そして過去編はこんな感じで終わったりする。
「この植え込みの段の上に座ってた記憶あるような……」
左隣にいるおにいが、思い出したかのように呟く。
そこは小学校の校門横にある、庭木の植え込みがある場所。
植え込みは少し高めの段の上にあり、段の上に座るだけでもそこそこの高さになっている。
「……たしかに下校時間にここに集まってる生徒は居たね。玄関がすぐ近くだから集合場所とかに使われてたはず」
「……そうだったっけ?」
と、腕を離したおにいが、植え込みの段の上に腰掛ける。
玄関からの距離は大体20メートルくらい。
「あーここからの景色、なんか見覚えがあるわ……!」
おにいがしみじみとそんなことを言う。
──実はこの場所にはちょっとした思い出がある。
……別に大した出来事があったわけじゃないけれど。
ただそんな、なんでもない出来事を今でもはっきり覚えているということは、あたしにとって印象深い出来事だったということだ。
あれは白崎家の一員となり、この小学校に転校した初日のこと────
◇
──凛の初めての登校日。
「凛ちゃん、小学校には凛空が連れてってくれるからね」
優しい顔つきをした女性が凛に語りかける。
「……うん」
「ほら凛空、凛ちゃんをしっかり連れて行くのよ。お母さんパート行かなきゃいけないから」
母親から念を押された凛空は──TVにかじりついていてまるで話を聞いていない。
「凛空、聞いてるの? またNHKの番組ばっかり見て……!」
来年には中学生にもなるというのに、まだ朝の子供向け番組をそんな真剣に見ているのか、と凛は自分の兄となった凛空に幼い印象を抱いた。
しかしその印象は──決して悪いものではなかった。
むしろ、物心ついた頃から子供向けのアニメを見るのが何よりも好きな凛にとって、凛空の様子は好ましく映った。
「ほら凛空、ちゃんと凛ちゃんを学校まで連れて行くのよ」
凛は密かに、兄とはすぐに仲良くなれるのではないかという期待を──
「聞いてくれ母さん。俺は今朝のNYダウ平均株価の急落に動揺して本来のパフォーマンスが出せそうにないよ」
──そんな期待が砕け散った。
朝のニュースで毎日紹介している株価指数の変動を見ながら、凛空は言葉を続ける。
「これは家計のキャッシュフローの見直しが急務だよ。だから今日は戦略的に学校を休もうと思う」
「あんたねえ、そんな世界の話より今日のスーパーの値段の方が大事なの──よそはよそ、うちはうちって言葉を知らないのかしら」
「資本主義経済なのに!? 絶対影響あるよ……」
凛空は母親の言葉にしばらく納得いかない様子を見せていたが、
「まさか……そういうことか!」
と、何かを閃く。
「母さん。もしかして今の話は……マクロとミクロで両方の視点で経済事象を捉えろってことなのか!?」
……凛空が何を言っているのか、さっぱりわからない凛。
「……いつまでも答えが与えられると思わないことね。学校で答えの探し方を学んでくるといいわ」
さらにこちらも何を言っているのかさっぱりわからない。
「なるほどな……おっけーわかった!」
──何がわかったんだろう?
と純粋無垢な凛は、全く価値のない疑問を抱いてしまう。
そして凛空はソファから立ち上がって急いで小学校に行く支度をする。
「じゃあ学校行こーぜ、凛」
「……う、うん」
よくわからないということがよくわかった凛だった。
でも、お互い何を言っているのかまるで理解できてなさそうなのに、根っこの部分でちゃんと理解し合えている。
そんな手触りのある温もりを垣間見た凛だった。
そして──凛は凛空に手を引かれて家を出る。
◇
凛空に左手を引かれながら、凛は初めての道をどんどん歩いていく。
「帰りは俺いないから道覚えといた方がいいよ。まあほぼ一本道だから大丈夫だろうけど」
「うん。わかった……!」
凛にとって、今日は転校して初めての登校。
まだ学校には友達は一人もいない。
──どうか一人ぼっちで帰ることになりませんように……。
と、心のなかで切に願う凛だったが、
「まあすぐに友だちができるだろうから、寂しく一人で帰ることにはならないって」
凛空が心の内を見透かしたように話す。
「えっ……?」
「ん? どしたの?」
「えっと……」
「てかさあ、転校生ってどんな気分なの?」
疑問に答える間もなく、凛空は言葉を続ける。
「……それは……緊張してるけど……」
凛は元々人前で話すのは苦手だ。
でも今日は最初に皆の前で自己紹介をしないといけない。
「よゆーだって。転校生なんて無条件に仲良く慣れそうじゃん」
「……そう?」
「むしろ転校初日は質問攻めにあって帰る頃にはうんざりしてるよ」
と、凛空は他人事のように軽く話す。
しかし凛にとっては、そんな事を言われても緊張しないわけがない。
──最初の自己紹介で……失敗したらどうしよう……?
──もしかしたら……いじめられるんじゃ……?
弱気な想像が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
そんな暗い事ばかり考えていると、学校へと歩く足が鉛のように重くなっていく。
「ん、どした?」
凛の異変に気づいた凛空が、不思議そうに凛の顔を覗き込む。
「上手く自己紹介できなかったら……どうしよって……」
「ふーん……別に失敗しても良くない?」
「え」
凛空の心無い返答に虚をつかれる。
「だって失敗したらまた転校すればいいだけじゃん。もっかいガチャ引き直そう?」
「いや、え……でも……」
「ってそしたら俺も転校できるってこと!? それいーじゃん!」
楽しげに笑う凛空の謎すぎる言い分に、凛は呆れるほかない。
──あたしは真剣に考えてるのに!!
と叫びたくなるが、意味不明なことを言っている相手に対して、凛はまともに反論する気力がおきなかった。
「俺も一回転校してみたかったんだよなー!」
「……そんな楽しそうな顔しても……絶対失敗しないから」
さっきまでの不安がどこか馬鹿馬鹿しくなってしまい、今度は凛空の手を引くように凛が前へ歩き出した──
◇
結局、凛はクラスにすんなりと馴染むことができた。
実際、休み時間ごとに質問攻めにあって、下校する頃にはちょっとうんざりしていた。
早速今日できた友達と一緒に帰ることになり、何人もの友達と一緒に玄関を出る。
「……あ」
その時、今朝は下校時に一人ぼっちにならないか不安でたまらなかったことを凛は思い出した。
終わってみれば全くの杞憂だったわけだが、凛は凛空が今朝言ったとおりに事が運んでしまった事実に気づいてしまう。
……。
……。
──なんか納得いかない!
釈然としない気持ちがふつふつと湧き上がってくる凛だったが──ふと、校門横の植え込みに、凛空が腰掛けていることに気づく。
凛が凛空に気づいた時──凛空もまた凛を見ていた。
そして凛空は特に表情を変えることもなく、植え込みの段から降りてそのまま帰っていく。
「──どうしたの?」
立ち止まって遠くを見つめる凛を、不審に思った友達の一人が声をかける。
「……ううん、なんでもない」
そう言って、凛は帰路についた。
──結局、転校からしばらくの間、凛が帰る時はいつも凛空がその場所に居た。
◇
「あ! そういえば!」
──おにいの声で意識が現在に引き戻される。
植え込みに腰掛けて遠くを見ていたおにいが、何かを思い出したみたい。
「……どしたの?」
「あーいや……たった今、思い出したんだけとさ……」
と、何故か急に照れくさそうな様子を見せるおにい。
これは……まさか……!
もしかしてあの日のことを──
「──さっきクラスで俺のこと好きって言ってた子って誰?」
「…………ばか」
放送室でバカ話で盛り上がってたらマイクがオンだった。 izumi @Tottotto7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。放送室でバカ話で盛り上がってたらマイクがオンだった。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます