急変
「そういえば飯田君、モンスターの肉とスキルの関係、結局どうなったの?」
場所はマイナス23階ここも見た目はそう変化はない。違うのは住んでいるモンスターの種類だ。この周辺はシャドウファングのお仲間と思われる、シャドウ系のモンスターが多いのが特徴である。例えばシャドウラビット、シャドウバードと言った、『影魔術』を保有するモンスターがたくさんいる。
そのため『影魔術』は魔術系の中では珍しく習得が容易なスキルであったりするのだが、それはさておきとして。月城さんが投げかけてきた質問に僕は答える。
「いや、あれ以降スキルを取得できてない。やっぱり確率が上がるのは間違いないんだろうけれど、元の確立が低いんだろうね」
因みに今日は配信をつけていない。朝の時点で酷い人だかりだったのに、ダンジョン内まで押しかけられたら面倒が起きる可能性が極めて高いからである。それに〖バンデッド〗はしばらく動けないだろうから保身の意味も薄いし。
そういえばモンスターがスキルを使えるなら、モンスターにステータスカードを持たせればどうなるだろう、なんて思ってしまう。スキルは確かモンスターも持っているんだよな。あと、ケンタウロスに一体一体名前があったらどうしよう。凄く食べにくくなってしまう。
というかモンスターに文化はあるのだろうか。今の所モンスターという存在が謎過ぎる。保持存在の効果からして、人間を襲い食べるという共通点は間違いない。だがそれ以外にはどのようなバリエーションがあるのだろうか。例えば多数のモンスターを収容し移動する、空母みたいなやつも存在するのだろうか。
僕が勝手にモンスターについて考え込む横で、月城さんはなるほど、と気のない返事をする。そのさらに横でマリナの水弾がモンスター達をつるべ打ちの如く発射し、ダメージを与えていく。
動きが止まったのを確認したら僕が前進し、《解体》と《食料保存》を発動する。その間月城さんは他のモンスターからの横やりを受けないように防衛する、という役回りだ。
僕がマリナの撃ち落としたシャドウバードと呼ばれる、鷹とカラスを足して二で割って巨大化したようなモンスターに向かって走り出す。マリナを倒すのは厳しいと判断したのか、別のシャドウバードが僕の背後めがけて攻撃をしかけようとする。
「飯田君に攻撃はさせません!」
が、それを月城さんがカバーする。腰から引き抜いた短刀を勢いよく投擲する……!?
「『短刀術』って投擲も効果乗るの!?」
「えーと、の、乗ります! 多分!」
月城さんの短刀は真っすぐ飛び、シャドウバードの腹部に命中する。速度が速すぎたのか、一撃でシャドウバードは死亡状態に追い込まれ、体を影に変える。
「……?」
訝しげな表情になるマリナを他所に、僕はマリナが撃ち落として、まだ息のあるシャドウバードに触れ、《解体》を発動する。流石の即死スキル、一瞬で体が裂け、同時に発動した《食料保存》が成功し、小さい肉の塊が地面に落ちる。
残念ながらシャドウバードの可食部はかなり小さいようだった。まあ空飛ぶ鳥って見た目より体重軽いもんな。鶏が食用において最強すぎるだけで、一羽から取れる肉の量なんてこんなものか。そう思いながら僕は肉をジップロックに入れる。
「マリナ、やっぱり『水魔術』滅茶苦茶上手いよね。どういう風に練習したらいけた?」
肉を袋に入れて、マリナの元に戻りながらそう話しかけてみる。自分の困りごとのひとつ、それが『炎魔術』だった。正直使いこなせない。『炎操作』が無いから遠距離攻撃もできないし、『炎生成』自体も火力調整が難しい。上手くできるならコンロの代わりになるから火力調整は習得したいんだよね。僕がそう思っていると、思わぬ回答が返ってくる。
「魔術の練習をしたら? 例えば紙に印を書いてみるとか」
「どういうこと?」
急にわけのわからない話になって僕は困惑する。魔術系のスキルは、物語の魔術師みたいに杖や魔導書が必要なわけではない。強いて必要なものがあるとすれば精神力だろう。
だが彼女の言っている事とはそれと少しずれていた。
「そもそもこのスキルっていうのは、恐らくだけれど実在する技術・能力を体系化しコンポーネント化したものよ。だっておかしいじゃない。自然現象ならこんな綺麗に、あたしたちに都合よく体系化されるわけがない」
「……魔術は実在すると?」
「するわよ。技術としての魔術が先にあって、後にスキルがある。あたしも存在を知ったのは前の世界が滅びた後だったけれど。……《燃えろ!》」
「おお!」
マリナは地面に何やら複雑な陣を描く。そして手をかざし叫ぶと、僕の《炎生成》と同じように彼女の手に炎が生まれる。しばらくすると直ぐに炎は消えたが、僕は驚きを隠せない。
「魔術師って実在したんだ!」
「何よ、目を輝かせないで欲しいわ。まああたしは事前に印を刻んだ発動用媒体を幾つも用意して、状況に応じて発動する形よ。でも結局、意思一つで火力や速度が調整できる」
「つまり前の世界の魔術経験+今の世界の『水魔術』の経験、だから水弾があんな異様な速度で飛ぶんだ」
「飛ばすだけなら簡単だと思うわよ。きちんと命中させるのは相当難しいけれど」
そう言いながらマリナが持つカード型の印?とやらを見せてもらう。一見、白い紙に定規で引かれた線が幾何学的な文様を描いている。線は見たことのない色をしており、恐らく専用の品なのだろう。
「この技術を広めればもっと戦力増強できるんじゃないか?」
「まあ手札は増えるわね。防御や転移、回復まで数多のスキルを使えるのは間違いなく強いわよ。ただこの方法で使う魔術、凄く効率がわるいのよ。今のあたしでも大魔術を行使すると一発でガス欠。スキルの方が圧倒的に強いわ。体外に精神力を経由させずに済むのが大きのかもね」
「なるほど」
精神力によるガス欠。ワードとしては時たま聞くが、よほど長時間潜ったりスキルを乱用しない限り、そうそうガス欠はしない。『光魔術』の高火力派生技能とかは消費が高そうだけれど、それでもマリナのやり方よりは一段階消費が少ないのだろう。
となれば即座に戦闘に活用するのは難しくても、『炎魔術』の練習としては良いものになるだろう。
「じゃあ帰ったら教えて欲しい!」
「別にいいけど……その食いつき方、どうせろくでもないこと考えてるでしょ」
「ソンナコトナイヨ。ダンジョン内でもっと簡単に料理できるかなって……」
「それをろくでもないこと、っていうのよ」
マリナは呆れた顔で僕にツッコミを入れる。ろくでもないとはどういうことだ。モンスターを傷つけたりするよりは相当マシな使い方だと思うな!
僕たちはそう、他愛も無い話をしていた。周囲にやってくるモンスターを警戒しながら。だからもう一人に気付くことができなかった。
肉の繊維が引きちぎれる音がする。マリナの肩に、短刀が突き刺さっている。
「ねえあんた、飯田隊長に何馴れ馴れしくしてるの?」
完全に想定外の伏兵。すなわち月城さんがマリナに短刀で刺突をしていた。いつもの穏やかな笑みは無く、顔には狂気が浮かんでいる。
こんな表情の月城さんは知らない。いや、僕はこの月城さんと会うのは今日が初めてなのだ。
「死ねよ、泥棒猫」
最悪の戦いが始まろうとしていた。
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