きっと過去編はこんな感じで始まったりする。


 ──ある日のこと。


 今日は国政選挙の投票日。

 家族で外食に行く前に、投票所である小学校に立ち寄ることに。


 小学校の駐車場に車を停めた母さんは、


「いい凛空? どんなに忙しくても選挙には必ず行かないといけないの。あなたも投票できるようになったら必ず行くのよ?」


 精悍な顔で国民の義務を表明する我が母。なんと頼もしいことだろう。


 そして母さんは力強い足取りで、投票所となっている体育館の方へ歩いていった。


「でもなんで俺だけ名指しで言われたんだろ?」

「……日頃の行いじゃん」


 隣に座る凛から声が返ってくる。


「……まあそれはそれとして。小学校懐かしいな……! ちょっと俺、散歩してくる」


 選挙の日は一般向けに開放されているらしく、ちらほらと人影が確認できる。

 かつて6年間通った小学校の外観に懐かしさを覚え、なんとなく辺りを散策したくなった。


 車のドアを開けて外へ出ると、


「……あたしも行く」


 まさかの凛さんも、車の鍵を持って出てきた。


「……なに? 文句でもある?」


 薄鈍色の髪を耳にかき分け、彼女は不満げに鋭い目つきで俺を睨む。


 いや別に駄目とかではないけど……。


「でもお前、変装とかしなくていいの? ちょっとした有名人じゃん」


 メディアに顔を出すようになった神月凛はモデル涙目のルックスを持っている。

 素材良し、見た目良し、声良しで人気が出ないはずがない。


 母さんも凛がよく声をかけられるようになったって言ってたしな。


「……じゃあ、話しかけられないように、おにいが協力してくれる?」


 つい先程までの勝ち気な顔から一転──どこか仄暗い表情で伏し目がちになる凛。


「凛……」


 思えば、顔出しした影響でいつどこにいても、人目を気にしなくてはならない生活になったのは想像に難くない。


 15歳の少女にはとても窮屈でストレスを感じているはず。

 きっと口にはしていないだけで、後ろ指を指されるような嫌な経験もしているのかもしれない。


 cubeがバズっても一切顔出しはしていないビビリな俺だからこそ、我が妹が抱える苦しみは少しは分かってあげられる……!


「いいよ……何でもする」

「……そか、じゃあ行こ」




 ◇




「あ、あー、ここの通路は懐かしいなー。よ、よく鬼ごっこで通ってたなー」

「へえ、そうだったんだ」


 ──チラッ。


 ──ひそひそ……。


 すれ違う人がこちらに視線を送ってくる。


「あー、あの渡り廊下とか懐かしいわー。よく上から景色を眺めてたなー」


 ──チラッ。


 ──ひそひそ……。


 ……。


「そういえば、クラスでおにいのこと好きって言ってる女の子いたかも」


 俺のをぴたっと並んで歩く凛は声を弾ませている。


「へ、へえー、そ、そうなんだー」


 ──チラッ。


 ──ひそひそ……。


 ──チラッ。


 ──ひそひそ……。


 ……。


 ……。


「あの、凛さん──」


 俺が立ち止まると──凛の動きも止まる。


「……なに?」


 凛は不思議そうに首を傾ける。


「ちょっと今すぐ確認したいことがありまして」

「誰だったかは教えてあげないけど?」

「うんそっちじゃなくて。それはこの際どうでもいいんだ」

「……じゃあ何?」


「…………なんで腕組んでんの?」


 俺の右腕と彼女の左腕ががっちり組まれている。


「え? なんでって言われても……え?」

「……え?」

「……おにい、ほんとにわからないの?」

「え待って待って…………まさかこれ俺がおかしいやつ?」


 あまりに堂々としている妹を前に、俺がこの世の常識を履き違えている可能性が急浮上。


 腕を組むという行為は親しい男女がする行為だよな……?


 なんか他の意味あんの……!?

 選挙の日は仲良く腕を組みましょうとか?

 選挙の日は街は恋人たちで溢れるって……新手の出生率向上の施策なのか!?


 混乱のさなか、俺は空いている左手でスマホを滑らかに操作。

 そして友に問いかけた──


「なあ教えてくれ! 兄妹が腕を組んで歩くことにどんな意味があるか──お前はわかるか!?」


 すると相手は──


『何を頭のおかしな事を言っている? 兄が妹の手を取るなど──呼吸と同じだ』

「そ、そうだった、のか……!?」


 ……なんてことだ。


 間違っていたのは世界の方じゃない……俺だったってわけか。


 友が言うのだからきっとそうなのだろう。

 礼を言って電話を切ると、


「……ねえ、やっぱり腕を組むの嫌?」


 右隣の凛が不安そうにこちらを見上げていた。


「……っ!?」


 その台詞と表情の破壊力にやられた……だけじゃない。


 彼女の弱々しい声とその表情が俺の中にある何かを掠めた──ような感覚。


 まるで凛のこの表情をはるか昔に見ていたような……思い出そうとしても、もやがかかるほどの遠い記憶のどこかのシーンに重なったような気がする。


 ……あくまでも、気がするだけなのだが。


 小学校という場所が、なにか想起させるものがあるのだろうか。


「……もしかしてなんだけど、前にもこんなことあった?」

「…………ん?」


 凛はピンときていない様子。そりゃそうか。

 きっと普段見たことのない弱々しい彼女の様子に、調子が狂わされているだけなんだろう。


 ……それにしても。


 小学校を卒業して3年ほどしか経っていないというのに、玄関前のちょっとした階段や庭の花壇、渡り廊下に校庭までの小道など、見るもの全てに懐かしさを感じる。


「ほんと懐かしいわ……」

「……あたしは途中から転校してきたから、おにいほど思い出はないかも」


 凛が遠くを見ながらぽつりと呟く。


「そういえば……凛も同じ小学校通ってたな」

「……え、もしかして忘れてた?」


 ちょっと不機嫌な声の凛さん。


「いや……そもそも小学校で絡んだ記憶がなくて……」


 凛が転校してきたのってたしか6年生のとき……いや、5年生だったか?

 ……もしかしたら4年の時だった説すらある。


「……転校初日に一緒に登校したのが最後で、それ以降卒業するまでずっと放置されてたくらいだし。誰も知り合いがいなくて心細い転校生にする仕打ちじゃないよね」

「いやー、過去の俺ひでえ……」

「まるで今がひどくないとでも?」


 腕を組んでいるのはとても落ち着かないので、人目につかない場所に行くことにした。

 あと最後のカウンターは聞こえなかったことにした。





※久々の更新ですので正座して感想待ってます。

次回、小学校時代の凛空と凛が登場するかも。

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