第7話 襲撃者たち

 ヴェストルを襲撃した者たちは、顔を見合わせていた。

 夜のスポーツ用品店で、バットを握って怪訝そうな顔をしている。


 年若い少年、三人組。しかし、人間では───


「おい、このおっさん死んでねーぞ」

「マジか……吸血鬼じゃん吸血鬼」

「オレらと仲間? うわウッゼ」


 ヴェストルを汚いものを触るようにバットの先で転がしながら、どうするんだという顔で、暗闇の中お互いの表情を確認している。


「とりあえず晩飯の前に殺しておこうぜ」

「誰がるんだよ、血を吸う以外で殺ったことないんだけど」

「面倒クセーな、吸血鬼なら相当しぶといだろ」


 ヴェストルは耳を疑った。


『年若い吸血鬼? そんなもの吸血鬼たちのネットワークで聞いたことがない』

『あの男の差し金か? にしては教育がされていない』


 思考を巡らせるヴェストルに何度も暴力が浴びせられた。

 殴る蹴る、バットを振り下ろす。

 無軌道な、それでいて常人なら即死するだけの力を込めて。


「ヴェストル!!」


 二階部分から少年たちに拐われていたアオイが姿を見せる。

 そして戸惑う彼らを置いて、ヴェストルを庇うように身を挺した。


「なに、アンタらそういう関係なの?」

「吸血鬼と? 餌が?」

「大変そーだけどさ、ドラマチックはあの世でやってくんない?」


 少年たちが笑いながらアオイを引き剥がそうとするも。


 その時、彼らの凶行を香しい鮮血の香りが止めた。


「あ、この餌! 血ぃ漏れてるじゃん!!」


 勿体ないと騒ぎ立てる少年たちに構わず。連れ去られる時についた腕の傷を。

 アオイは仰向けになって転がっているヴェストルの口に押し付けた。


「血! 飲んでヴェストル! ごめんね、私のせいで!!」


 ヘラヘラ笑いながらその行為を中断させようと手を伸ばす年若い吸血鬼たち。


 伸ばされた、少年の一人。その腕が。

 無造作にちぎり取られた。


「あっ……あぎゃああああああああぁぁ!!」


 立ち上がったヴェストルは力任せに引きちぎったその腕をその辺に放り捨てる。

 壁に当たってそれは、バットを掛けていた棚のフックに引っかかった。


「アオイ」


 無造作に振り払った腕は。

 紙でも破るように腕を喪失うしなった吸血鬼を引きちぎった。

 ───久しぶりの吸血。なんでもできる。


「目を瞑っていろ」


 真なる吸血鬼はそう無感情に彼女に告げると。

 残った少年たちがバットを手に恐慌状態に陥る。


「なんだコイツ!! 化け物か!!」

「待て、オレらだって吸血鬼だぞ!! それを──」


 振り下ろされたバットがヴェストルに当たる。

 それは飴細工のように曲がり、逆に攻撃した側の少年の指が折れる。


 呆気に取られる彼の頭をヴェストルが壁に押し付けると、それは廃棄される果物のように砕かれた。


「ま、待ておっさん! その餌を二人で分けよう! な!? だから」


 残った一人を無造作に蹴り上げると、彼は胴体まで裂けて二つに別れた。


「目を瞑ったままだ、アオイ。いいか、そのままだ」

「う、うん……」


 悲鳴と惨劇の音をたっぷり聞きながらも、既に脳が処理能力を超えていた少女は。

 ヴェストルに抱きかかえられて外に出た。


「もう顔を上げていいぞ、なんて無茶したんだお前」

「だ、だって……私のせいでヴェストルが」


 そのまま下ろすと、勿体ないと言わんばかりにヴェストルはアオイの傷口から血を舐めた。


「言い訳はいい」


 そのままヴェストルは親が子供の傷口を舐めるように血を吸った。


『甘露が喉を過ぎる。空腹が紛れる。そうだ、この味だ。血、血、血……』


 しばらく夢中になってそうしていたが、


「ヴェストル……?」


 アオイの声で正気に戻る。彼はコホン、と咳払いをして。


「ああいや、その、なんだ」

「私の血、そんなに美味しかった!?」


 何故か嬉しそうに語る彼女に深く溜息をついて。


「台無しになった」


 と泣き言のように漏らした。その後はいつものようにアオイは大騒ぎで抗議をして。そのままスポーツ用品店には踏み入りはしなかった。


「ねえ、ヴェストル。あの人たち、吸血鬼だったの?」

「ああ……それは間違いない。ただ」


 細切れになった死体が残された店を睨んで。


「俺はあんな若い、日本人の吸血鬼の噂なんて聞いたことがない」


 そう語ると、アオイもまた表情を強張らせた。

 後には青白い月が彼らを見下ろしていた。

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