転がるいしの行く先は
山樫 梢
転がるいしの行く先は
おいおい、そんな警戒しなさんな。おれはね、怪しい
ほぅらご覧、うちの商品を。どうだい、この石の品揃え! 珍しいのが揃ってるだろう?
え? 興味がないって?
振られたばかりで買っても使い道がない?
おやおや……。
5年も付き合ってたのかい。そりゃあ……残念だったねぇ。まあそう気を落としなさんな。前さえ向いてりゃ新しい出会いもあらぁ。
いやいや違うよ。売りつけようってんで励ましてんじゃないって。そもそもおれが兄ちゃんに声をかけたのは、売るためじゃなくて買うためさ。
ん? 婚約指輪?
いやいや、知らない知らない! そいつが目当てで声をかけたんじゃないよ。そんな警戒しないどくれ。
いやぁ、誤解させちまったね。何とも間が悪いことだ。
おれが扱ってるのはね、そういう宝石じゃあない。普通の店じゃ手に入らない特別な石だよ。
こいつらはね、人の意思や意志を結晶化させた石なのさ。
ああ悪いね、口で言ったんじゃ分かりづらいか。心に浮かぶ考えや思いの「
取り出した石は元が弱い意思であれば
こういう石を持っとくと、石が秘めてる意思や意志がすーっと自分の中に移ってくるんだよ。なんたって人の思いの結晶だからね。質はピンからキリまであるが、キリだって
おやおや、信じられんかね。まあ試しにいくつか見てもらや分かるさね。
まずはこいつ。これはね、「仕事を探す意思」だ。
売り手についちゃあ個人情報になるんで詳しくは教えらんないが……まあこういうのを持ってて更に売り払おうって人だから、お察しあれだね。半端にあるぐらいなら取り除いちまった方がいいってお客さんから買い取ったやつだよ。
触れてみてごらん。こいつは脆いからそーっとだよ。
ほら、なんとなく「何か仕事に就かなきゃ」って気になるだろう?
だがこりゃあまあ気休めの
こっちの桃色のはね、「
おれみたいなおじさんにゃあよく分からないんだが、アイドルだかなんだかに熱を上げてた人のだったんだ。相手が結婚しちまったとかで泣きながら売りに来てね。そこはちょっと兄ちゃんと似てるかもな。売り払った後はすっきりした顔してたよ。
めちゃくちゃ硬い上にキラキラ輝いてるだろう? こういう石は何かに熱中したいって人に人気なんだよ。ただ飾っとくだけでも見栄えが良いしねぇ。
今度はこれだ。触れてみて何の石だか当ててごらんよ。枕みたいで柔らかそうな見た目をしてんのに、ガッチガチだろ? こいつの効果は……
そうとも、ご名答! 「休息の意志」さ。眺めてるだけで不思議と心が落ち着いてくるだろう? なんたって「絶対に休むぞ」って意志なもんだから。
これを売ってくれた人は忙しくてねぇ。休もう休もうって意志ばかり強くなって、凝り固まって重たくなって、でも思うように休みが取れないもんで、そんならもういっそ取り払っちまおうって手放したんだよ。
え? これをなくしたらそのまま
とんでもない! うちはそんな
この
漬け物石みたいなのが「節約する意志」、ドケチって言われるのを気にしてた人のでねぇ、腰をやるほど重たいよ。
ドーナツ型で美味しそうな見た目のが「ダイエットする意思」、綿菓子みたいに軽くてクッキーみたいに脆い。
この四角四面に整った形のは「企画をやり遂げる意志」だな。持ち主の人は気の毒だったね。本人はやる気に満ちてたんだが、会社の都合で当の企画が流れちまったとかで、意欲だけ持て余しちゃっててさ。
どうだい、見てるだけでもおもしろいだろ?
どれもこれも、無理矢理買い取ったもんなんて一つもありゃしないよ。意思ってもんは自分で手放さない限り誰にも奪えないもんなんだ。強い意志となると、本人が手放す気になっても取り除くのが大変なぐらいさ。
おれはね、相手を見りゃあ抱えてる石を見抜けるんだ。兄ちゃんはいいもん持ってるよ。捨てちまうのも
もちろんタダなんて言わないよ! 相応の値段で買い取るとも。この中に気に入った石があれば、交換ってことでも構わんよ。
ん? その黒いのはって?
ああ、そいつはねぇ……売りもんじゃあないんだ。
え? 気になる? これが欲しいのかい?
おいおい、そいつは駄目だ。言ったろう、売りもんじゃないって。交換もできんよ。元々ね、買い取ったものじゃないんだ。本来なら断るとこだが、この場所の使用許可を貰う代わりに引き受けたもんでね。他へやるつもりは一切ない。
そんなもんより兄ちゃん、ちゃんとした商品の方を見てくんな。もっと上等なのが揃ってるんだから。
ちょいと待っててな、えーと、あったこれだ。ほら、今の兄ちゃんにお薦めなのはこの……おい兄ちゃん!?
待て! 返しな!! そいつは……!!
ああ……行っちまった。
はぁ、まったく。どうしたもんか。
あの人の愛に
転がるいしの行く先は 山樫 梢 @bergeiche
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます