万聖節の共犯者

ネオネイルグリーンスマイル

万聖節の共犯者

空が澄みわたり、暖色の夜長を感じる頃。


僕はここに居た。人混みの中だ。


騒音、騒めく人の波を掻き分けて、ネオンが届かない裏路地まで来た。


いつもは静まり返っているこの道も今夜はメインストリートから溢れかえった人達がまばらに通っている。


そいつらのどれもが騒音の声のトーンのまま歩いてくるので、余計頭にその甲高い声が突き刺さる。


「今夜は、はめを外さないようにしましょう」


ニュースキャスターの言うことはいつも子供の頃思い描いた母親みたいだった。


誰かが貼ったステッカーだらけのガードレールに座りタバコを吸って出来るだけそれを無視して集中し、体をコンクリートに沈める様にして目を閉じると伝わる。


いや聞こえるんだ。


一定のリズムに合わせて振動が耳ではなく体に聞こえてくる。


僕は廃墟の様な建物から漏れ出す音の振動にこれから起こる事を想像し奮起させられていた。


「今から行く」とメールを入れ、分厚い扉をゆっくりと開く。


入口には〝コスプレ衣装の方のみ入場可〟と書いてあった。


重い門を開けると熱気と共に爆音が広がり僕はこの分厚い門の重さの意味を知った。


外の空風と対比するような人工の湿度が身体にまとわりつき居心地の悪さを一層強く感じさせる。


そこには数人のガタイのいい髭ズラの男が立っていて初めから僕の人生を見下すかの様な目で見ていたが、僕は肉体の強さで人のランクを付ける世界と、かけ離れた世界線に住んでいたので、男たちが簡単に隙を見せた瞬間に俊敏に人混みの中に入った。


爆音、目くるめく照明が変わり鮮やかな迷彩と化した衣装の中に身を潜めば簡単には僕を見つけることが出来ないだろう。


今宵この舞踏会では皆、本性を隠している。


そこには一際輝く彼女がいて、彼女と目が合うと彼女は僕を手招きした。


今日の彼女はホールのケーキを前に歓喜する子供のように機嫌が良かった。


彼女に招かれると不思議なことにここに居る違和感を感じなくなる。


死体のように冷たい体は彼女に触れ、命の温もりを感じ、僕は息を吹き返すかのように彼女を一気に引き寄せた。


曲が変わった一瞬の間、 君は「はっ」と息を飲んだのを感じた。


曲に合わせて足の屈伸を伸ばし君がまた地面をふむその時、重力に身を委ね、彼女の白い肌に鋭い刃物を突き刺したのだ。


君の走馬灯に僕も巻き込まれたのかもしれない。


その瞬間から全てがスローモーションに変わり、その激しい曲がバラードの様に穏やかな時の流れを演出した。


今度はひしめく人の波に押され、波が寄せては帰る度に彼女は波の渦に飲まれ、水風船を針で刺して破裂させるみたいに血が吹き飛んで、膨張剤と一緒に飛び散る銀テープみたいに血が舞った。


火花みたいに綺麗に何度もはじけ飛んだ。


ストロボの狭間で鮮明に見える君の表情はとても恍惚としていて美しく、そして君の顔をどんどん夕陽のように染めてしまう。


その一瞬一瞬を写真に撮って、色褪せない様に飾っておきたい。


この表情全てを脳裏に焼き付けていつでも思い出せるようにしたい。


そんな事を痛切に願い、そしてどんな言葉で君を形容すれば良いのか僕はいつも分からなくなる。


今分かることはどの例えも違っていて君には相応しくないという事。


君は君でしかなかったんだ。



光の三原色みたいに赤が青なったり緑になったり、はたまた透明になったり、天上の光が彼女に指しこの世のものとは思えないさまに見とれ、僕は酷くたじろいだ。


気がつけば僕は呼吸すら出来なかった、それまで急ぎ早で吸っていた酸素が、完全に思考の奴隷になり吸うことも吐くことも出来ずに、僕の喉を塞いだのだ。


その余りの美しさに、思わず腰から砕け落ちそうになった。


僕はこの数秒に君の一生分の表情を見た気がした。


君の人生を悟った気がした。


手応えを確実に感じた後、僕の手のひらから肘、そして腕、最終的に体全体にその感触が伝染し、まるで痺れているかのように小刻みに震えた手から落ちた刃が、聞こえるはずもないこの爆音の中で「カランッカランッ」と音を立て僕を平凡な日常からつんざいた様な気がした。


