ヤンデレ怖い

 細木原と思われる死体のニュースについて、耳にした記憶がある。そして、ダンジョンの奥から登ってくるフードの集団の話を聞いた事がある。6層、記憶、いつもと違う動き。すなわち。


「6層の月城さん……!?」


 そう予想するしかない。つまり6層と7層が地続きになっていて、今この世界には2人の月城さんがいる。そして7層の月城さんではなく6層の月城さんがここにいる。マリナと同じく記憶が蘇った、変装系のスキルの可能性も否定できない。だが僕の直感がそうだと告げているのだ。


「流石は飯田隊長、勘が冴えています!」


 マリナを刺しているにも関わらず、月城さんは恍惚とした目つきのまま僕に笑みを浮かべる。


 怖い。自身に身の覚えのない、濁った好意を向けられることが。人を刺しながら笑みを浮かべられる精神性が。


「どきなさい、偽物!」

「おっと危ない」


 マリナが背後の月城さんを蹴飛ばそうとするが、月城さんは余裕をもって短刀を手放し後ろに下がる。そして予備の短刀を構えながら、マリナの傷を見て首を傾げる。


「あれれ、泥棒猫の心臓を貫こうとしたんだけれど、軌道がずれている? どうやったのそれ、器用だね。その技術で飯田隊長を私から奪おうとしているのかっっっ!!!!」


 笑みを浮かべていたかと思いきやいきなり激昂する。情緒不安定という言葉が正しい6層の月城さんから目を逸らし、マリナの傷を確認する。


 背中から見ると心臓に近い位置に刃が当たっているが、軌道が斜めになったのか肩口から刃物が飛びてている。おかげで心臓に刃が振れることは避けられたらしい。


「あたしのことはいいから、それより目の前の相手に集中しなさい」

「でも」

「慣れてるっ、問題ない!」

「……」


 どうみてもマリナは問題ないように見えなかった。傷は確かに慣れているのか、手早く布片で簡易的に止血、さらにさっき見せてくれたカードの一つを取り出している。しかし、痛みによるものではないナニカのせいで足が震えている。


 クソ、朝の騒ぎでビビらずに今日も配信をするべきだった。それだったら襲撃を受ける可能性を減らせたはずなのに。襲われている姿を見てくれたら、『ドM☆連合ver2』の支援も期待できたかもしれないのに。


 そう後悔する僕を他所に、6層の月城さんはマリナの様子を見て嗜虐的な笑みを浮かべる。


「あ~やっぱりそうだ。おかしいもんね。普通、6層の高Lvの人間はモンスターに殺されて存在を奪われるか、あるいは生き残って地上に向かっているか、ですから。記憶を保持している、でも肉体はない。となるとやっぱり」

「やめろ、月城さん!」

「同じ人間に殺された、ですか。可哀そうに、頑張った挙句モンスターと戦って死ぬことすら許されなかったなんて!」


 ……薄々感づいてはいた。妙な面倒見の良さ。情報を秘匿したがる癖に、ひょんなことから開示する矛盾した姿勢。迷わず〖バンデッド〗に敵対するその姿勢。


 つまり前の世界で裏切られて死亡して、同じことを繰り返さないようにしていたのなら全て納得がいく。面倒見の良さは裏切られないよう恩を売るため。情報の秘匿は相手に優位を確保するため、でも後ろめたいことがあると思われたくないからあっさりと開示する。そして同じ敵を抱くことで、仲間としての連携を強めようとする姿勢。


「あ、…ああ……」


 あれだけ頼りに思えたマリナが、初めて同じ年の頼りない少女に見えた。僕の視点から彼女の顔を伺うことはできないが、ぽつり、と地面に雫が落ちる。


 マリナに何と言えば良いか分からない。だから、僕はマリナの前に進み、月城さんの視界から彼女を隠す。マリナの姿が見えなくなった瞬間、月城さんの恐ろしい表情は一転し、まさしく恋する乙女という表現が相応しい物へ変貌した。


