第6話 空白
どこまで行っても同じ景色。都市型の街並みは灯が消えれば皆同じなのかも知れない。それでも進み続ける二人を載せた車。
月が見下ろす深夜に、ヴェストルは(特に駐車場とか関係なく)建物の前で車を止めた。
「ここはどうだ? キャンプ用品とかありそうか?」
「あ、うん! 前にCMで見たことある!! お値段通り、シトリ♪ってやつ!」
「よくわからん……」
人間の文化を訝しがりながら腕を軽く振り、ヴェストルは入り口のシャッターを引きちぎった。
「あ、今……悪いことしてる気分」
「気分じゃなくて、悪いことなんだろ? もう法なんてないけどな」
「そっかぁ」
納得いったのかいってないのか。そんな調子のアオイを尻目に中に入っていく。
「俺はハマーに詰められるサイズのテントを見てくる」
「私はー?」
「枕とブランケット」
「わかったー!!」
小走りに寝具のコーナーに向かうアオイ。小さく息を吐いてテントを探すヴェストル。
(思えばすっかりアオイのペースだ。いつか血を吸う携行食くらいに思っていたのにな)
自嘲気味に頭を振ってテントを吟味する。ドームテントだとか、ワンポールテントだとか。意味がわからないという顔で畳まれたそれらとややホコリの付着した写真を見比べる吸血鬼。いくら積載量に優れるハマーとはいえ、際限なく大きな荷物を増やせばいつか来る破滅は必定。
ヴェストルは慎重にドームテントの箱を引きずり出し、ホコリを払って担いだ。
「……もうこれでいいか」
最近は少なくなった独り言を口にして、耳を澄ます。が。
「おーい、アオイ!」
聞こえないのだ。普段は騒々しいくらいに、一人であっても音を立てる少女の音が。一切。
少し足早になってアオイを探すヴェストル。
「アオイ、どこに行った?」
その時、鼻腔をくすぐる。芳しき香り。
血だ。それも、少女の鮮血。
床に付着したそれを指でなぞる。
「アオイ!!」
血痕は点々と外に向かっていた。つまり、何者かが少女を連れ去ったのだ。
そんなこと、常人にできるだろうか。
吸血鬼の聴力を出し抜く静かさで、あの騒がしい少女の口を塞ぎ、短い時間で風のように連れ去る。
そんなことが可能だろうか、ただの人間に。
思考に走るノイズを一足飛びに踏み越え、吸血鬼は夜の闇を加速していく。
血の痕跡を、今も漂う血の香りを、そしてアオイを追って。
舗装されたアスファルトを踏み砕く勢いでヴェストルは走った。
今は空気抵抗がもどかしい。それすら力任せに引き裂いて、コートを風に翻して。
ただ走った。
文明があった頃にはスポーツ用品店だったはずの建物。もぬけの殻のはずの二階建ての建造物。
その前で血は途切れていた。
慎重に、呼吸を止めて忍び込むヴェストル。
(吸血鬼は招かれていない家には入れないなんて俗説もあったな……今は何も関係ない)
千切れるかのように散逸する思考を意志でまとめ上げ、ヴェストルは闇の中を音も立てずに歩く。
足元に落ちているスニーカーを踏まないように。
壁にかけてある野球用のバットを落とさないように。
静かに、静かに、静かに。
瞬間。ヴェストルの頭部に衝撃が走った。
痛み。それ以上に感じる、相手からの殺意。
普段の彼なら即座に反撃したのかも知れない。だが栄養失調の今では。
ヴェストルはその場に倒れ込んで見上げる。
何が。誰が。アオイをさらって、自分を殴り倒したのか。
ヴェストルの意識の空白に声が響く。少女の声だ。アオイの……
(心配しながら俺を呼ぶ、いつものアオイの声だ!!)
覚醒する意識、だが彼の顔を覗き込んだのは。
知らない男たちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます