高い買い物

御剣ひかる

ダサエちゃんのネックレス

 久しぶりの同窓会で、ちらっと聞こえてきた会話に耳が反応した。


「えー? 前の彼氏からのプレゼント?」

「そんなの、捨てるか売るかしちゃいなよ。未練残してたら、ねぇ?」

「そうなんだけど……」


 そっちを見ると、女子が四人ぐらい固まってる。


 真ん中にいるのは、……あぁ、中学の時から冴えないダサエちゃんか。名前の前にダをつけられてからかわれるぐらいに、ぱっとしなかった子。今も相変わらずだからすぐ判った。


 ダサエちゃんのくせに生意気にも彼氏と付き合って、プレゼントをもらったって? あんまりにも経験ないからフラれた後も身につけてる、って感じか。十年経ってもダッサダサ。


「サエちゃーん、聞こえたよぉ? フラれたのにまだ元カレのくれたもの持ってるって?」


 わざとらしく近づいてったら、わたしのまわりにはべってた男達もぞろぞろついてくる。


「あ、レイさん……。フラれたって言うか……」


 ダサエちゃんは、なんか言いにくそうにもじもじしてる。


 話に上ってたのは、ネックレスみたい。ペンダントトップに、小ぶりの青い石がある。あれはサファイア? ううん、もうちょっと明るいからアウイナイト? どっちにしてもダサエちゃんには不似合いすぎる。


「別れた彼氏にもらったものなんて、さらっと売っちゃいなよぉ。あ、なんならわたしが買うよぉ? その石、綺麗だし、三万でどう?」


 おおぉ、って周りからどよめきが上がった。


「その大きさで中古品だったら、お店に持ってっても安く買いたたかれちゃうよ。三万で買ってあ、げ、る」


 にこーっと笑って言うと、ダサエちゃんの周りの女の子達が同調してくれた。


「すごいじゃん。高値で買ってもらえるよ」

「チャンスだよ。レイさんの親切に甘えちゃいなよ」


 さらに男の子達からも「サエさんかっけー」とか称賛が飛んできた。

 これでダサエちゃんは売らないって言いにくくなってきたわね。


「それじゃ……、ご厚意に甘えさせてもらいます」


 ダサエちゃんは、なんか決意したっぽく宣言するみたいに言って、ネックレスを外した。一度手に乗せたそれに「ごめんね」ってつぶやいてから、わたしに差し出してきた。


 何がごめんねなんだか。正直、キモっ、って思った。


「はい。それじゃ商談成立ね」


 ポーチの財布からすっとお札を取り出して、ぺしっとダサエちゃんの掌の上に乗せてやった。


 物の価値を知らないってかわいそうね。この石なら小さくてもオークションとかに出したら五万は下らないのよ。

 ま、しばらくは売らないけどね。すぐに売ったのを誰かがチクったら面倒だし。




 何か、呪われてるって言うのがふさわしくなってきて、さすがにあのネックレスを疑うようになった。


 あの同窓会以来、不幸な出来事ばかりが続けて起こる。

 買ったばかりの鞄や服に誰かが何かをかけて汚したり、急に雨に降られたり、犬の……、を踏んづけちゃった、なんてのは軽い方で、楽しみにしていた旅行の前にインフルエンザにかかってキャンセルしなくちゃいけなくなったり、本命の彼氏や他の取り巻きの男達が次々に離れて行っちゃったり。


 で、なんか今、お父さんの会社の経営が急に危なくなってきた、って親が話してるのが聞こえた。すごくまずいじゃん、それ。


 オカルトみたいなことは信じてこなかったけど、アレを買った後のことだし……。

 そんなことを思いながら、でも、どこにどう相談していいのか判らなくて、ネックレスを鞄に入れて持ち歩く日が続いた。そばに置いてある時の方が不幸の度合いが小さいことに気づいたから。


 オークションに出してみたけれど、不思議と買い手がつかない。ダサエちゃんにいった通り、石がいいからすぐに欲しいという人がいても全然不思議じゃないのに。


「ちょっと、あなた」


 そんなある日、街で占いを開いているおばあさんに声をかけられた。


「あなたよ、そう、あなた。すごく良くない物を持ってるわね。それはすぐに処分するべきよ」


 そう言われただけで、ピンときた。


「これ、ですか?」


 ポーチからアレを出すと、占い師さんは大げさにのけぞった。


「そう、これね。一刻も早くお焚きあげした方がいい」

「そんなにひどい物なんですか?」


 聞くと、占い師さんは目をかっと見開いて滔々と話し始めた。

 このアクセサリーには死者の未練と、生者の怨念がこもっているように見える。これをくれた人がきっと怨念の主で、死者はその主に未練を抱いているのだ、と。

 二人分の強い思いを得て、アクセサリーが呪われた品物となってわたしを苦しめているのだ、と。


 何それ? つまり、ダサエちゃんと彼氏って死別したってこと? で、ダサエちゃんはコレになにかよくない傾向があるって知ってて、しかもそれを増幅させる形でわたしに売ったってこと?


「あなた、そうとう恨まれてたみたいね。大丈夫。わたしが引き取ってあげるから」

「そこまで恨まれるようなこと、してないし」

「あなたがそうでも、相手にとってはそうじゃなかったんじゃない? この恨み、相当前からのものみたいよ」


 中学生の頃にちょっとからかってたのを根に持ってるってこと? うわー、ネクラ!


「……でもそれ三万円もしたんだけど? 手放すならせめて売って元取らないと」

「売れないんじゃないかねぇ」


 うっ、そうだった。


 誘いに乗ったら取りあげちゃえ、ぐらいの軽い気持ちで大切にしてるものを買ってしまったわたしが悪かったってこと? 恨みなんて込める方がサイアクなんですけど!


 でも、まぁ、仕方ない。お父さんの会社が潰れちゃったらゼイタクできないし。

 三万かぁ、高すぎる買い物だったわぁ。


 それじゃお願いします、ってネックレスを渡して離れようとしたら、占い師さんがにやぁって笑って、掌を上に向けてすっとこっちに出してきた。


「ちょっと、こんな厄介な代物、タダで置いて行こうってのかい?」


 ……えっ?



(了)

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