第8話 一欠片の真実

 ヴェストルは先ほど惨劇の舞台となったスポーツ用品店から出てくる。

 そして外で待っていたアオイに対して声をかけた。


「待たせたな、止血は済んだか?」

「うん、ちゃんと血は止まったよ」


 そして吸血鬼は中で見たモノに対して語り始める。


「死体が灰に変わっていた、死んだ吸血鬼特有の現象だ」

「やっぱり……って、吸血鬼って死んだら灰になるんだ」

「ああ」


 アオイは顔を青白くして、次の言葉を語った。


「それって、破滅の雨が降って大勢死んだ時と同じだよ」

「…なんだって?」

「うん、人が崩れるように灰に変わっていったよ。」

「それは本当かアオイ」


 ヴェストルは溜息を吐くと、月夜を仰ぐように空を向いた。この世界に残された数少ない真実の一つに触れているのだ。そういう時には、相応しい所作があるように感じていた。


「世界崩壊の日に降った雨、か……」

「それ……生き残った人も髪の色や目の色が変わったり、生き残っても逃げる途中で崩れるように死んじゃったり」

「それは吸血鬼化に耐えられなかった時の症状に似ている」

「えっ……!?」


 続きは食事を作りながらだ、日が昇ったら活動できないと言ってヴェストルは食事の準備を始める。ツナカレーのホットサンドを作るつもりらしい。

 だが、いつものような気軽さはどこかに置いてきたかのような雰囲気での調理だった。


「吸血鬼は自分の髄液を人間に投与することで相手を自分と同じ吸血鬼にすることができる」

「そ、そうだったの?」

「そしてそこまでして吸血鬼を増やそうとするなんて珍しいことだ、百年に一度あるかどうか……少なくともそんなことがあれば必ず起こされて報告があるはず」

「それが雨と一緒に全世界で起きてたってこと……?」


 いつものハマーの前。カレーのスパイシーな香りが漂っているのに。アオイはどこか異界にいるような居心地の悪さを感じざるを得なかった。


「人間の間では未知の物質だろう、建物が崩れたのもそれかも知れないし、吸血鬼化した元・人間が暴れて倒壊が起きたのかも知れない」

「でも……誰がそんなことを」


 皿の上にホットサンドを置いてアオイに差し出し。


「さぁな……軍事転用の一環か、世界滅亡の一手か……そんなものに協力する吸血鬼がいるとは思えんが」


 息を呑んで熱々のホットサンドを食べるアオイ。するとすぐに表情が緩んで笑顔になり。


「んんー! おいひい」

「どれ……確かに今回のはよくできているな」


 缶詰のパンもこうすれば変わるもんだ、と二人で感想を言い合って。食べ終わる頃には、少女もリラックスした様子になっていた。


「次はどうするのヴェストル」

「野良の吸血鬼がいるかも知れん、そいつらに気をつけながら放浪だ」

「心配事が一つ増えただけで、今までと変わらないね」


 アオイと一緒になって食事の後片付けをしながらヴェストルは答える。


「生きていれば劇的なことがあるだろうが、それで何もかも変わるわけじゃない」


 へー、と含蓄があるようなないような、そんな吸血鬼の言葉を聞いていたアオイだったが、疑問を一つ口にして。


「ヴェストルって世界崩壊の日に何も見てないんだね? 何してたの?」

「寝てた」


 その言葉にかくん、とずっこけるように首を倒して。

 また二人だけの旅が始まる。


 二人を見下ろす月だけがその行く末を知っていたのかも知れない。

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夕闇世界のヴァンパイア マヌベロス @manulcat09

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