「飯田隊長、お久しぶりです! 三層でのフロアボス討伐戦はお見事でした! でも私を置いていく選択肢だけは駄目ですよ、私だって命を懸ける心意気はありましたよ!」

「……7層の月城さんはどうした?」


 6層の月城さんは僕にとって意味の分からない言葉の羅列を連呼する。細木原の飯田隊長呼びと繋がっているのだろうが、今はそれを考察している暇はない。


 僕の問いかけに6層の月城さんは身をくねらせる。


「大丈夫ですよ、きちんと保管していますとも! 飯田隊長の優しさはもう一人の無能な私にまで届いているのですね!」

「……」

「さあ、私と一緒に『星書記同盟』に戻りましょう! そして二人で楽しく終末までの時を過ごしましょう! 私は遊園地や水族館、いやその前に飯田隊長のお家に伺いたいです! 一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、子供を作って、また新たな層へ向かいましょう! 大丈夫です、今度の私ならできます! 飯田隊長の足を引っ張らず、任務を遂行しますから!」


 会話になっていなかった。キャッチボールではなくドッジボール。とにかく6層の月城さんが自分の喋りたいことを壊れたラジオの如く、ただ垂れ流しているだけ。


 というか6層の僕は一体何をやったんだ。こんな厄介ファンを作って7層の僕に迷惑をかけないで欲しい。せめて6層の件は6層で処理しておいてほしいな。


「僕は7層の飯田直人、君の知っている人間とは違うと思うけれど」

「違いませんよ、星書記の再構築は絶対です。あなたは間違いなく。飯田隊長と同一人物です」

「経験が人を作ると思うけど」

「どんな経験をしようとも、飯田隊長は飯田隊長です!」

「その割には6層の自分と7層の自分は区別しているよね?」

「さあ、私たちと一緒に行きましょう!」


 やはり説得は無理なようであった。月城さんはじりじりと距離を詰めてくるし、ちらりと背後を見てもマリナの傷が治っている様子はない。更に最悪なのは、洞窟の向こうから現れた影だった。


 大柄な影は、銃刀法違反の大剣を片手にいやらしい笑みを浮かべる。その背後には見おぼえのある〖バンデッド〗の面々が僕たちを睨みつけていた。


「そっくりの女、ご苦労だ。お前は男を連れていけ。俺たちはこの女で遊ぶからよ?」

「ええ、しっかり遊んであげてください。飯田隊長に二度と手出ししたくないと思わせるほど」

「荒島、警察に捕まっていたんじゃないのか!?」

「出してもらったんだよ。親切なおじさんにな」


 まだ警察から解放されていないはずの荒島が、そこにいた。更に〖バンデッド〗のメンバーを合わせると人数差は10倍以上。それに月城さんと荒島は恐らくLvが僕より上だ。


 ……さてどうする。この状況は詰んでいる。出口は全て敵に封鎖され、突破しようにもこちらには怪我人もいる。降参した方が良いか、という弱気な気持ちがよぎり、首を振る。


 こんな暴力で脅してくる奴に屈してもろくなことはない。それに、こんなことをしてくるのには理由がある。〖バンデッド〗達に見えないように、端末を操作しマリナに指示を出す。それを感づかれないように僕は大きな声を上げた。


「追い詰められているのはそっちだろ! こんな強硬手段、ありえない。僕を手に入れたいなら穏便な手段も沢山あったはずだ。つまり期限が迫っていて、僕の同意を取る時間すら惜しいんだろう? だから一から説明して了承を得ることすらせず、犯罪行為と暴力で押し込もうとしている」

「だからどうした、イーダ。とっとと捕まれよ」


 荒島が一歩前に出る。だがそれより早く、僕の腕をマリナが掴む。彼女は胸元から一枚のカードを取り出し、精神力を通す。炎魔術より遥かに綿密な線が描かれたそれはすなわち、『転移』。


『さっき転移の魔術あるみたいなこと言ってたよな、使って!』


 僕がこっそり指示した内容がこれだ。本当に持っているかどうかは賭けだったが、勝負に勝ったらしい。マリナは震える声で叫ぶ。


「っっ《転移》!」

「まずい、取り押さえろっ!」

「泥棒猫っっっ!!!!」


 視界が暗転し、全ての声が遠くなる。車酔いのような気持ち悪さと共に、僕は初めての空間移動を経験することになる。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 そして次に出た場所で、僕は頭を抱える。周囲はビルの残骸で出来た迷路であり、何より視界の端に映るモンスターに、見覚えがあったからだ。


「サンダードラゴン……?」


 マイナス37階。それが僕たちの転移先であった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

石の上にも三年、スキル強化にも三年! 西沢東 @Nisizawaazuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画