに持ってる物全部置いていったら、命だけは助けてやるとかほざきやがったんだ。弱い人間の分際でッ!」


 盗賊かぁ……ギリセーフ。あんまり養分がないって教えるにはちょうどいいかもしれない。でも変に偏食づいても嫌だしなぁ……。



「まんまるな人間に、お礼言われたよ」


 商人を襲ってた盗賊か。……セーフだな。


「感謝されたのか。偉いな」


 俺はあざとく頭を向けてきたギンの頭を撫でる。


「うわっ狡っ、父さん俺も!」


「…………」


 植物に慕われるなんて農民の鑑だな……俺。…………でも。でもなぁ、俺は望んでないッ。

 末っ子アカフジがあたりを見渡す。


「父さん、母さんは?」


「川だよ」


 俺は場所を間違えないか一応見ていたが。子供たちは、養分をちゃんと理解しているようで、完璧に場所を把握していた。

 俺は昼食作りに忙しい。てことで、子供達と離れる。


 飯だ。

 彼らは1日1食食べれば満足なそうで、食べているのは俺1人。そこへ、川へ行っていた植物系の魔物(母)ヨモギが戻ってきた。


「みんなおかえり〜!」


「母さーん!」


 俺を奴隷のようにこき使う元凶が歩いてくる。


 この野郎、少女みたいな姿してると思ったら、本物の姿はトレントみたいな図太い木だった。俺の家の上にあるアレだ。

 本人は雨風から守ってあげると言っていたが、せっかく作った小屋を半壊させられた時は、膝から崩れ落ちた。


 いい加減にしろ。いつか魔石抉り出してやる。


 今のところ、場所の見当すらつかないから保留だ。

 ギルドに報告して、討伐隊を組むレベルでやばい。まぁ俺のせいなんだけども……。


 何が問題かって、人間に牙を剥いたら街1つ滅ぼせるくらいの魔物が、認知されていないことが問題だ。か弱き俺は常に見張られ続け、そんな暇はなかった。

 最近はいろんな知恵をつけて、人間に紛れていたりもするし。…………ふっ。これも俺のせいだ。なまじ素直に質問してくるから仕方なく。



 俺は奮闘ふんとうした。頑張ったんだ。でもダメだった。


 俺は切り倒した丸太椅子に座って、遠い目をしながら空を見上げた。

 アレだけ農民を嫌がっていたのにも関わらず。自分で作ったうまい食事に、懐いてくる植物たちの世話。

 毎日が意外と充実している気がして、何とも言えない気分になる。


 そう言えば。普通の植物系の魔物は、植物なのにもかかわらず、魔物の本能に従って人間を養分として成長してる。

 もしかしたら本来の育て方をすれば、強い魔物が生まれるかも? みたいな感じで、魔物図鑑に書いてあった気がする。


 俺、記憶力いいな。冒険者より、学者目指せばよかった。

 学ぶことは好きだけど、基本飽き性なんだよな俺……。ビビリだけど、片っ端から手を出していくから、学者は無理かもしれない。

 広い知識を活かせるような学問……何かあったかな……?



「人間、何を考えているの?」


 ヨモギが隣に座った。俺がこの場所を離れるには、俺のことを常に見張るような距離にいるこいつをどう巻くかを考えなければならない。


「今日はいい天気だなーって」


「確かに〜」


 一見穏やかそうに見えるヨモギから視線を外して、食べ物を頬張る。

 野菜うまい。もぐもぐ。


 俺の育てた子供達まものはこれからどうなっていくのだろうか。賢くなりすぎてて、ちょっとマジでどうしよう。

 人間のことを養分としか思っていない頃よりは、明らかにマシであるものの。魔物であることには変わりない。


 そして思い切り災害級の魔物を育てた俺。完全に異端研究してるようなもので、見つかったら結構生きるか死ぬかの立場になってしまう。

 それを考えれば、今の生活も悪くはないのかもしれない。


 そうだ。ここは割り切ろう。


 俺は農業をしているだけだ。


 農業最高〜!(泣)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺は農業から逃れられないようだ(泣) 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画