第5話 塞がれた道と改めて塞いだ道

 少女と吸血鬼の旅は続く。

 目的はない、宛もない。ただ他の生き残りを探すためだけの旅路。


 彼らは夕方から夜明け前までに車で進めるだけ進む。しかし、終わってしまった世界ではそれすら思い通りに行かないこともある。

 ヴェストルとアオイの前に、倒壊した電柱が幾重にも道を遮っていた。

 前に進む道を。どこかに行くための道を。


「しょうがねぇな……とりあえず迂回できそうな道を探すか」

「あ、じゃあ私ついでにその辺から消耗品しょーもーひんを調達してくる!」

「迷子になるなよ」

「子供じゃないってー」


 そのまま車を降りて周辺を探索する吸血鬼と少女。何故、電柱が倒壊しているのか。最後にここを通った人はどうしたのか。そんなことに思いを馳せる余地は十分にあっただろう。

 ヴェストルは途中でペットボトルの水を何本か、アオイは得意分野なのか食べられそうな保存食をいくつか見つけてきた。


 しかし、迂回ルートを見つけることはできなかった。


「良いニュースと悪いニュースがある」

「なぁにそれ。じゃあ良いニュースから!」

「道を塞がれてはいるが、通るのに問題はない」

「え、なになに!! じゃあ悪いニュースは!!」

「突発工事につき騒々しくなることだ」


 車を目一杯下げて、アオイはさらに遠ざける。お前という食料が汚れたら食べる気がなくなるからな、とヴェストルはアオイに言い含めておいた。そして。


「さて……始めるか」


 力任せにヴェストルは倒れた電柱を持ち上げた。そして迂回ルートを探した道に向けて電柱を放り投げた。一本につき1トンはありそうなそれを、ゴミを片付けるかのように容易く。

 アオイは目を丸くしてヴェストルの行動を見ていた。声が届く距離じゃないと思っているのだ。もっとも、吸血鬼の聴力ならそこで囁いた声も聞き分けることができるのだが。


 吸血鬼は力が強い。人間を容易く切り裂き、牙を突き立て、血を啜り尽くすのになんの不足もない程度に。

 そして目の前の電柱をすっかり片側に寄せきった後にアオイの元に戻ってくるヴェストル。


「すごいすごいヴェストル!! 力持ちだね!!」

「お前なぁ……もっと怖がるとかないのか?」


 呆れた様子で服についた砂埃を払う吸血鬼。


「あ、そっか……力仕事したらお腹すくよね? 血を吸う?」

「この雰囲気で血を吸うくらいなら何の栄養にもならない料理に取り掛かったほうが十倍マシだ」

「そう? なんかごめんね?」


 深く重い溜息を吐くと、ヴェストルはカセットコンロの準備を始めるのだった。


 貝の缶詰を手に取り、珍しく見つかったアルファ化米を前に思案するヴェストル。


「今日はこれを使うか……」

「ヴェストルはさー、なんで料理を考えてる時に悪そうな顔するのー?」

「してないが?」

「してるよー」


 少し曇った手鏡を向けられると、確かに鏡に映った自分の表情は今にも犯罪でもしそうな凶悪犯のそれだった。


「……してたな」

「してるね……っていうか鏡に映るんだね」

「吸血鬼の伝承の多くは俗説だ」

「やっぱりそうなんだ」


 あれこれと話しながらミートソース缶をフライパンに開け、アルファ化米を混ぜて中火(の、やや弱火より)で煮込む。

 しっかり米に味が移らせてから水を入れる。そして、貝の缶詰を投入。

 ここで調味料で味を整えておかないとやや単調になる。


「野菜があればな……どうしても茶色い飯になっちまうな」

「しょうがないよ」


 隣で見ていたアオイが星空を見上げる。


「世界、滅んじゃったしね」


 芳しい香りが漂う中、アオイの言葉は足元に転がっていつまでもその場に居座り続けた。


「貝のパエリアだ」


 そう言って二人分の皿を出す。


「貝のパエリア、初めて食べるかも!」

「普通はアサリじゃないと思うけどな」


 無いものは無い、と言い切ってヴェストルとアオイは食事を始める。


「美味しいよヴェストル、食べた後に水が美味しく感じる!」

「ハイハイお嬢様はもう少し味が薄いほうが好み、と」


 苦笑しながら食べるヴェストル。

 アオイはもう塞がれていない真正面の道と、ヴェストルが電柱を放ったせいで通行不能になった横道を見る。


「後から来る人、困らないかな……」

「後から来る人か」


 吸血鬼は自分たちが今まで来た道を振り返る。一度だけ。


「居ればいいな、そういう奴が」


 煌々と照らす月の下で、二人だけの旅路は続いていく。

 時に笑いながら。時に諦めながら。


 この旅は、一体どこにたどり着くのだろう。

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