彼女を殺す理由なんでいくらでもあった。


アルコールを摂取して人のものを壊すくせ。


虫の居所が悪いと隣人のことや友達の家族のことまでなじること。


僕には家族がいないのでうまくなじれず 僕の存在すら否定することもあった。


1回彼女が、長い髪を肩くらいに切った時のこと、僕はたった一言「切っちゃったの?」その一言に腹を立てて、家にあるハサミで自分の髪をめちゃくちゃに短く切ってしまったこともあった。


しかしそのどれもが理由には当てはまらなかった。


そんな彼女もいつか言ったことがある。丸一日泣き続けた明け方に。


それも穏やかな顔で。


「私は他人に心を許せない、子供の頃から孤独だった」


その言葉で全て帳尻があったというのか、君の行動の意味と調和が取れたと言った方が適当だろうか。


その言葉が妙に頭に残っていて、ふと魔が差すと口癖のように僕の口からこぼれた。


髪の長さなんて本当の君はどうだっていいはずだった。


疲れきった彼女は僕に何度も何度もある頼み事をした。


僕は簡単には了承しなかったが、生きている程に目には見えない何かが、、、否、彼女自信が剥がれ落ちていくのを行くのを感じ、僕はその頼み事を承諾することにした。


そんな事を思い出しながら僕はベロベロに酔ったていの彼女を別室の休憩ルームのソファーに横たわらせ彼女が持ってきていたお気に入りの白い上着をかけてあげた。


少し彼女の横顔に見とれていたかもしれない。


時間はよく分からなかった。


今日が何日でどんな日か、そんなことはもうどうでもよかった。


ただもう少し温もりを感じていたかった。


元々白かった彼女の肌はもう純粋な白では言い表せないのかもしれない。


僕は1度だけ彼女の容器に触れ彼女の存在の有無を確かめた。


僕の人生の中で一番切ない作業だった。


僕はそのまま出口まで向かった。


「血糊があるなら外で塗っておけよ」


「なんだよ殺人鬼のコスプレか芸がねぇな」

と鼻で笑われたが、僕は振り返り、そのボーイ達に、深々と頭を下げて「すみませんでした。でも、こうするしか無かったんです」

と丁寧に謝った。


誰かにそう言い訳がしたかった。


なぜだかそんな気分だった。



僕の中に2人の人格がいるとするなら、1人は罪の重さに身震いが止まらないだろう、しかしもう1人の人物が完全に今起きた出来事に心底安堵していたのであった。


それは昔飼っていた猫が脱走し、3日間帰ってこず諦めかけた時ケガだらけになった猫が家にまた姿を見せた時と少し似ているなとその当時の事を思い出し懐かしんだ。


今夜は誰も僕に見向きもしない、殺人鬼の僕は完全にこの街に馴染んでいる。


この街じゃ誰も僕に気が付かない。


彼女に言われた通りに、そう言い聞かせながら朦朧とする意識の中で家路に向かった。


騒音がきこえなくなるまで

街の灯りが無くなるまで

誰かとすれ違わなくなるまで

あの振動が伝わらないところまで

育ての親に会えなくなる程はるか遠くまできた頃、ふと、気がついた。


いつだって僕は見向きもされなかった。


昔からそうだった。


ずっとそうだった。


いや、こんな夜だけじゃない、何時でもそうだった。


いつもいつでも君だけが僕を見つけてくれたのに。


君のためなら何だって大した問題ではなかった。


だが、それと等しく君のいない世界にある居場所なんて意味が無かったのだ。


逃げ延びた僕に帰る場所は無い。


僕はそのまま彼女の事を忘れるまで歩き続けた。


日にちを認知するのを辞めてから暫くした頃


彼女は‪”‬あの夜”‬から1度だけメールをよこした。


そこに書いてあった文字を見て僕は走馬灯のように彼女のことを思い出した。


あんなに鮮明に心に焼き付けたはずの君の表情は何故か笑顔で溢れていた。


僕が都合よく書き換えてしまったのか、それとも本当にそんな表情だったのか。


今では真相は誰にも分からない。



ずっと君に言えないことがあった。



「僕も他人に心を許せない、子供の頃から孤独だったよ」



でも僕は出来ればもっと君といたかった。



この夜に、こんな夜にもう少し一緒に居たかった。



いたかったよ。




残念ながら、二人は天国なんて信じていなかったから僕は慟哭の地獄に落ち、もう二度と出会うことのない君の、果てし無い夢を見る。





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